536 :ひゅうが:2016/08/01(月) 14:13:34
 神崎島ネタSS――幕間「大英帝国の選択」



――その報告を受けたとき、大英帝国政府は混乱状態に陥った。
ただでさえ、翌々日に戴冠式を控えている中で起こった事件である。
さらに、犯人と目される人物の素性も彼らを困惑させた。
彼らは25歳程度。
いずれもケンブリッジ大学出身の上流階級に属する人間であり、報道機関勤務である。
これだけでも対処には慎重になる。
ただでさえこの年代は、自身の正義に盲目的になりやすい。さらには世論のバックアップを得やすい彼らを簡単に処断することははばかられる。
起こったことは限られている。

第一に、現場で確保されたリーダー格はイギリス・ファシスト同盟に関係のあるごろつきであった。ただし他殺死体として。なお、口径からいって被害者側の持つ拳銃から発射されたものではない。

第二に、彼らの持っていた武器はドイツ国防軍制式採用の短機関銃である。おそらくはスペイン内戦に伴い闇に流れたものと思われたが、出所の特定はできない。

第三に、生きて確保されたごろつきどもはいずれも金で雇われた労働者階級の元兵士ども。
背後関係を洗おうにも、リーダー格に集められたことからてっきりイギリス・ファシスト同盟へ敵対的な者への報復と思っていたという。

これだけならば、英国情報部は、ナチと関係の深いイギリス・ファシスト同盟の仕業と断定したことだろう。
だが、ここで善意の通報者たるキム・フィルビー特派員の言葉が出てくる。

「彼らは、南アフリカや旧独領東アフリカの記者です。そのためか――いささか人種意識が強かった。」

南アフリカにはボーア人という旧トランスヴァール共和国系の人々が暮らしている。
そして支配階級にはさらに少数の英国人が暮らしているが、このことは圧倒的多数の黒人に対する形で強烈な人種意識を彼らに生んでいた。
そういう時代なのである。
史実において悪名高いアパルトヘイトが行われるまで、十数年といったこの時期は、社会的ダーウィニズムという新しい考え方にしたがって白人優位主義が語られた時代でもあった。

「彼らは、英国のパブリックスクールから大学を経て、外国特派員へ。その間に何かがあった。」

彼らと知り合ったキムは、ソヴィエトのスパイとなることを求められたという。
ありがちな話である。
知識人たちの多くがこの頃、ソヴィエトへあつい視線を注ぎ、祖国へ失望を深めていた。
有名なところではバーナード・ショー。
彼は、ソ連訪問から祖国へ帰るときに「わたしは明日この希望の大地を離れ、絶望の待つ祖国へと帰る」とまで述べている。
今進行中のスペイン内戦には、多くの知識人たちが義勇兵として参加した「国際旅団」なるものまでが存在していていた。

暴力的なナチスやファシズムへの反発からソヴィエトへの傾斜を深めた者が多いのはむしろ当然というのがこの時代の風潮だった。

「彼らは、ファシストの日本を許すわけにはいかないと常々いっていました。」

だのに、突然の政策転換により英国は対日接近を開始する。
なんとしてもこれを阻止しなければならない。

537 :ひゅうが:2016/08/01(月) 14:14:05
「そういえば、マルタ島で彼女らに軽くあしらわれて腹を立てていたとも聞いています。」

東洋人ごときが見事な英語を使い、自分たちを相手にしない。
それは、植民地的な人種感覚に凝り固まった男にとりどれほどの屈辱だったのだろうか。
そして、一石二鳥の復讐を込めて、彼らは行動を起こした。

「私は、それに参加を求められました。ソ連がこれに関わっているかどうかはわかりませんが――」

悔しそうにいったキム・フィルビーに対してMI機関は最大限の感謝をこめて礼を述べた。
当時のこうした機関は、上流階級の子弟がいわば徒弟方式によってリクルートされ育成される排他的な組織だった。
しかしキムは植民地出身とはいえ、愛国心を示した。
通報後、彼女らを救うべく待機し、まさかこんなところ――場所はバッキンガム宮殿のすぐそばだった――でと思われた場所での襲撃に対して駆けつけた。
ギリギリまで説得を試み、事件を阻止できなかったのは痛いがMI機関は新たな新人を迎えることができるのだ。


幸い、到着したばかりの神崎提督に真っ先に情報を伝えたこと、そして結果的に実行犯の大半を確保できたことから事態は大きな騒ぎにはなっていない。
民間には、男性主義的な男たちが酒場で思いついた犯行という発表でごまかせる。
限りなく黒に近いソヴィエトへは、今この時期にことを荒立てるわけにはいかぬ――
怒り心頭の日本に向けていくらかの外交的譲歩を要求されるが…

「先王陛下の退位に伴い、王制が揺れている今この事件をぶつけるのはいけませんからね。
わかりました。」

そういうことだった。
先代のエドワード8世は、あろうことかアメリカ人の夫のある女性へ恋し、王位を投げ出した。
この大スキャンダルは労働党の重鎮をして「われわれが1世紀間広報するよりも共和制についての理解を英国民に与えた」と言わしめた。
玉座は揺れている。
ならば、少々の不利を甘受しても、事態は沈静化させるべきだ。


――かくて、事件はただの暴漢の仕業とされた。
だが、この事件が英国の極東外交へ与えた影響は極めて大きい。
大英帝国は、国際仲裁裁判所による裁定を待たずに満州帝国首都 新京に公使館を開設。
石油開発において満州帝国政府に協力する用意があることを示す。
もちろん、関係が極めて深い中華民国(貨幣の発行を香港系の銀行が代行していたほど)の猛烈な抗議を受ける。
だが、そうした逆風は、ほかならぬ中華民国自身の――いや、彼らの軍事部門を牛耳る政治音痴な軍人たちの集団、ドイツ軍事顧問団の手によりまたしても風向きを変えることになるのである。

歴史は、それを第二次上海事変と称した。

538 :ひゅうが:2016/08/01(月) 14:16:06
【あとがき】――うわぁ…なんてマッチポンプ…
ちなみにキムにとってこの事件は、スペイン内戦の中で起こるはずだったある事件の代用品です。

540 :ひゅうが:2016/08/01(月) 14:32:26
なお、史実では彼、スペイン内戦取材中に国粋派の女性と関係を持ち、取材中に天幕に投げ込まれた手りゅう弾を投げ返して九死に一生を得ていたりします。
それで世界的に有名になった上にMI機関へリクルートされたんですから…なんというか、すごいですよねw
そのはるか前からソ連のスパイやってたんですから。

542 :ひゅうが:2016/08/01(月) 14:41:27
うまくいけば→日英離間。あと英国の王政に大きな傷がつく。さらにドイツへの敵意も煽れるよ!
失敗しても→まさか通報した愛国者がスパイだとはお釈迦様でも気づくまい…この経歴が絶対的な信用になるのさ!あとゾルゲ事件の意趣返しができる。



軽機関銃を短機関銃に修正

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最終更新:2023年11月15日 20:46