565 :ひゅうが:2016/07/12(火) 20:31:57

艦こ○ 神崎島ネタSS――「2月26日」その2



竹芝埠頭からは長い桟橋が伸びている。
そこには出迎えの軍楽隊や見物の民衆が並び、希にみる巨人飛行艇の着水を見守った。
今や国民的な娯楽となったラジヲのアナウンサーも中継マイクロフォンに上ずった声で実況を続けている。
軍楽隊の手により流されるのは、1月に作曲されたばかりの古典風軍楽曲「吉志舞」だ。
新進の天才作曲家として知られる伊福部昭の作成した主題を陸海軍が翻案したというこの曲は、作曲者が明らかにされてはいない。

静かな第一部を演奏し始めたのは、水上を埠頭へ向かう飛行艇の到着時に第二部がくるように配慮した結果だった。

プロペラの回転数を変えつつ埠頭へ向かってきた全幅75メートルに達する巨人機は、たっぷり1分半ほどで耳慣れない甲高い金属質なエンジン音をおさめつつ埠頭へぴたりとつけた。
ハッチが開き、降りてきたのは正装した士官らしき若い男性2名であった。
彼らは桟橋の端に待機していた係官と二言三言話すと、そばのタラップを出入り口にとりつける。
そして気を付けの態勢で待機する。
やがて、昭和日本の基準では背の高い人物の姿がハッチに見え、記者たちがさかんにフラッシュをたきはじめた。

タラップの上に立った神崎博之提督は、笑顔で手をふった。
この時代の日本人らしからぬ振る舞いは、記者たちに「まるで外国人のようだ」という感想を抱かせることになる。




「やるか?」

「では予定通りに。」


群衆の中でそんな言葉を交わした男どもがいたことを知っているのは誰もいない。
だが、それを予想している者の数は、日本政府側にも、神崎島側にも少なからず存在している。



「やはり、まだ未舗装の道が多いな。」

「このあたりは帝都復興計画のために新たに造成されております。3年後の五輪や万博の際には見違えるくらいに生まれ変わりますよ。」

案内役(接遇役ともいう)を任された長嶺喜一中佐がにこやかに応じた。
機体の中に残る数名を残し、一行は公用車で帝都の中枢へと走りゆく。
異例のことだが、参内にあたっては格別のお召しにより直行が認められている。
普通ならば迎賓館あたりで荷を解いてから迎えが訪れるものだが、今回ばかりは主上の意向が優先された。

「このあたりは関東大震災で手ひどくやられましたからね。すっかり立て直したところです。ですが…」

「予算がなかったと。」

大淀が引き継いだ言葉に、長嶺中佐は「恥ずかしながら」と応じた。

「それに、金融恐慌に世界恐慌が重なりました。今は好景気ですが、数年前はひどいものでした。」

なるほど。と神崎は応じる。
ゲームをやりながら妙に気になったものだから調べた状況と概ね一致しているように彼には思われた。
満州事変以後の軍拡傾向や高橋蔵相の積極財政政策によって日本は世界恐慌の影響をいちはやく脱して現在は好景気に沸いている。
日本周辺の混乱を代償として。

それを止めようとした人々はちょうど一年前に凶弾に倒れている。

おや?
こんなに自分は歴史に詳しかっただろうか?
と神崎は内心首を傾げたものだが、問題に感じることはなかった。
この時代に詳しいことが今まさに役立っているからだ。
ゲームの中の世界にきたのかと思えば過去の日本に出現するなどという事態が起こっているのだ。自分がどこかの誰かにコピペされる――いや、架空戦記風にいうなら転生する――なんてことがあったかもしれぬのに、そこを気にしていても仕方がない。
そうした問題は学者にでも議論させておけばいいのだ。


…彼はそう開き直ることで激変した周囲の環境に対応していた。
(やった覚えのない行動が記憶としてあり、それを肯定する記録や現実があるというのはちょっとした恐怖であるのだが。


「でありますから、閣下の来朝には皆喜んでおります。」

「さしずめ私は田の神様ですか。」

は?と首を傾げる長嶺中佐に、神崎はなんでもないとごまかした。
これから神のもとへ向かうのに、自らをそれに擬してはこの時代では困ったことになりかねぬ。

「司令官!あれは富士山ですよね!すごい!空から見たのと違う!きれーい!」

…なんだか、気にしていたのが馬鹿らしくなった。
気を遣わせてしまったらしい。
もっとも、吹雪のことだから素かもしれないが…

長嶺中佐と神崎、そして随行員は、おのぼりさん丸出しの吹雪にそろって苦笑を共有したのだった。

566 :ひゅうが:2016/07/12(火) 20:33:11
というわけで新鮮な駄文を投下いたしました。
回答になっていれば幸いです。
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最終更新:2023年11月05日 16:51