夢ネタの人の嶋田さんが起きたあとを勝手に想像。
モニカ視点。




いつもとちがう




「おはよう」

目覚めると共に声を掛けられた。

「おはようございます」

優しげな表情の老紳士。私の旦那様シゲタロウ。
いつものように先に起きたシゲタロウが私の起床を待っておはようという。
私のほうが早いときはその反対で私がシゲタロウの起床を待つ。そんな私達の朝。
いつもと同じ変わらない朝のひとときだというのに、違和感を覚えたのはそう。
彼が私の頭を撫でていたから。

身体を起こすと離されたその手は、眠っている間中ずっと頭を撫でていた?

これがいつもとちがう朝の始まりだった。


違和感はまだ続く。
起床後に顔を洗い終わる私の顔をタオルで拭いてくれたのだ。

「んっ、シゲタロウ、自分でやりますので」
「ついでだよ」

柔らかい生地が水滴を拭い去り、窓から吹き込む清涼な朝の空気に無防備な肌をさらさせる。
いったいなにのついでなのだろう。
御自分の顔を拭くついでだとしてもいつもはそのようなこと・・・。

「なんだというのですか?」
「なにがだい?」
「なにがってそれは私が」

聞きたい。
けれども敢えて聞かずにおいた。

「・・・なんでもありません」



つぎに感じたのは食事の後。
普段はひとりで身支度を調える出勤前。
いつもなら鏡台の椅子に座る私の手に握られているはずのヘアブラシがなかった。
ブラシを握っているのは別の人の手。
嶋田家の家政婦ではない。身の回りの世話係として実家から出向しているクルシェフスキー家のメイドでも。
ブラシを握るのは旦那様だった。

「あの、ですからなにを」

椅子に座る私の背後に立つ彼。
首の後ろから持ち上げられた私の髪が丁寧に梳かされていく。

「見てわからないか?」

髪を梳かしているんじゃないか。
自分の身体が邪魔して鏡ごしには見えないシゲタロウの顔はきっと微笑みの表情を浮かべていることだろう。

「わかりますけれど」
「だったらなにも聞くな」
「そうではなくっ」
「じゃあどうではあるんだ?」
「どうではと、そのようなことを尋ねられましても」

聞きたいのはこちらなのに。
それでも私は先と同じく理由を聞かなかった。
聞いたところでまたはぐらかされることは目に見えてわかる。
シゲタロウの応対は尋ねられることを由としたものではない一方的なものだから。

「こうして君の髪を梳かしてあげるのも本当に久しぶりだな」
「いわれてみれば、そうですね」

撫でられはする。若かりし頃の彼の戦いを寝物語に聞かされながら。
彼のほうから持ち出してくるといった類の過去の自慢話ではない。
強請ってでも聞きたいという私への返事としての寝物語だ。
夜ごと変化を見せる物語はシーランドの国王に救出されたときの詳細や。
大国オセアニアとの全面戦争へ発展することを懸念する国民世論を受け、難しい舵取りを迫られたニューギニア戦争の裏話。
返礼として求められる私の幼少時の話や、ラウンズ就任よりも前の士官学校時代の話など。
出し合う箪笥の引き出しを探り探りおこなわれる寝物語が終わりを迎えるそのときまで、彼の手は私の髪の中を泳ぎ続ける。
しかし梳かしてもらうのは本当に久しぶり。
慈しみの込められた丁寧なブラッシングには心地好さを感じた。

髪を梳かされた後もまだ続く。

私は仕事の制服である騎士服へと着替える。
着替えるのは自分で着替えたが、しかしここでまたいつもと違うことをされた。

「髪、結うの手伝うよ」

今度はリボンで髪をまとめられたのだ。
私は前髪をのぞいて髪を伸ばしている。
後ろはもちろん横も自然のままに。
鋏を入れたことはほぼ無きにひとしい。
なにをせずとも身体の前に流れる横髪はまとめておかなければ邪魔になる。

「こうも長いと使いにくいな」

彼がいったのは髪のことではなくリボンの長さ。
このリボンは一本に伸ばすと本当に長い。

「しかし君の髪にはよく似合っている。むかし送った物もそうだが短いと似合わないからね」

つぎは髪の長さ。

「このあたりで切ってしまうととくにね」

首元をなぞる指が具体的なまでに切る位置を示していた。
彼の言葉通り、そこまでバッサリと髪を切ればこのリボンも鏡台の奥で大切に保管されることになる。
愛着の深い赤と、彼に送られた二種のリボンは、たとえ役目を終えたとしても私の宝物だから。

