189 :ひゅうが:2016/07/16(土) 19:59:25
―――幕間「次の戦争のために」
――西暦1937(昭和12)年3月1日 ベルリン
「日本政府は政変を経ても態度を変えぬのか。」
「はい総統閣下。万里の長城よりもさらに下がったにもかかわらず、第二次2.26事件の衝撃から。国民はおとなしくしている模様です。」
「それだけではあるまい。」
「御賢察であります。」
SD長官 ラインハルト・ハイドリヒは冷徹な顔を崩さずにいった。
内心ではそんなことはまったく思っていないにも関わらず。
だがナチスとは、独裁国家とはそういうものだった。
「これまで盛んに抗戦をあおりたてていた新聞社が沈黙しております。
ゾルゲ事件の影響でしょう。」
「ゾルゲ!ゾルゲ!
あの恥知らずはどうなっている?!」
ヒステリックに怒りをあらわにしたドイツ国総統(首相兼大統領)アドルフ・ヒトラーは吐き捨てるようにいった。
「日本情報局によれば、政策シンクタンクに干渉してかなりの角度でこれを左右していたとのこと。」
「無能どもが。いや、共産主義者の脅威ゆえか。」
無能という点には同意しつつ、ハイドリヒは続ける。
「共産主義者の思い通りというよりロシア人の思い通りというのが日本人にとっては気に入らぬことであります。
それに、有力新聞社の記者や政治家の子弟も複数含まれていたことから扇動すればどんなとばっちりを受けるかわからぬために動けないものも多いとのこと。」
「歓迎すべきことだな。共産主義者の排除は。問題はそれがドイッチェ・ライヒ大使館御用達の新聞記者だったことだが。」
「まさにその通り。
日本人の間には、チャイナへのライヒの助力を問題視する声が急速に広がっています。」
「愚か者め。大使は何といっている?」
この場合の大使とは、内外からの敵意によって逼塞しているオットー駐日大使ではない。
「トウゴーはリッベントロップの天敵です。」
婉曲にハイドリヒはいった。
「やつはパルタイ(党)を毛嫌いしていますから。」
「ふむ…」
ヒトラーは考え込んだ。
ハイドリヒも緊張する。この「間」によって突拍子もない神がかり的な思いつきが生まれ、それによって大きな迷惑を被ったナチス高官は多いのだ。
「日本人にはしばらく期待はできぬな。」
ヒトラーはいった。
「今は中華民国への働きかけを優先しよう。いずれ日本人もわが傘下に加わり反共十字軍を結成するが、それまでに国力を高めるのだ。」
「ゼークト将軍やファルケンハウゼン将軍の言葉を容れるのですね?」
「そうだ。」
ヒトラーは、これまでリッベントロップの言葉を聞いて独日の提携を重視していたことを忘れたかのようにいった。
「わが大ドイツはさらに成長せねばならぬ。
そのためにはあの巨大な大陸から富を吸い上げるのだ。中国人は反共のための武器を手に入れ、ドイツは資本を手にする。
軍拡に苦言を呈する連中への飴もまた必要だからな。
ハイドリヒ!」
「はい。」
「君はオーストリアへの働きかけを強化せよ。これからはしばしドイツ経済の奇跡を世界に見せつける番だ。
いずれあの失敗国家の連中もわが大ドイツへ参画するだろうが、ラインラントのような賭博的要素は不要。
ことは慎重に運ぶのだ。
そして東方生存圏の確保は急ぐことはない。当初予定通り1945年開始を目途としよう。
そうだ、レーダーもそういっていたことだしな。」
ヒトラーはうんうんと頷く。
彼は、昨年成立したばかりの第二次ロンドン海軍軍縮条約に対する英独海軍協定での相対的優位についての講義を先日受けたばかりだった。
「君が工作したソヴィエト軍の混乱はまだ確定していない。あの赤軍の将帥がシベリアで朽ち果てる間、わがライヒは共産主義者を上回るさらなる経済成長を遂げるのだ。」
かくて、歴史は動いた。
190 :ひゅうが:2016/07/16(土) 20:03:40
【あとがき】――実はまだ史実のようなオーストリア併合前。
日独伊防共協定に積極的だった陸軍が急にトーンダウンし、反ナチ派の東郷駐独大使がそのままになり、松岡がどこかへいった(大本営発表)ため…
三国同盟構想が先延ばしになりましたとさ。
最終更新:2023年11月05日 17:06