68 :ひゅうが:2016/07/16(土) 00:38:48
艦こ○ 神崎島ネタSS――「狂愛」



――西暦1937(昭和12)年2月27日


「楽しかったかい?」

「はい!思いっきり体を動かすのは楽しいです!
でも…外に出られないのはちょっと気が滅入りますね。司令官。」

吹雪がほほ笑んだ。
背後では、なんとか笑みらしきものを作っている陸海軍の若手士官や警護官たち。
死屍累々――もちろん比喩的表現として――という有様だった。
おおかた、首相官邸での会話の間暇をしていた吹雪をちょっと遊んでやるくらいの気持ちだったのだろう。それが、思いのほか熱が入ってしまったのだろう。
若い士官にとっては、見た目子供な相手に手もなく投げ飛ばされては黙ってはいられまい。

ふと、神崎はこの場に島風や長良あたりを連れてこなくてよかったと思った。
彼女たちはもっと加減を知らないからだった。
なんとなれば、彼女らは人間離れした提督に慣れ過ぎている。


「皆、ありがとうございます。」

神崎は礼をいった。
苦笑で返されるあたり、本当に強かったのだろう。
無理もない。
艦娘とは、ありし日のいくさぶねの魂をその身に宿す少女のことだ。
ものに魂を宿すのが人間であるのなら、艦に宿った魂もまた、さまざまな意志をまとっているはずだ。
それが最も濃厚なのは、乗組員たち。
要するに、彼女らは例外なく一定以上の運動能力と技能を有していた。
先天的な能力だけでなく、深海棲艦との泥沼の全面戦争を加速時間内で過ごした彼女らは、帝国海軍が誇る「兵隊元帥」、兵隊から技能一本で駆け上がった特務士官たちなみの錬度を有していたのだった。

「いい汗をかけました!」

笑顔で「ぎゅっ」と脇を締めた吹雪に、後ろの血気盛んだった士官どもがびくりとなる。
そうかそうか。と頭をなでながら、神崎は「あとでフォローを入れないといかんなぁ…」と、そんなことを考えていた。

なお、こののち帝国陸海軍から帝都や海軍軍令部付きの連絡艦娘に指導が多く舞い込むようになり、それにこたえ続けたことから間接的に鎮守府の評価が上がっていったことは余談である。


「ぎゅっ、てしたな。」

「ああ。ぎゅっ、てした。」

ついでに何かを目覚めさせたらしい。
そしてその頃――






「ぽい?」

なんだかよくわからないのがきた。と、看守長は思った。
面会室で疑問形の語尾を連続する金髪の少女、そして相手は…

「噂の神崎島からお客と聞いていましたが、あなたが私に?」

「ぽい!夕立は提督さんのお使いっぽい!だからきたっぽい!」

そうですか。と隻眼の男はほほ笑んだ。

男の名は北一輝。
現在、特別軍法会議で処断を待つ身の未決囚である。
容疑は、2.26事件の思想的指導者として。
そして、帝国の国体をゆるがす国事犯予備軍として。

だが、この男はただ喚き散らすような血圧過多なタイプではなく、平田篤胤などの国学者の系譜に最新の社会主義経済学を組み合わせ、さらに欧米型民主主義をも取り込んだことで体系化された「皇国社会主義者」だ。
生半可な学者では太刀打ちできない。

彼は説いた。帝国は民主国家たるべきだと。
そして経済学上もっともすぐれた思想が社会主義であるなら、これに向かうのは必然。
今や絶対的な存在として帝国を統べる天皇は、「帝国の天皇」でなく「国民の天皇」として雲の上からおりてきていただき、これまでその権威のもとに動いていた既得権益層を丸ごと打破。
新たに政府を作り直すべきだと。
そのために、三年間の独裁を経て日本を根本的に改造するという「日本改造法案大綱」を彼は著し、2.26事件を引き起こした青年将校たちや政財界に大きな影響を与えていたのだった。むろん思想的に。

まさに日本という存在への狂愛が生み出した非常の文章。
民主主義を生むために軍部独裁を求める矛盾。
そして君主としての天皇を認めずに「概念としての天皇」を天下らせて、今でいうところの国民統合の象徴へと祭り上げようとする思考は現代性の皮をかぶった神学の様相すら呈していた。
当然ながら彼は、その著書を世に出したところで監視対象者となり、そして案の定、彼の思想をこれまた現実に「組み合わせ」た連中のためにここにいる。

