460 :ひゅうが:2016/08/01(月) 01:49:17

艦こ○ 神崎島ネタSS――「三匹がゆく! in Britain」その5



――1937(昭和12)年5月10日 大英帝国 帝都ロンドン ブロンプトン・ロード


ハロッズからの帰り道だった。

「ねぇ。気付いてる?」

「えェ。あれは素人ですネぇ…」

「うむ。数十カイリ離れた海上で敵意を感じ取った我らにあそこまで好色さむき出しにされるとは…舐めとるのかの?」

「そういうものデス。納得はしなくとも理解はしてくだサーイ。」

いつもこんな切れ者なら助かるんだがなぁ。と足柄は思った。
30年代の欧州らしい外装に身を包みつつブロンプトン・ロードを歩く三人は、日本語で会話していた。
この英国の地において日本語を解するものはかなり少ない。
実際、新聞で女性軍人として報道されてから彼女の前に現れた人物は、よきにつけ悪しきにつけ、英語で彼女らに話しかけていた。

先ほどまで、女性団体の支持者らしい人物が「女性活躍のさきがけ」としてさんざん彼女をたたえていったところだったが、それを臭いものを見るように見つめる男性たちの中に、少なからず不穏な感じの男がいた。
これまでも、名前目当てらしい暴漢はやってきた。
一人はナイフを叩き落として投げ飛ばし――これも新聞記事になった――もうひとりは拳銃を避けられてこれまた抑え込まれた。
おかげでそれなり以上の運動能力を有することはわかったらしく、男性陣からの扱いも「どこかの南洋の酋長の妾」から「軍人」に変わったのだが、同時に不穏な視線の数も増えていった。

「来るかしら?」

「今日は秩父宮殿下到着のニュースが入っていマース。」

そりゃ、来るか。

「何より、テートクが来られマスから。」

何か悪しきことを考える者なら、動いても不思議はない。
神崎島は、いわば保護国のようなものだ。その保護国が強大な艦隊を持っている。
これはある意味では不自然な状況だ。
それを利用して、何がしかをたくらむものは多い。
事実、マールヴァラ公爵家で開かれた歓迎のパーティーでは怪しげなのが多く寄ってきていた。
ドイツ大使館からは親衛隊の将校、ソ連大使館からは妙に笑顔の似合う肩幅の広い男、フランス、アメリカからは――いやもう枚挙にいとまがない。
だいたい求められることは同じだ。

「お嬢さんとおつきあい」「軍事機密」「技術の提供」などなど。

あまりに典型的で参ってしまう。

461 :ひゅうが:2016/08/01(月) 01:49:50
こういうことは、「わかっていてもやってしまう」というのが多いらしい。
だが、島から出たことのない箱入り娘を籠絡するのは簡単という思い込みとは裏腹に、彼女らはそうした連中を適度にあしらっていった。
当然である。彼女たちの記憶の中枢は、第二次大戦時の軍艦。そしてそれを補強する補助記憶として当時の乗組員と関係者の記憶を有しているのだ。
男どもの思惑などお見通しである。
おそらくそれが気に入らない者もいたのだろう。
明らかに監視と思われる人員が増えた。


