444 :ひゅうが:2016/08/12(金) 19:24:41
 神崎島ネタSS――「1937年6月」その3



――1937(昭和12)年6月29日 東京


「なぜだ。」

内閣総理大臣 廣田弘毅はうめきながらいった。

「早い。」

「ですな。『史実』なら武力衝突は7月7日の盧溝橋事件、ついで8月3日の第二次上海事変により全面戦争へ発展するはず。なのにこれは、1ヶ月あまりも早い!」

戦慄するかのように、永野修身海軍大臣がいった。

「しかしこれは我々の動きが確かであったことも示しています。
…我々は、歴史を変えつつあるのです。」

そうだな。と廣田は応じた。
そう思わなければ、この修羅場はやっていられない。
続いて彼は現在の情勢について、軍令・軍政担当の武官達に問う。
まだ大本営の常設化と施行令の改訂がなされていないため、あくまで独立した系統に属する情報は、確実にすりあわせておかねばならない。

「現在のところ、北平(北京)駐留の部隊、上海駐留の部隊ともに現地の中華民国軍へ連絡がついています。
少なくとも現地部隊のあたりでは寝耳に水といった状況です。」

閑院宮参謀総長が早口でいった。

「総長がこういうように」

柴五郎陸軍大臣が、年齢のわりにおそろしくはっきりした発音で言葉を引き継ぐ。
この二人、日露戦争で実際に旅団長と連隊長として戦野をかけた古豪である。

「情報は錯綜しています。少なくとも現地軍の間でた武力衝突に至るような事案は発生しておりませんでしたから…」

「やはり事態は南京内部での政変によるものと考えられます。」

山梨勝之進軍令部総長が言葉を引き継いだ。

「陸軍さんと同じく、わが海軍でも現地の責任者との連絡が取りにくくなっています。
ことに行政部や国防部においてそれは顕著に。」

「外務省は、お手上げ状態です。」

内閣改造後も留任した有田八郎外相もいった。

「もともとあそことの外交はあってなきがごとしでした。連盟総会でわが国を声高に非難し、復帰を妨害したのが強いて言えば外交。あとは蒋介石総統との個人的な交渉でだいたいが決まりましたから。」

「もはやどこに話をすればいいのか、当のシナ側にもわからないということだな。」

「その通りです。表面上は南京政府は平穏を保っていますが、あまりに動きが不確定すぎます。
松岡特使の行動は正解だったのではないかと…」

「松岡か…」

廣田は苦虫をかみつぶしたかのような表情で再び名前を述べた。

「彼は、機を見るに敏だからな。悪い意味でも。」

「君子豹変すともいいます。松井石根特使のあとを継いだだけとはいえよくやったのでは。」

445 :ひゅうが:2016/08/12(金) 19:25:27
「まぁ、彼の殊勲か失態かよくわからないことはどうでもいい。避難状況は?」

廣田は、愚痴のいいあいになりはじめた自分を反省するかのように強引に話題を切り上げた。

「現在、連合艦隊に加えて『秩父丸』をはじめとした船舶が上海へ急行中です。」

山梨大将がいった。

「上海領事の呼びかけに応じ、連絡の取れた大半にあたる2万余名は領事館での手続きの上、脱出準備を開始しています。」

「現在、上海周辺の国民党軍は5個師団ほど。しかし物資、兵力ともに増加傾向にありますが遠巻きに租界を取り囲み攻囲に出る様子はありません。」

「兵の質は?」

「いずれもドイツ式訓練を施されていると思われ、従来とは雲泥の差です。」

「変われば変わるものだな。あのシナ兵が。」

「総理。米国から租界問題について意見を聞きたいとル大統領から――」

「そうか。わかった。」

廣田は散会を命じて立ち上がった。

いわゆる日本租界という場所は、アメリカ租界の中に日本人が数多く住むエリアである。
しかし、第一次上海事変に伴い、日本領事にも警備権があるとされる形で停戦協定が結ばれ現在に至っている。
国家主権が曖昧であるということは、そこに暮らす人々の安全を確保しようとすると必ず何らかの問題が発生するということでもあった。
この場合、それは何をするにも米国の顔をたてなければならないということになる。

「ホットラインが引かれていないとはいえ、これは少し面倒なことだな。」

「仕方ありません。盗聴されているかもしれないとはいえ電話機ごしに話をできるというのはそれだけで大きな特典です。」

廣田は、総理大臣という名の外交官としての仕事をすべく、官邸に設置された電話室へと急いだ。
もしも戦闘がはじまってしまうとしても、その前から終わらせ方を考えなければならない。

「神崎君にも連絡をとっておいてくれ。万が一の場合は、彼にも助力を頼むことになる。」

446 :ひゅうが:2016/08/12(金) 19:26:40
【あとがき】――派手さはおさえられますが、確実に対処方針を書いた方がいいかなぁと思いましてちょっと追加しました。
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最終更新:2023年11月23日 13:16