715 :ひゅうが:2016/07/28(木) 20:17:02

神崎島ネタSS――「三匹がゆく!in Britain」その1 改訂版



――1937(昭和12)年4月3日 南シナ海


「吾輩が利根である!吾輩がきたからには、もう索敵の心配はないぞ!!」

「何いってるの?」

「いや、なんだか言わなければいかんと思ってな!」

「Oh!電波デース!」

大丈夫かなこの集団…と足柄は思った。
心配しかない。
まったく私が心配する側に回るなんて…

思考の隘路に入り始めた足柄は、このような状況になった原因を思い返してみた。

まず、派遣のきっかけとして、日本製条約型重巡の次に位置する新型巡洋艦を送るべきというのは、帝国海軍と神崎島側の協議で決せられた。
要するに、史実で「餓狼」呼ばわりされた戦闘力過多の条約型重巡の評価を誰もが気にしていたのだった。
そう評された足柄としては気にせざるを得ない。
英国的な皮肉に満ちたこの評価は、人をのせる船としては失格という嘲笑も含んでいるものだったからだ。

だからこそ、足柄は英国ゆきの随員としてここにいる。
特に問題はない、はずだった。
同じく英国経験を有するという理由から選ばれたのが金剛で、派遣されるのが利根でなければ、だが。
要するに、ブレーキ役がいないのだ。

こんなのは私のキャラじゃないのに…と足柄は何度目か頭を抱えた。
よく誤解されるが、彼女は真面目なことができないわけではない。
あの大淀が礼号作戦組と呼ばれる集団に属すると思い切りはっちゃけるのと同様に、むしろパーティーなどでは思い切り場の主役になれる才色兼備の女性である。
ただし、提督などの前ではおさえがなくなってしまうだけで。

そして逆に、自分より圧倒的に天然なものの中に放り込まれるととたんに常識人になってしまう。
要するに、並はずれて真面目なのだ。彼女は。
信頼する提督や仲間の前では役に立ちたいし、何も気づかぬままに危地に飛び込むこともしたくはない。
個性的な四姉妹の中では、末妹の羽黒が委縮してしまわぬように。


「はぁ…」

だからこそ足柄は、この計算し尽くしているようでどこか抜けている金剛と、どう考えてもド天然な利根の組み合わせに苦労する運命にあった。
こいつらときたら、放っておけば31ノットで戦場を駆け抜けるだろう。

「利根?今からその調子でいったら、スエズを超える前に赤道の暑さでバテるわよ?」

「むむっ。赤道…おそろしいところじゃな。」

利根は改二制服の深すぎるスリットで仁王立ちした。
男らしすぎる態度だが、目の毒である。
だが、慣れきっているらしく乗組員の妖精さんたちは見張りを続けたり前方をにらむだけである。
むしろ随員として乗り組んでいる外交官妖精さんの方がどぎまぎしていた。
なんだか妙に腹が立った足柄だったが、絶妙のところで金剛が割って入った。

「ところでトネ?赤道は赤い線が引かれているわけジャありませんカラね?」

「なんと!…い、いや知っておるわ!」

こういうさらりと空気を読むところが、足柄にはさらに癪に障った。
伊達に艦齢食ってるわけじゃ――いやよそう。なんだか寒気がするし。

というか利根、まさか古参船員定番のギャグを信じていたのか。

716 :ひゅうが:2016/07/28(木) 20:17:35
「ガラサーン?」

「…なに?金剛?」

提督が自分を呼ぶ愛称を口にした金剛は、某特撮ヒーローのように腰に両腕をあててひまわりのような笑みを浮かべた。
正直、かなり暑苦しい。

「そうカリカリしないことデース!眉間の皺ガとれなくなりマスよ?」

「大きなお世話よ!それよりその恰好は?」

「Oh!見たことないデスか?レディたるもの訪問の際はキチンとした格好ヲするのがたしなみデース!!」

「いや、それはわかるから。問題はなんでそんな古臭い格好を――ヒッ!」

ヴィクトリア朝の貴婦人のような恰好をした金剛は、革製のトランクの上で微笑んでいた。
ただし気温は、シンガポール直前のこの海域とは思えないほどに低下した。

「…ドコカ間違ってマスか?」

「え…ええ。具体的には25年くらい前の古風な格好かなと。」

今はこんな感じ、とノースリーブのワンピースの写真を示した足柄。
実は利根と一緒にロンドンでは何を着ようか話をしていたところへ金剛が乱入し、唐突に利根に電波がおりたのだ。
正直なところ、利根型の格好を心配した足柄が馬鹿みたいと思うのも無理はないだろう。

