354 :硫黄島の人:2015/07/04(土) 19:19:47
硫黄島の戦い 外伝

1945年某日    小笠原諸島硫黄島



日米両軍の激闘の最中、周りは轟音と振動が埋め尽くしていた。
二宮和也伍長は愛砲に身を委ねながら全身の痒みと痺れにいらだっている、偽装のために全身に塗りつけた砂や布切れが煩わしかった。
本来なら気心が知れている周りの仲間すらもうっとうしい。
ここ数日はずっとそうだった。

「いたぞ、電話中だ。2時、160」

二宮は周囲を監視していた分隊長の言葉に愛砲を構えた。特設のスコープを覗き込む。
二時の方向、距離1600m辺りに砲を向ける。

「いやがった」

わずかに呟く。
肉眼の数十倍に拡大された姿がレンズに映りこんだ。銃砲撃を避け、くぼ地に身を伏せている米兵たちの中に
無線機を背負った通信兵とそれに怒鳴り立てる指揮官、おそらくは士官だ。
引き金に指を掛けた瞬間、すべての煩わしさから開放された。周りの爆音すらも聞こえない。
周りの状況を考え、経験で培った感覚で目標から少しずれた地点に照準を合わせる。じっくりと引き金を引き絞る。
瞬間、小さな爆音が生まれた。
約二秒後、哀れな通信手と指揮官はまとめて吹き飛んだ。

「命中、相変わらずいい腕だ」
「……どうも」

賛辞も命中と同時に戻ってきた痒みや煩わしさの前には雑音のひとつでしかなかった。返事もおざなりになる。
分隊長も一瞬、眉を顰めたがいつものことと周囲の監視に戻った。
愛砲から手を離し、うずくまる。

97式20粍自動砲、それが彼らの分隊が操る愛砲の名だ。
本来は対戦車用の軽量火器として開発された兵器だった。過大な重量や価格などの問題を抱えているが大陸では
それなりの威力を発揮した。
しかし、それもかつての話だった。
とくに大戦勃発後の戦車の急速な進化によって、一挙に陳腐化した。今でも装甲車などには有効だが、戦車相手
にはほとんど役に立たない。
本来なら、各国で生まれた同様の兵器と同じように消えていくはずだった。
だが、それに待ったを掛けた者たちがいた。

二宮は思い出す。
入隊してから数年、射撃がうまかったことに目をつけられたのか自動砲が配備されるのと同時期に射手として
抜擢された。しかし、開戦からまともな対戦車戦闘に挑むことなく威力不足を露呈しいった。
当初の誇らしさも薄れ、惨めさに苛まれていった。
兵器局から来たとかいう奇妙な男が現れたのはそんな時だった。
そして、どうしようもない苛立ちが湧き上がってくる。こんなところでこんな任務についているのも奴のせいだ。

対戦車ライフルによる超長距離狙撃、それが奴のもってきた新戦術だった。
戦闘機用の照準眼鏡を改造したスコープを使う1km以上の長距離からの狙撃には歩兵の持つ装備では反撃できない。
榴弾を使えば、多少外れても脆弱な人体には十分な被害を与えられる。
装甲車やM2などの重機関銃に対しても同様、偽装さえしっかりしていれば常に先手を取って撃破できる。
優先目標は士官、衛生兵、通信手など居なくなると部隊の活動が著しく阻害されていく兵隊。
これは40年先をいく戦い方だ。
それが奴の言い分だった。

