718 :taka:2014/11/26(水) 09:38:27


「ここ、までか……」

血飛沫と硝煙に満ちた地下壕で、1人の男の命が潰えようとしていた。

「閣下、もはや、これまでです……お先にお待ちして、おります」

ラッテンフーバーではない、最近護衛官になった男が直ぐ横で引き金を引いて自決した。
男が瀕死の重傷を負い、苦しみをこれ以上先延ばしさせない為に自決を許した。
自分の手元を見る。手にした遠隔操作式の爆薬を起爆させるスイッチ。そして……愛用のワルサーPPK。
自決用のアンプルを自室に置き忘れたのは失敗だったなと苦笑いする。
死ぬことは今更恐れない。だが、長々と惨めに苦しみながら死ぬのは流石に嫌だ。
それを、あの東方の蛮族共に見られるのは最高の屈辱だ。
故に、工兵隊の余剰爆薬をかき集めてこの壕の各所に隠蔽したのだ。
勝者の面付きで厚顔無恥に入り込んできた蛮族共に、アーリア人の意地を思い知らせる為に。
銃声が急速に近づいてくる。先ほどの突入で殆どの戦える兵が戦死したから無理もない。
なにせ、戦う人間が居なすぎて彼が護衛官に即席で使い方を伝授されMP40を撃ったほどだ。
本格的に銃を手にして敵と戦ったのは第一次大戦以来だ。
2人ほど、叫びながら突入してきた若いソ連兵を撃ち殺した。
だが、それが限界だった。直後に放り込まれた大型手榴弾によってヒトラーは吹き飛ばされた。
かばって代わりに瀕死になった護衛官のお陰で、即死は逃れたが……既に身体はいうことをきかない。
もはや、ヒトラーを守る兵士も、助けに来る兵士もいない。

ここが、私の死に場所か。

足音が近づいてくる。私の意識が途絶えるのが先か、それとも蛮族が私の首を刈り取ろうとするのが先か。
虚ろな面持ちで、地面に横たわったヒトラーの前に、赤い池が広がっていた。
それは、護衛官の血の池だった……赤い、とても、赤い。血の色。

「……っ!?」

ヒトラーの身体の中で、何かがうごめいた。
押しこむタイミングを待ちかねていた、起爆装置が手からこぼれ落ちる。
戦後の荒れ果てたドイツで身を起こし、ドイツを手中に納め。
果てには欧州を覇さんと戦いを起こし、夢破れて帝都と共に滅びんとした男の中で。
何かに呼ばれるように、ヒトラーは死にかけた身体を起こし魅入られた場所へと身体を動かす。

「……」

すっと、最後の力を振り絞り、ヒトラーは紅い血の池に顔を寄せた。
彼の頭が血の池に被さった数秒後、ソ連兵が部屋に雪崩れ込む。
全員が倒れている男に銃口を向けたが、入り込んできた将校が制止した。
この男の身体は貴重だ。生きていれば重畳。
死んでいても……戦後の担保として充分過ぎる程の価値を持つ。
この男を確保した功績は、ソ連邦英雄金星章すら得られるかも……。
己が得られる功績に口元を歪めながら、将校はうつ伏せに倒れた男に手を伸ばし………



その数秒後、部屋は単一の朱に染まった。



その後、総統防空壕は予ての準備通り内側から爆破され、壕の大半が埋没した。
数日後に陥落したベルリンに到着した政治将校の1団が、脇目もふらずに壕を掘り返したものの、彼らのお目当てはとうとう見つからなかったという。

そして、その後……かつての史実と呼ばれる世界で広がった様に、ヒトラーの生存説が噂された。
曰く、南極に親衛隊と共に秘密帝国を作っている。曰く、南米に潜み一国を乗っ取って裏側から君臨している……等など。
大半が荒唐無稽と言えるような内容であり、誰もがお話としては楽しんだが本気で信じようとはしなかった。

だからこそ、ヒトラーが人外の存在となり、今もドイツを裏側から見守っている……などと言った話も、やはり与太話の一つに過ぎなかった。
そう、全ては、真相は闇の中、なのである。

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最終更新:2016年05月11日 20:12