212 :ひゅうが:2016/07/31(日) 00:33:53

艦こ○ 神崎島ネタSS――「三匹がゆく! in Britain」その4





――1937(昭和12)年4月29日 ロンドン ケンジントン宮殿

英国において、王位継承者を示す称号をプリンスオブウェールズと称する。
ウェールズ公と訳されるが、実のところこのときの英国王はこの称号を名乗ったことはなかった。
先代にあたるエドワード8世がはなはだ迷惑な理由によって王位を投げ出し、王位より恋を選んだためだった。
そのため、事実上の大英帝国の君主としてふるまうことになったのちのジョージ6世、すなわちアルバート・フレデリック・アーサー・ジョージはこのケンジントン宮殿に住んでいる。
何より数世紀来の王室の住まいであるこの場所に通常客が招かれることはない。
バッキンガム宮殿という常の住まいがあるのに対し、ここはあまりに彼ら王室(あるいは英国皇室)の私的な空間だったからだった。

だが、今ことのときにあってはここを使用しないわけにもいかなかった。

まだ彼は戴冠前であるからだった。
それに、家族とともにいままで暮らしていたピカデリー145の邸宅の方が、彼にとってはプライベートな場所だった。

2週間後に迫った戴冠式を前にして、町は慌ただしい。
その中を、マールバラ公子と駐英大使に連れられた武官と文官は黒塗りの車と共に進み、歩みゆく。
まだ正式な外交関係を結んでいない「state」である島の代表として親書を届けるためにも、こうした紹介者が必要なのだった。


「大日本帝国 神崎島自治国より代表団の方々が御付きになられました。」

呼び出しも、正式なものではない。
余談ながら、このときの呼び出しの掛け声においては、全権をつとめる金剛の敬称をユア・マジェスティ(妃殿下)にすべきか、アドミラル(提督)とすべきか英国側は大いに悩んだという。

「御意を得まして恐悦至極にございます。陛下。」

足元まで届くロングスカートにネクタイ、幕僚飾緒、終戦記念章そして大日本帝国の宝冠章の大綬章(肩から下げる巨大なタスキ型の勲章)を佩用した金剛が踵をならして敬礼をささげた。
彼女の姿は、ロングブーツは正装として認められている軍人の姿であり、幕僚飾緒は鎮守府の作戦担当幕僚(参謀)の一人であることを示し、終戦記念章は深海棲艦との戦役において最後まで従軍していた証であり、かつ勲一等宝冠大綬章は大日本帝国が女性に贈れる最高位の勲章であることを示す。
つまりは、大日本帝国政府が彼女を少なくとも衛星国とみられる満州帝国などと同等に扱っていること、そしてその島における軍人の中でも高位を占めることをあらわしている。
つまりは、こうした勲章文化の残る欧州において粗略に扱うことが許されないことをあらわしていた。
なお、外国君主などへの謁見においては、よく知られたソ連などの東欧圏とは違って自身が持つ最高位の勲章、または訪問国からいただいた最高位の勲章を組み合わせるのが一般的である。

213 :ひゅうが:2016/07/31(日) 00:34:25
「女性の軍人と会うのははじめてではないが。」

ジョージ6世がゆっくりといった。
緊張しているのか、少しばかり言葉が不明瞭になるところがあった。

「女性の提督とあうことははじめてだね。」

「恐れ入ります。」

左足をわずかに下げ、片手に制帽をかかえる金剛が、見事なキングスイングリッシュで返した。
ジョージ6世はわずかに目を開いた。
彼女が話す言葉は、英語の中でも宮廷言葉に近いわずかな訛を含んでいたからだった。
これだけでも、わずかな時間の間に言葉づかいを修正できるだけの学習能力を有することを示している。
つまりは、そんじゃそこらの田舎から出てきた者ではない。

「貴国は」

その言葉に、そばに控えるスタンリー・ボールドウィン首相が少し反応する。
彼は先代のエドワード8世の退位以来、健康を害していた。
すでに退任も決まっている。

「強大な海軍力を持っているそうだね。」

「はい。」

「とても日本海軍に似た艦艇だという。どうやったのかね?」

その場に緊張が走った。
原罪、欧州では日本が軍縮条約を無視して軍拡を行い、それを見えない島に隠していたという向きも強い。
そんなことはありえないのだが。

「調査できる沈没艦や入手資料もございましたので。」

「ほう。」

ジョージ6世の目が鋭くなる。
周囲に控える侍従たちも聞き耳をたてていた。
イエローペーパーが語る話は彼らの耳にも入っていた。

「それはどのような?」

「たとえば、スカパフローで失われた艦のようなものが唐突にあらわれることもあるものです。あらゆる時を問わず。」

「なんと。」

214 :ひゅうが:2016/07/31(日) 00:34:56
「陛下。」

金剛は微笑する。

「天と地の間には、思いもよらぬことがございますわ。」

「なるほどなるほど。東方からきたオフィーリア。君のような美しい女性を川に流すのはやめるとしよう。」

ジョージ6世は、これは愉快という風に笑い、詰問口調となっていたのを緩める。
後ろで待機する利根が何のことか目を白黒させているが、金剛はかまわずに微笑を浮かべつつ、再び一礼した。

