743 :ひゅうが:2016/07/24(日) 04:57:40
※ 寝落ちする前に投下


  神崎島ネタSS――「連合航空艦隊演習」その2



――西暦1937(昭和12)年3月25日 午前7時30分 伊豆大島南方上空


「見ろ!軍艦旗だ!」

誰かがいった。
双尾翼の間からファーストライトが視界を染め、そして半円の形から急速に円形に近づいていく。
第1航空艦隊は、相互援護を可能なような立体陣形――俗にいう箱型陣形(コンバットボックス)を組みながら南下している。
高度は3000メートル。
中高度侵攻である。

「全機、ついてきているか?」

この第一航空艦隊の先導機(パスファインダー)を担当する入江俊家少佐は無線に向かってやや音量をおさえつつ言った。
この中攻隊が生まれてからわずか数か月。
その間に機体の癖は知り尽くしたといってもいい。
だが操縦性や運動性の高いこの96式陸攻は、ささいなことで風に流され、それから立て直そうとして過剰反応してしまう癖があった。
彼はそれをいっていたのだった。

「問題ありません。みなついてきています。」

『第二梯団も問題なし。』

後方機銃手に続き、入江から数キロ後方に続く第二梯団の先導機を指揮する檜貝嚢治少佐からも、明瞭に返答が返ってきた。
まったく今まで使ってきた空中無線機とは大違いだった。
これまでは文字通り叫ぶか、もしくは空中で電鍵を使ってモールス信号を送るかしなければ意思の疎通などとれなかったのだが。
そのため、入江ははじめてこの無線機を使い始めた際に部下の耳を危うくダメにしかけるところだった。

「加来司令。順調に進行中です。」

「うん。」

指揮官席につく加来止男大佐は、手帳へ記録をとる手を止めて頷いた。
彼は、海軍木更津航空隊司令から、第一航空艦隊臨時司令官へと横滑りした人物だった。
今回の爆撃行(といっても演習だが)では、これから主流となる100機以上の大編隊による爆撃での問題点の洗い出しのため、自ら長機に乗り込んでいた。

「後ろは壮観だな。」

「これだけの機体を集中運用して実戦さながらの演習をやるのは今回がはじめてですからね。空中集合と侵攻訓練は積んでいますが、爆撃行は今回が初です。」

「紙製の模擬弾とはいえ、実際に投下するからなぁ。」

少しとぼけた調子で加来はいった。
直感的な感覚とはだいぶ異なるが、空気抵抗を考えなければ重力加速度はあらゆる物体に等しく働く。
要するに、重いものがより早く落ちたりはしない。
ガリレオ・ガリレイが数世紀前にピサの斜塔で証明した通りに。

それを利用し、今回は樹脂で強化された紙製の精巧な模擬弾が投下されることになっていた。
当然ながら、実際にここまでやったことはなかった。

744 :ひゅうが:2016/07/24(日) 04:58:13
「うまくいく、と信じています。」

入江は励ますように言った。

「少なくともこの中攻隊は漸減邀撃作戦の矛になれるだけの力があります。戦闘機の護衛なしに長距離を侵攻して敵艦隊や基地群に大打撃を与えることもできるでしょう。」

中攻隊の中では比較的穏健な意見を入江はいった。
実際、当時の中攻隊はすぐれている。
単発機には飛べない長距離を侵攻し、海面すれすれの高度を這うように進み、敵艦に魚雷をあてる。
そうした目的を可能にした96式陸上攻撃機は、海軍航空隊だけではなく、軍縮条約によって数的に不利となっていた帝国海軍の希望の星だったのだ。
いずれエンジン出力の増大により、より単発機を置き去りにすることのできる高速で敵国そのものを攻撃できるようになると搭乗員たちは考えていた。

イタリアのドゥーエ将軍が述べたように、攻撃側が攻撃対象を自由に選べるのに対して防御側は戦力を各地に分散配置せざるを得ない。
ゆえに、高速を得た爆撃隊の大編隊を防御側は阻止できない――と。
こうして生まれたのが、戦闘機無用論という考え方だった。

対する戦闘機側はそれに反発する。
そもそも爆撃機の高速化は容易ではない。
爆撃機が高性能化するには、出力の大きなエンジンが必要だ。
そして大出力エンジンはかさばるし重い。ということは、それを空中に浮かせることのできる大きな主翼が必要となり、それに加えてエンジンそのものが増えることにより空気抵抗は増大する。
それをおして高速を得るには…といういたちごっこが起きるためだ。
おまけに長距離を飛ぶための燃料も大出力ゆえに増大し、爆弾搭載量も維持しなければならない。
原理的に、戦闘機のような単発機の方がダイレクトに高速化しやすいのだ。
ならば、戦闘機無用論の前提となる戦闘機より高速な爆撃機というのは幻想ということになろう――と。

両者の対立は、それぞれの派閥の利害を代表し、やがて本格的な衝突に至る…前にこの演習を迎えることになったのだった。


「どちらが正しいとも、私にはいえんよ。」

加来は言葉を選びながらいった。

「だが強力な打撃力があるのは認める。今年頭から急速に整備されたからとはいえ、これだけの数を集中したためしはないからな。」

大規模渡洋爆撃。
これを実現できるだけの機材をもっている国は限られる。
そして、間違いなくこのときの帝国海軍はその最先端に立っていた。

「目標まではあと120海里ほどです。」

入江はいった。

「対処するまもなく上空に進入できれば、我々の勝ちです。」

加来が何か返そうとした、まさにその時だった。

「敵機、直上!太陽の中!!突っ込んでくる!!」

上方を警戒していた機銃手が叫んだ。
次の瞬間、風防(キャノピー)がピンク色に染まる。

「くそ。やられた!どうして…」

入江は戦慄した。
どうしてこんなところで…

「編隊各機応戦中!敵機少なくとも30以上!は…早い!!」

銀翼をひるがえした空冷単発機が視界の限られた風防の隅を横切る。
写真で見たことのあるソ連のI-15だか16だかより格段にスマートなその機体は、機首と左右の翼から曳光弾と顔料の詰まった染料弾を放ちつつ、下から突き上げるように入江機に襲い掛かった。

「先導機を潰すか。定石通りだな。」

加来の冷静な声が、いやによく響いた。

『こちら第二梯団!敵機の接触を受く!数30!』

「やはり、偶然じゃないな。噂に聞く電波探信儀か…」

ああ、なんてこった。

745 :ひゅうが:2016/07/24(日) 04:58:49
【あとがき】――勘違いでお騒がせしたので、追加で投下しました。
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最終更新:2023年11月12日 15:40