そのわりには古臭いといわずに「古風な」という形容詞を使うあたり彼女の気質があらわれているともいえた。
…彼女の姉である那智は、真面目なようでバーカウンターではアレである。ためこんだ何がしかを発散した長女の妙高とともにつぶれた二人を部屋まで連れ帰るのは、足柄の役目だった。


「Oh…でもやっと時代がワタシに追いついたみたいネ!」

ああ、脇か。と足柄は思った。
金剛型の装甲服――装甲としての役割を果たすいわゆる制服――は、高速戦艦ゆえの機関部の放熱のためか肩の部分が大きくあいた巫女装束のような恰好である。
そして現在の英国で流行している婦人服のスタイルには、イタリア風のそうした袖なしの服が含まれていた。

「で…でも到着先はまだ寒いわよ?」

「そうなんデスよね…コートは必須デース。あとガスマスクも。」

「いや、欧州大戦時じゃないんだから。」

「Oh!知らないデスか?ロンドンの霧の正体ハ…スモッグと煤煙デース!」

「何と!おそるべしロンドン…」

「いや、いつの話を…」

718 :ひゅうが:2016/07/28(木) 20:18:08

足柄は思った。
大丈夫だろうか――この集団。
こんなことで、英国国王ジョージ6世陛下に親書をお届けしつつ、はるか後方からこちらを追いかける重巡洋艦「足柄」に座乗する帝国政府のエスコートをするというお役目を果たせるのだろうか。

「艦長!距離300に潜望鏡!」

「放っておけ!どうせいつもの米潜じゃろう。みたいならば見せておけ。」

…きちんと仕事はできるようだったが。






――同 南シナ海 アメリカ海軍アジア艦隊所属 潜水艦「ナーワル」


「目標、増速しました。速力28ノット。」

「25ノットを数時間維持か…あの艦の巡航速度は予想以上にはやいな。」

艦長のジョン・H・ブラウン中佐は羨ましさを隠さずに司令塔で息を吐いた。

「見つかったと思うか?」

「たぶん。」

新任士官としてこのナーワルに配属されたばかりのトーマス・ライヒ少尉がいった。
この「ナーワル」は、機雷の敷設を専門とするVボートの1隻。
実質的には、太平洋で作戦できる数少ない潜水艦だった。だが、その内実はこの時期の米海軍特有の人手不足に泣いている。

「やはり、あの島の艦隊の練度は高いようですな。」

「ああ。今まで浮上を余儀なくされたもの3隻、いずれも接近中に発見されている。」

このままでは対抗できないな。と彼は再び溜息。

「しかし、今審議されているという海軍拡張法が通れば…」

ライヒ少尉は若者らしい純粋さで艦長を慰める。
ああ。と応じる中佐は知っていた。
いくらムーだかアトランティスだかのように出現がショックだったとはいえ、あのまま拡張計画は通るのだろうか?
ただでさえ海軍に理解のあるルーズヴェルト大統領の任期はあと1期。
その間に戦艦の数を2倍にするには…いや、それも通らないか。
日本側はこの1か月あまりで大きく態度を軟化させたという。ならば、全面的な対抗を目指す建艦計画はご破算になるかもしれない。

「うらやましい限りだ。畜生。」

719 :ひゅうが:2016/07/28(木) 20:19:01
【あとがき】――というわけで再投稿。お目汚ししました。
とりあえず、前作とのつながりは人物だけ。
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最終更新:2023年11月15日 20:39