「余の政府は、正直にいえば大日本帝国を大いに警戒している。そんな中でやってきた君たちの国は、大日本帝国に盲従するわけではない。」

言葉を選びながら、デンマークでなくイングランドの王子にして王はいった。
実際、外交権を所掌する帝国外務省は神崎島からの軍艦派遣を断らずにこれを通した。
同じ国というなら、丁重に断るのが当然であるのに。
これだけでも大きなサインだった。

「ならば、『貴国』はわが国の友となる気はあるのかな?手をふりはらいつつあった大日本帝国と違い。」

「わたしどもの提督は、貴国の友とはなりませぬ。」

きっぱりと金剛がいい、紹介者の吉田が思わず口を開こうとするが、金剛は続けた。

「もしも陛下の友となる栄誉を賜るならば、喜んでお受けいたしますが。」

「君の心証として?」

「わたくしの心証として。」

「そこで日本人らしく逃げを打たないところが、君の美点であるな。」

おお、これ以上は妻に怒られる。とジョージ6世は笑った。
彼女は、日本帝国政府とは別の独自の行動をとることを示しつつ、そこから離れる気はないと語ったのだった。

「かつて、日本とわが国は友誼を結んだ。」

ジョージ6世はいった。

「再び友情をもって話を交わせることがあればこれ以上にうれしいことはない。」

「きっとこの耳は不思議な話のとりことなるだろう。――かくあれかしと思います。」

「私は真剣です。いつもとは違います。あなたも真剣にお聞き下さい――そう言ってくるものの手を払うほど余は頑迷ではないよ。」

金剛は深々と礼をし、吉田茂は、感極まり涙を流した。


それは、こののちに大英帝国が展開する宥和政策の一環であり、それは賛否のうち否の方が圧倒的に多い評価であったのがこの政策であった。
さらには、軍事力を持たぬ者がいくら主張したところで受け入れられることがなかったのがこの時代の本質ですらあった。
だが、強大な、世界最大ともいえる軍備を保有しながら、優雅に一礼してのけ、自らの非を認めて強力な指導力をもって政策逆行を実現できる皇帝が極東に存在したことを彼らは示した。
そして、その強大な海軍力の半分を有する不安要素もまた同様だった。
これを確認し、大英帝国の君主と政府は決断する。



――大日本帝国、御赦免。

かくて帝国は破滅の運命から救われたのだった。

216 :ひゅうが:2016/07/31(日) 00:42:08
【あとがき】

「天と地の間には、君の想いもよらぬ哲学があるのだ」 シェイクスピア『ハムレット』より デンマーク王子ハムレットが先王の亡霊の声におののく友人にいった言葉
「オフィーリア」 同上 ハムレットの復讐のための演技によって深く傷つき発狂し、入水して川を流れ下った妻の名前
「ああ、すばらしい新世界。こういう人たちがいるとは。きっとこの耳は不思議な話のとりことなるだろう。」シェイクスピア『テンペスト』流刑に処された島を離れ、帰還につくときの台詞
「私は真剣です、いつもと違います。あなたも真剣にお聞きください。」同上 無実の罪で流刑に処された主人公たちを帰還させるように夫に嘆願する妻のシーンより


215 :霧の咆哮:2016/07/31(日) 00:39:41

イギリスと日英同盟を再び結べる、とはいかずとも再び友好的付き合いが出来るようになった、で良いのか?>最後
ここら辺のロイヤル差は流石は天下のイギリス王族って所か。
何で吉田は泣いてたんだろ?

217 :ひゅうが:2016/07/31(日) 00:48:11
テンペストは和解と赦しの物語。それになぞらえて二人は台詞を交わしています。
このときまでに英国は、強大な海軍力を結果的に持った日本へある程度の宥和政策をとろうとしていましたが、本気度をはかりかねていました。
そのため、その最終試験としてこの場が提供されたのです。
王と首相が見守る中、金剛は「神崎島が独立国としてどこかに立つことはないが、大日本帝国も冒険主義的政策をとることはない」と言明したのが作中シーンです。

そして吉田茂はもちろんこれらになぞらえられた作品を知っています。
+ タグ編集
  • タグ:
  • 艦これ
  • 神崎島
  • 三匹がゆく!in Britain

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2023年11月15日 20:42