69 :ひゅうが:2016/07/16(土) 00:39:39
「お手紙を持ってきたっぽい!」

夕立、と名乗った金髪の少女は、何が楽しいのか鞄を開け、一冊の本と、それに添えられた手紙を北に手渡した。

看守は首を傾げた。
そこには「日本史B」「政経」の文字。教科書のようだが、やけに印刷が丁寧であり表紙は見たことのない材質だった。
だが首を伸ばして中身を見ることはできない。
彼の役割は、北の3歩半後ろの面会室の壁面にそって立ち、万一北が暴れだしたり、凶器の差し入れなどがないか監視することだった。

「・・・。」

それを開いた北は、しばらくは微笑をたたえながらぱらぱらと頁をめくっていた。
だが。

「・・・」

急に、表情が変わった。
北と対面するように設けられている鏡――看守やそれ以外による監視のためにある洗面台の鏡だ――に映る北の顔がみるみるこわばってゆく。
何が楽しいのか、夕立はそんな北の様子をにこにこしながら両手で頬杖をついて見つめていた。
まるで犬のように、彼女のくせ毛が頭の動きにあわせて揺れる。


たっぷり30分後。
北は、ページをめくる手を止めて、封筒に入れられた手紙を読み始め、苦悶の表情を浮かべた。


「わがこと…ならず、ですか。」

「ぽい?」

「いえ…あなたにいっても詮無いことでしたね。なるほど。『白川の 清き流れにすみかねて』ですか。皮肉がきいている。」

くつくつ北は笑う。

「なにをないているっぽい?」

夕立がいった。
相変わらず、顔は笑顔のまま。赤い瞳は北をずっと見つめている。

「いえいえ。昔出した宿題の答えが間違っていたことを教えてもらったのですが…
今更どうしたものかと。」

「ああわかるっぽい!でも、まちがったならやりなおせばいいっぽい!」

「300万の死、そして…いえ。そうですね。ですが取り返しのつかないこともあるのですよ。」

うーん。と夕立は何かを考える仕草をした。

「おじさんは、取り返しのつかないことをしたっぽい?」

「ええ。正しく言えば、そうなってもいかな。と思ってしまった。間違ったこたえを正しいと信じて。
いえ、そもそも正しいことなんてないのかもしれませんね。」

むずかしいっぽい!と夕立は頬をふくらませた。

70 :ひゅうが:2016/07/16(土) 00:41:02
「そうですね。人間は、特に日本人はそれほど強くない。」

北はやさしくいった。疲れ切った声だった。

「むぅ!てーとくさんのためなら、夕立、強くなるっぽい!」

鏡ごしに北を見ていたから、看守はそのときの顔を見過ごした。

「君は…」

北は数度目をしばたかせる。

「君、いったい何人殺した?」

この男は何を言い出すのだ。
やはり狂人か。と看守は眉間の皺を深くする。

「ぽい?」

「いや。変なことをいってすまないね。なんでもないから。」

「んー。鎮めた艦のこと?」

え?

「ええ。」

「数えきれないっぽい。」

「誰のために?」

「もちろんてーとくさんのために。でも…」

夕立は、犬歯をむき出しにして笑った。
きれいな笑みだった。
だが、ただ純粋なだけではない。

「誰のためでもなく、自分のため。命がけで戦った相手に石を投げるのも、それに怒るのも、どっちも当然っぽい。
だけど、だからそれを今の人間に向けるのは違う。」

まるで地の底から響くかのような声で、彼女はいった。
幼さなど微塵もない。いくらか呆れたような、老成した声がそこにはあった。

「いいかげんなことをして過去を断じるなら、いずれ自分もいい加減に嘲笑われるだけ。
勝手に自滅して、勝手に笑われるといい。
亡霊は亡霊らしく、欲望に正直に生きるの。ただ提督のねざめがわるいから『私たち』はここにいる。」

「そう…憎くないのですか?」

北の額を脂汗がつたう。

「全然?
提督が大事にしていた島や提督の生きた世界なら別だけど、今の『私』は別に。
たとえるなら…卒業した学校みたいなものかな?」

「なるほど。」

北は哄笑した。
看守が止めるのを手で制して。

「愛情の反対は無関心ですか!愉快痛快!
こんな単純なことを理解していないから帝国は道を誤った。ならば、せいぜい帝国を救われることです。
適当に。面倒くさがりながら。
それが、殺したいほどこの日本を愛している皆さんにはできないことですから!」

71 :ひゅうが:2016/07/16(土) 00:42:55
【あとがき】――飛行艇の中で待機していた狂犬、単独行動の巻。
よろこべ北。貴様の願いはようやく叶う(某神父風)

あと、キャラ違うといわれるかもしれませんがごめんなさい。
鎮まった祟り神っぽい感じを出せていたら幸いです。

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最終更新:2023年11月05日 17:00