353 :ひゅうが:2016/08/12(金) 11:39:10

神崎島ネタSS――「1937年6月」その2



――1937(昭和12)年6月26日 中華民国首都 南京


「なんてことだ。」

南京駐留の大使館で、特使という名の雑用係をおおせつかった男、松岡洋右はかすれた声を上げた。

「それでは、貴国上層部は、短期的な対日戦の覚悟を決めたと。」

「その通りです特使。」

憂いの深い表情の男性、行政部長 汪兆銘は緊張しながら日本語で肯定してのけた。

「私は、公的にはまた病気で休暇をとっていることになっています。」

「聞いています。閣下は1月までドイツにおられた。病気療養のために。」

「その間、私はかの国とのパイプを深めることに腐心しました。だからです。
かの国の軍はヒットラ総統とは別の意思で動くことが多い。」

なるほど。と松岡は頷いた。

「カナリス提督などの一派ですな。」

「ご存じであられましたか。その通りです。」

それ以上は口にしない。
松岡洋右は、今年のあたまから極めて慎重にことを運ぶことを自らに課している。
それだけが、国策を誤らせて亡国へ至らせるところだった自らの罪をそそぐことになるからだった。
ドイツ国防軍内部には、反ナチの将校が数多く居る。
そしてその立ち位置も様々だ。
カナリス提督などの情報部は、軍の長老達のような伝統的な親中派でもなければ、ナチのようでもない特殊な立ち位置にあった。

「私も、極秘の訪独から戻るところですんでのところで藍衣社の連中から逃れることができました。」

「藍衣社…蒋介石氏の秘密警察ですな。」

「ええ。しかし蒋中正は――」

蒋介石の字を複雑な感情を込めて呼ぶ汪兆銘は、一瞬言いよどんだ。

「先週から姿を見せていないらしいのです。」

「なんと。」

「それに何応鈞参謀総長もです。かわって、かつての東北系の連中が妙にあわただしく走り回っています。」

東北系。
東北抗日聯軍を名乗ったかつての張作霖軍閥の残党である。
現在は、西安事件以来軟禁状態にある張学良を頭に…まさか。

「その通りです。私の同志が、軟禁状態の張学良を総統府内で見たと。おそらく、蒋は…」

「軟禁、またはそれに準じる状態にある。」

「はい。さらには上海前面における軍の配置が妙に慌ただしい。
ドイツ軍事顧問団に面会を求めましたが…その結果がこのありさまです。」

汪兆銘は、着の身着のままといった様子の自らを指さした。

「事態は、容易ならざる方向へ向かっているようですな。」

「はい。今日ここへうかがったのは、即刻居住日本人へ向けて避難準備を行っていただきたいためです。」

汪兆銘はいった。

「張学良は、何をするかわかりません。
私は、中日双方がつぶし合う未来は…というより祖国がこれ以上荒廃することに耐えられないのです。」

364 :ひゅうが:2016/08/12(金) 12:14:00
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――1937(昭和12)年6月29日 長江


「連中、撃ってきやしませんかねぇ?」

「撃ってきたら撃ってきただよ。そのときは覚悟を決めるだけだ。」

松岡は大人物っぽくいってのけた。
ここは帝国海軍の砲艦「熱海」の艦上。
僚艦の「二見」、そしていささか古びているが「勢多」と「比良」が、チャーターした英国船籍の河川用貨客船「グレートウォール」「チャイニーズ・スター」を取り囲むように展開している。
それを遠巻きに見つめるのは、困惑した面持ちの国民党正規軍の兵士たちだ。

「ここまで事態が悪化するとは。特使。あなたの首もつながりましたね。」

「よしてくれ。運がよかっただけだよ。」

26日未明以来、松岡はその持ち前の行動力をフルに発揮した。
会見のその足で無線室に直行し、「南京でクーデター発生の可能性大。これより脱出す」という一方的な通告とともに上海の河川砲艦を呼び寄せた。
どういうわけかこの頃には日本海軍が保有する河川専門の軍艦である河川砲艦のうち6隻が上海周辺に集められていたために、4隻もの艦がこの南京に集中することになった。
そして彼は、破格の金額で香港の業者から貨客船を借り受け、居留民に対してこれまた一方的に引き揚げ命令を発した。
間違いなく独断専行である。
本国外務省はこれに激怒していたが、極めて曖昧な権限を持つ特命全権大使のそれを拡大解釈することによって先手を打つことができたのも事実。
結局、黙認に加え、引き揚げ命令をあらためて発することで彼の任務を消極的に後押しすることになったのだ。

「しかし、危ないところでした。この大部隊、砲艦がそろっていなければ今頃は大使館に閉じ込められていましたよ。」

「あれを見ていなければ、気付かなかっただろうな。」

「あれ?」

「特種情報。詳細は機密事項だ。」

「ああ、やばい話ですね。」

艦長である加瀬三郎少佐は聞きたくないという風に笑って松岡から離れていった。

「上海でことが起こるのは聞いていたが、こちらに波及するとはな…」

あわてた様子で客船に乗り込む邦人たちをちらりと見ながら松岡は背筋を寒くした。

「あとは、本国が俺の警告を本気で受け入れてくれるかだが…」

まぁ大丈夫だろう。
俺のような一度大失敗をした男の言葉を追認するくらいだ。
今頃本土は大慌てのはずだ。

松岡の考えは当たっていた。
歴史情報から、北平(北京)郊外を注視していた帝国政府は、この動きに大慌てで即応状態の連合艦隊に出港を命じていた。
その後方には、高速油槽船や優良客船が後追いで続く。
いざとなれば、艦隊は自らの中に「第二次上海事変」から逃れる人々を収容する予定だった。

かくて、「史実」より1ヶ月以上も早く、短くも激しい日中間の武力衝突はその前奏を開始したのであった。

354 :ひゅうが:2016/08/12(金) 11:39:58
【あとがき】――破局的なネタを廃棄したので、プランBを急遽執筆しました。
乱文失礼&ご迷惑をおかけしました。

365 :ひゅうが:2016/08/12(金) 12:16:32
とまぁこんな感じで。
ちょっと休憩いたします。黒歴史はそのままにしとくべきですな。
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最終更新:2023年11月23日 13:15