912 :ひゅうが:2016/07/14(木) 20:50:22
艦こ○ 神崎島ネタSS――「海軍次官の憂鬱」
――1937(昭和12)年2月27日 海軍省(赤煉瓦)
『本日、天皇陛下御自ら神崎博之提督に対し元帥号が授与。あわせて神崎島鎮守府設置の御裁可を得ました。
帝国の海洋領土は一気に拡大し、西太平洋のほぼ全域が――』
河西三省アナウンサーの声がラジオから響く。
昨年のベルリン五輪で日本中を熱狂させた実況放送の担い手は、昨日の襲撃未遂事件(早くも第二次2.26事件と呼ばれている)以来一睡もしていない疲労を感じさせない調子で新たな帝国領土の誕生を告げていた。
それを少しばかり不機嫌な風に聞きながら、山本五十六海軍次官は鼻を鳴らした。
ここは海軍省の次官室。
相手にしているのは、徹夜明けにも関わらず涼しい顔を崩さぬ黒いブレザー型軍服の「女性」だった。
「それで、大淀君。やはり艦隊の帝国海軍指揮下への編入は拒否するというのだね?」
「絶対にありえません。」
艦娘、という人類とは少々異なる種族の女性、軽巡洋艦大淀は絶対零度の口調でそう断言した。
「『わたし』は提督だから、あの人だからこそここにいるのです。
私たちをただ便利な兵器として見るなら、全力で抵抗しましょう。
帝国の軍艦としての私はすでに沈んでいます。」
「ふむ…まぁそんなことはどうでもいい。」
へ?と大淀がずっこける。
「なんだ?『僕』が本気でそう言うと思ったのか?
少し傷つくな。」
「失礼ながら山本長官…いえ、次官。あなたの気質からいって…」
「いくらばくち打ちといっても、破産すると知らされてもばくちを楽しめるほど愚かじゃないよ。
僕は勝てない勝負はしないたちなのだ。」
嘘だ。と突っ込みたい衝動を、大淀はこらえることに成功した。
「君たちが経験したという太平洋戦争。あれには参った。
米内さんに海に出されておきながらあの有様とは、僕はいい面の皮じゃないか。」
山本がいたずらっ子のように微笑む。
要するに、これは山本なりのちょっとした意趣返しと警告ということなのだった。
歴史という記録をもって、ある人間が漠然と抱いていた憧れを砕いたことへの。
それでも嫌味にならないあたりが山本の人徳らしかったが。
「まぁ、だからというわけではないのだが、君たちは、わが機動部隊を指導してくれる気はあるかな?」
「それはもちろん。同じ…とは言い切れませんが旗を仰ぐ身ですから。」
「結構。なら、最初の相手は――館山空だ。いけるかね?」
大淀の頭に電流のような衝撃が走った。
「戦闘機無用論。」
「その通り。」
山本は満足げに口もとを釣り上げる。
「航空戦はこれから長足の進歩を遂げる。無敵の矛はないが、無敵の盾もない。
攻撃力偏重の帝国海軍はそれを忘れていたようだからね。慢心は、叩き潰さなければ。」
山本は泥水のようなコーヒーを口にした。
「長距離侵攻に対するレーダー防空の威力も、実証する気ですね?」
「せっかく航空部隊を動かすのだ。どうせならそれくらいやっても罰はあたらないと思うよ。」
大淀はぞくり、と背筋が粟立つのを感じた。
やはりこの山本長官は、ただの軍人ではない。卓越した軍政家だ。
であればなぜ――
「これは、わが帝国海軍が貴艦たちに示す誠意と考えてほしい。」
山本はいった。
「帝国海軍は、未だ訪れない未来の日米戦のような無様な失敗はしない。絶対に。
そのためなら僕はなんでもやる。
不満を持つものがいるなら、僕は戦艦にも乗る、潜水艦にも、航空機にも乗ろう。
たとえ、連合艦隊司令長官として僕が不適格だとしても、演習の統制官くらいならつとまるだろう。」
大淀は、山本が笑顔で泣いていることに気が付いた。
「僕は、帝国海軍を暁の水平線に勝利を刻んだ君たちに少しでも近づけたい。教えてくれ。何をすればいい?」
913 :ひゅうが:2016/07/14(木) 20:51:39
【あとがき】――山本さんは、情の人と誰かが言いましたので(言い訳)
最終更新:2023年11月05日 16:58