355 :硫黄島の人:2015/07/04(土) 19:20:22
最初は理解できなかったが、話を聞くうちに納得していった自分が嘆かわしい。
はじめは嬉しかった、時代遅れになった自分たちがもう一度戦えると思えた。訓練はきつかったが、最後は2キロ
離れた人型目標も外しはしなかった。
しかし、誇りは再び穢れた。
この島にきてから土木工事に借り出されたのは別に良い、他の部隊も同じだったしその有効性も発揮し続けている。
合間に行われた訓練では肉眼ではまともに見えない的に当てるたびに兵からは喝采を受けた。
問題は、戦闘が始まってからだった。
20mm砲弾を人体に向けて撃ち込んだらどうなるか?
答えは簡単、吹き飛ぶ。比喩ではなく、文字通りの意味だ。
少し考えれば分かることだ、自分も無意識のうちに考えないようにしていたのかもしれない。
スコープ越しにそれを見た瞬間、誇らしさは消えておぞましさが心を満たしたのがわかった。初陣の兵士のように
盛大に泣いて吐いた。
それも来る日も来る日も繰り返していくうちにどうでもよくなっていった。
最近では、砲を構えると周りの轟音すらも聞こえなくなった。自分と砲が一つになったようにも感じられる。
逆にそうでないときは全身の痒みや体の重さにさいなまれるし、夜もほとんど眠れないがそんなものは些細のことだ。
なにを考えるでもなく、うずくまっていると目標を探していた兵と分隊長の会話が耳に入った。

「軍曹殿、11時方向に餌がいます」
「ああ?……遠すぎるわ、ばか者!」
「すいません!」

目標を発見した兵が分隊長に罵声を浴びせられるが、どうでもいい。自分の役目を果たすだけだ。
愛砲を構えて、砲口を向ける。
怪訝な表情をした分隊長がある意味で当然の疑問を口にする。

「……やれるのか?」
「はい」
「260はあるぞ」
「問題ありません」

スコープで見てみると確かに遠い。その先には餌、負傷した兵士がいた。もがいているところを見ると生きている。
必死に手を伸ばす先には岩陰に身を隠す仲間たちの姿も確認できた。
数分後、わずかに砲撃が弱くなった隙を突いて一人の兵士が駆け寄っていく、よく見れば赤十字の腕章をつけた男は
戦友を肩に担いで戻っていく。
装備をつけた大人を担いでいるのだから、歩みは遅い。しかしその姿は間違いなく勇敢な兵士そのものだった。

「……感動的だな」

わずかな羨望と多量の嫉妬が混ざった感想を一人愚痴る。最近は独り言が癖になってしまった。
自嘲を浮かべて目標に集中する。距離を考えていつもより目標のことだけを意識すると周りの音は何も聞こえな
くなった。
それはいつもと同じだが、二宮は違和感を感じた。まるで、時間止まったような錯覚を覚えたからだ。
風すらもその目に見えるかのようだ。無意識のうちに照準を合わせる。
その間も衛生兵は安全な場所に進んでいく。
迎え入れようと仲間が手を伸ばす場所、あらかじめ照準を合わせていた地点まで後一歩のところまで来たその時に
二ノ宮は何の感情も含ませずに引き金を引いた。
約三秒後、直撃した20mm砲弾は信管を作動させ、周りの仲間もろとも勇者をひき肉へと変え、周囲を血で赤く
染めた。
その様子を確認すると、二宮は初めて大きく息を吸った。
周りを見ると、ほかの分隊員が恐ろしい物を見る目でこちらを見ていた。
色濃く隈を作った目で見返すと、分隊長は目を合わせないように顔をそらした。

「移動する」

兵たちは了解の返事をすると、急いで装備を拾っていく。その間も二ノ宮の方を絶対に見ようとはしない。
すぐに二宮自身もそのことに関心を失い、移動のために身を起こす。立ちくらみを起こすがそれもいつものことだ、一々気にはしない。
分隊は地下壕を通って次の狙撃点に進んでいった。

戦後、記録を調べると奇妙なことが分かる。終戦時に降伏した者たちを除くと同様の任務についていた者達で捕虜になったものはほとんど居なかった。
敵に囲まれると必ずといっていいほど、玉砕したからだ。

対戦車狙撃班は絶対に碌な死に方をしない

それが日米の兵士たちの共通認識だった。



あとがき
前にいったエピローグがまったく進まないので書き切れなったネタをまとめてみました。
やっぱり文章を書くのは難しいです。
よろしければご意見、ご感想をお聞かせください

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最終更新:2016年08月10日 11:00