370 :ひゅうが:2016/07/22(金) 20:33:37

艦こ○ 神崎島ネタSS――「秘密の『方舟』」





――1937(昭和12)年3月8日 居酒屋「鳳翔」野外特設会場


「ではあらためて、山下中将と堀中将の着任を歓迎して、乾杯!」

「かんぱーい!」

200人あまりの乾杯の声が唱和した。
多くが入り切れずに屋外の天幕であるが、さすがに主賓たちは別である。
ゆえに、奥座敷の畳の上で堀悌吉は座っていられる。

「お飲みくださいな。艦長。」

「う、うむ。」

「ぱーっといこうぜ…いえいきましょうぱーっと!」

堀は、横で紫色の髪の女性に酌をされて照れている山下とは別の理由でどぎまぎしながら杯を受け取った。
目の前の女性は、巷で流行りだという働く女性のような短髪で、頭には艦橋の信号マストのような飾りを頭につけていた。
彼女は自らを「陸奥」だと名乗った。
すなわち、彼が艦長として乗り組んだことのある戦艦陸奥にやどった魂の化身であるという。
なんだか面映ゆかった。
堀には妻も子もいる。
だが、この年になって隠し子が発覚したかのようなくすぐったさが彼にはあった。
ゆえに、そんな感情を、杯にのせて流そうとし…

「おや。うまいな。」

「大分の酒ですよ。麦焼酎です。」

「うん…確かに。」

故郷のかおりがした。
なるほど。と堀は思った。

「これは確かに豊後の酒だ。不思議なことだが、こういうこともあるということか。」

あるいは、彼らの科学技術で再現したものかもしれない、という考えがふと頭をよぎった。

「私たちも驚きました。文字通り『いつの間にか』あったものなので。」

隼鷹と名乗る明治の御代の軍装のような上着に赤いスカートをあわせた女性と山下が飲み比べをしているのを横目に、陸奥はいった。

「深海棲艦との大戦争のときにかな?」

「ええ。」

371 :ひゅうが:2016/07/22(金) 20:34:12
ふぅ…と陸奥は物憂げな溜息をついた。

「その。君は…」

どんな戦いぶりをしたのか、と問おうとして堀は口をつぐむ。
閲覧を許された「太平洋戦争史」において戦艦陸奥は目立った戦績もないまま、呉の柱島沖で謎の爆沈を遂げていたからだった。

「私?ええ。活躍したわよー。それはもう。」

大和型の常軌を逸した資源消費量から、主力戦艦部隊の先触れとして姉妹艦の長門と共に陸奥は南方海域で獅子奮迅の活躍をしたという。
「向こうの世界」でできなかった分も、彼女は便宜的に「常世」と呼んでいるこの島が存在した場所で活躍したことを嬉しそうに語った。
よほど後悔があったのだろう。
そう思うと、1年あまりを彼女の艦長として過ごした堀は胸の奥がずきりと痛むのを感じた。
海軍軍人は艦艇を家として大切にする。
だからこそ、帝国海軍軍人がほぼ共通して抱く彼女たちへの負い目を彼も感じていたのだった。
おかしな話だ。と堀は思った。
2年あまりを民間で過ごした後に請われる形で現役に復帰したとはいえ、彼は海軍を石もて追われた身だった。

「君たちのいた場所では本土は?」

「少なくとも帝国はなかったわね。」

いつの間にかそこにいた彼女らは、長い長い時間をかけて海域を開放し、連絡線を繋いだ。
しかし、本土についての記憶はおぼろげだという。
そこだけが消えてしまったかのように。
いや、興味がなかったのかもしれないが。

こちらへきたとき、それに関する書類は見たが、現実感というものがすっぽり抜けていたのだった。

「それは提督も同じよ。」

「おいおい。」

機密ではないのかとたしなめる堀。
いいのよ。別に隠していることじゃないわ。と陸奥はいった。
堀は、急にこの周りの景色が舞台の書き割りであるような錯覚に背筋を震わせた。

「あら。…ささ。どうぞ。」

「おお。」

酌を受けた堀は、飲んでばかりではいけないと、料理に手をつけはじめた。
魚介のカルパッチョというのは珍しい。
イタリアでは肉を使うのだが…
いや。うまい。

「ここの鳳翔さんの料理は格別よ。和食洋食中華、なんでもござれ。」

「確かにこれはうまいな。」

さきつけのイカの煮物をつつきながら堀は頷く。

「はい提督、将軍。」

小柄な女性が七輪の上に炭を熾してやってきた。

「フグのぽくぽく焼きです。タレのまま刺身でいただいても、この上で軽く焼いてもいいようにしてあります。」

「いよっ!待ってました!!」

隼鷹や周囲の艦娘――たしか赤城と瑞鶴――がはやしたてる。
山下中将も笑いながら拍手している。
随員としてやってきた陸軍士官たちが止めるのもきかずに痛飲していたらしい。

372 :ひゅうが:2016/07/22(金) 20:34:44
見れば、わが海軍士官も千歳と名乗った女性や那智という女性に鼻の下をのばしている。
…見なかったことにしよう。と堀は目の前の食べ物と酒に集中することにした。
網の上でいわれた通りにふぐの身をあぶる程度に焼き、熱で身がくるりと丸まったあたりで口に運ぶ。
うまい。
いい下ごしらえだ。隠し包丁も、甘辛いタレも。

ふと見れば、バーカウンターのようになっているその上で、吹雪というどうみても少女な艦娘が飲んでいる。
いいのか――と言おうとしたが、彼は年齢なぞ関係ないと思い直す。
彼女たちは艦娘なのだ。
(神崎提督の左腕に抱き着いている金剛なんて――いや、これ以上はまずい気がする。)

焼き立てをもってこられた卵焼きを出汁にひたしていただきつつ、堀は思考を巡らせた。
過去の太平洋戦争と、深海大戦以外の記憶が不確かな者たちが集う島。
それは…

「まるで箱庭だな。」

「あら。大日本帝国と何の違いがあるのかしら?」

即座に一本とられた。

「『うちのおっかさんに聞いたけど、死んだ母親って、またこの世にもどるってこった。』」

堀は即座に返す。

「『この花園に来て、ふしぎな気分になるのは、ここに、なくなったおくさまもいらっしゃるからだと思うんだな。」』」

「開かれた花園で、あなたがた大日本帝国は何を為すおつもり?『お父様』」

「そこは『お祖父様』じゃないのかな。」

ちろ、と小さく舌を出す陸奥。
今から28年前に出版された英国の女流作家フランシス・ホジソン・バーネットの名作を引用しつつ、今の大日本帝国が置かれた状況を揶揄したのだ。
堀は返した。

「『人生にはごくたまに、自分がいつまでも永遠に生きられると確信できる瞬間が訪れる。』」

「『できるわ!できるはず!できるわ!できるはず!』」

陸奥が続ける。

「そのようにありたいと思うな。僕も。」

「なら、蘇らないとね。」

陸奥が笑った。
ああ。そうだとも。
魔法はいつも僕の中に…自分達の中にあるのだから。

「そーれいっき!いっき!!」

ああうるさい。

――なお、翌日の青葉新聞には、「堀提督、隼鷹をノックアウト!」という大見出しがついたことを付け加えておく。

373 :ひゅうが:2016/07/22(金) 20:37:07
【あとがき】――元ネタを知らない方は、「秘密の花園」で検索してみてください。
映画版も名作。みんな、活字の本もいいぞ!
ちなみに、二人ともさすがに翌日は妖精さん印のウ○ンの力の世話になったらしいですよw

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最終更新:2023年11月12日 15:37