「切りません」

だがとくに切る予定も必要性もない。
だからこの三種のリボンは、これからも変わらずにずっと使い続けることになるだろう。
髪ではなくリボンが切れてしまわないかぎりは。

「・・・そうか」

切らないといって安堵されたように感じたのは気のせい?
髪の長さに拘りを持つ人ではなく、短いのはどうでしょうと聞いたときにも「君にはどんな髪型でも似合いそうだ」そういっていたのにどうして。

「リボンのあまりが均等になるよう髪に巻き付けて、ここでいちど強くしばり留めると」
「・・・」
「あまったリボンは房に巻き付けてできあがり、これでいいか?」
「いい、ですけれど」

右が終われば左の房へ。

「ブラッシングよりもこのリボンを取り扱うほうが手間取るな」
「・・・」

男性には殆ど縁がない。
縁がないと扱い方も下手以前の話で。

「よし。左もできたぞ」

シゲタロウの手で綺麗にまとめられた房が二つ、身体の前で揺れる。

「お上手なのですね」

ずっとそばで見ているからか自分でまとめるときとそう違わなかった。

「君の髪は触り慣れてるからね。でも、お気に召してもらえたようでうれしいよ」

彼の不可解な行動はまだ終わらない。

「ほらモニカ」
「・・・」

私のマントをシゲタロウが持っている。
広げてたたずむのは着せてあげるからおいでという無言の合図。
私は広げられたマントを持つ彼の腕の中へ身を進めた。
ふわり、肩にかけられるマントがなにか違うものを着せられているように感じる。

「ええっと、留め具はこれかな?」
「・・・ええ、それです」

ブリタニアの政治家や騎士にはいつものことでも日本ではマントという衣装は一般的でない。

「君には騎士服とマントが一番似合う。煌びやかなアイドルの衣装よりも、黒一色の礼装よりも」

騎士服とトゥエルブのパーソナルカラーを持つこのマントはラウンズの証であり私の誇り。
そしてシゲタロウの騎士モニカとしての誇りでもある。

「これこそが君らしくていい」

似合うと褒められるのはうれしい。でもどうしてこうも執拗なまでに異質な私の姿をたとえに出すのだろう?
髪の短い私。アイドルのように煌びやかな衣装をまとう私。まるで喪服をたとえているかのような黒の礼装に身を包む私。
私自身考えもおよばない想像の範疇外な姿ばかり。
髪はずっと長いままでこれからも変わらないだろう。
アイドルではない私が夜会や社交の場以外にドレスを着る機会はない。
そもそも夜会のドレスとはアイドルの衣装とまったくの別物だ。
婚礼や葬儀の際にも喪服ではなくラウンズの正装で身を整える。

「なにか、あったのですか?」
「・・・いいやなにもない。・・・なにもな」

羽織らされたマントの留め具を慣れない手で留めてくれるシゲタロウの姿に唯々戸惑うばかりだった。

出掛ける前。玄関で最後の違和感に直面した。

「あ――!」

ぐっと手を引かれ、身体ごともっていかれる。
引き寄せられた先にはシゲタロウがいて、少し強めに抱き締められた。

「明日は休みだな」
「は、いっ」

背中へと回された手に力が入る。
ドキドキして嬉しさを感じるのに胸が圧迫されて苦しい。
シゲタロウの息が耳にかかる緊張感。
けれど彼の様子が気掛かりで、ただこの悦びを噛み締めるということができないでいた。

「明日一日、身体を空けておいてほしい」
「どうしたのですか?」
「なんでもない・・・ ただな、明日は一日モニカと二人だけですごしたいんだ。
 なにか特別な予定があるわけでもないんだが、ただ君と二人っきり・・・夫婦水入らずで・・・。
 日向ぼっこでもお昼寝でもして、すごしたいだけさ」
「・・・シゲタロウ」

本当に今日はどうしてしまったというの。






終わり。




夢の人の夢SSモニカさんとしたずっとそばにいるという約束。
ひとりぼっちの彼女の夢をみたことによる不安感を表したもので
砂糖もなくビターもないけどでも優しく、そして悲しさの残り香ただよう朝の一幕でした。

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最終更新:2015年06月14日 15:39