「どうする?日本大使館まで歩く?」

「ここはバッキンガム宮殿とケンジントン宮殿の間。仕掛けてくることはないト思いたいですネ。」

「ほうほう。確かに。日比谷公園みたいなものじゃな。」

「ワタシたちはこれまでポーツマスの工廠やロンドン市内の視察に行きマシたが、いつも護衛がついてましタよね。」

「それで仕掛けてみたものの、一筋縄にはいかないとわかったと。なら諦めるころあいかしら?」

足柄はいった。だがそんなことは欠片ほども信じていない。

「ワタシたちをヤるつもりなら、とっくに爆弾かナニかを使っていますよ。」

「ふん。800キロ爆弾でも持ってこぬときかぬがな。」

利根が鼻を鳴らす。
ちなみにそれでも装甲服が破れるだけである。
艤装の一部であるあの制服は、自動展開されるのだ。

「ならなんで仕掛けてこないのかしら?」

「うーン。素人くさい尾行。暗殺じゃナイとして…」

金剛が顎をさすりながら考える。

「拉致?」

足柄はいった。

「それはナイ…とはいいがたいですねェ…」

金剛が苦笑する。

「うむ!わかったぞ。あれは、マルタ島であった気配に似ておるな!」

二人そろって利根を見る。
さすがに索敵能力の高い航空巡洋艦。
こうした気配の読みあいは得意とみえる。

「ナラ…アレはパパラッチの親戚?」

「いやまさか…そんなアホらしいことをするとは…」

「東京でもあったじゃろ?」

利根があっさり言い切った。

「利根…アナタ…」

「案外大物なのね。」

「ふふん!」

466 :ひゅうが:2016/08/01(月) 02:35:48


襲撃者は、車に乗っていた。
現代ならハイエースといったところだろうが、この時代の自動車にそのようなものはない。
かわりに、トラックが選ばれていた。

ありふれたものである。
この時代の英国では現代とかわらずモータリゼーションが起こっていたし、有名なロンドンのタクシーもこの時代には市内各所を走り回っていた。
まして、戴冠式の2日前であるから、交通規制を見越してこの頃に荷物を運ぶトラックが数多くいたことも彼らの移動を容易にしていた。

標的は、襲撃を警戒して大通りを歩いている。
だが、それがあだとなる。
警備担当者は、まさかこんなところをぞろぞろ連れ立って歩くわけにもいかないという理由で距離をとっている。
ゆえに、誰かひとりをさらうのはたやすい。
煙幕を用いれば。

少なくとも、スペイン内戦を経験したことのある犯人の一人はそう思っていたし、それは正しいはずだった。
犯行に加担するのは、イーストエンドの食い詰め者がドイツ製EMP35短機関銃や拳銃で武装した5名。
用意された場所で「お楽しみ」のあとで、ケルト海峡を抜ける船に乗り込み外国へという手筈が整えられた彼らは、大いに乗り気だった。
一人を拉致するなど簡単。

ただし、相手が生物学的な意味でホモ・サピエンスであったのなら。


「うにゃ?」

アシガラというらしい女性の奇声に、男どもは嘲笑を浮かべようとして、絶句した。
八重歯が牙のように見えるという、欧州基準でははしたない行為をした女性が、白い煙幕の中でまるで狼のように金色の瞳を光らせて彼らを射抜いていたからである。

「撃て!」

原始的な感覚に従い、彼らは動いた。
どうせお楽しみをやるのは一人である。残る輩は殺してもいい。
特徴的な発砲音とともに銃弾は十メートルもない距離のアシガラに吸い込まれ…

「何するの…よ!」

少なくとも10発が命中したが、足柄は一歩で距離を詰め、そして回し蹴りで数人をなぎはらった。
街頭に背をぶつけた男どもが崩れ落ちる。

「ば、化け物!」

「失礼ね。防弾服よ。」

一瞬信じたくなる。だが、9ミリ弾が顔にあたったはず…

「まぁ、英国は紳士の国と聞いていましたのに。」

コンゴウという名の女が、どこから取り出したのか、扇子を片手に男どもを嘲る。
まるで上流階級の者が労働者を相手にするように。
それが男どもの気に障った。
雇い主以上に、階級というコンプレックスが男どもをかりたてた。

「マナーを知らないわねぇ…」

アシガラが懐に飛び込み…

「うわぁ…デンプシーロール。そして…アァ…なんだか曲がっちゃいけない方向に…
ア…そこは男の急所…」

思わず金剛が日本語で口もとを覆った。
その後方では、「ふんぬ!」という掛け声とともに、利根がタイヤを切り裂いていた。



「御無事ですか!?」

男が手を上げたのと、記者らしいトレンチコートの男が武装した警官をひきつれてやってきたのはほぼ同時だった。

「ええ。ところであなたは?」

人好きのする笑みを浮かべた記者はいった。

「よかった。私はキム。キム・フィルビーといいます!しがいない記者ですよ。」


462 :ひゅうが:2016/08/01(月) 01:50:34
【あとがき】――眠れないので一本。

461に466を追記
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最終更新:2023年11月15日 20:42