504 :ひゅうが:2016/08/12(金) 22:23:36
神崎島ネタSS――「1937年6月」その4



――1937(昭和12)年6月29日 ワシントンD.C ホワイトハウス


「では、そのように。首相閣下。」

太平洋横断海底ケーブルを通じて届けられた流ちょうな英語に対し、フランクリン・ルーズベルト大統領は丁寧に返答してから電話を切った。

「聞いていたとおりだよ。リーヒ長官。君の海軍がまず出発することになる。そして、いざことが起これば、フィリピンの航空隊をタイワンに移動させる。」

「前代未聞ですね。仮にも仮想敵国ですが。」

海軍作戦本部長をつとめるウィリアム・リーヒ提督の反応は、呆れの中に驚きが混じっていた。
さもありなん。
態度が軟化したとはいえ、日本海軍から彼らの仮想敵である。
しかし、日本の外務省がつかんだという南京での政変とそれに伴う居留民の脱出命令、そして上海のアメリカ租界の共同警備要請という事態は彼らにとって絶好の機会――彼らは門戸開放政策を強固に主張していた――であると同時に、日本側がわざわざ弱みをみせたことでもあった。
あのハリネズミのように刺々しい30年代前半の日本を知っていれば驚きもする。

「日本人たちは、本気であの大陸から足抜けするつもりのようですな。」

「ヒロタの言葉を借りれば、撤退にあたり後ろから撃たれるのがこわいということらしい。
そんなことをするとは思いがたいがね。」

中国人は誠実に接すれば誠実に返してくれる人たちだ、とルーズベルトはいった。
リーヒは軽く頷くにとどめた。

「しかし殊勝なことだよ。あの暗殺未遂事件で軍の強硬派のパージが進んだからだろうが、彼は外交官らしく抜け目がない。
退避にあたり家主である我々に一言告げていくのだから。」

「上海共同租界は色々とややこしい場所ですからね。
日本租界とされている場所も、一応はわが国の租界です。」

「そう。そこへいつからか日本人が多く入り込み、5年前の上海事変で非公式租界となった。我が国は――」

「スチムソン・ドクトリンに基づき、満州国を非承認、門戸開放を要求するにとどめた。
直接の軍事介入を避けたがために日本人を矢面に立たせることができました。」

「そして日本人が音を上げた。それだけなら我が国にとっても友好国である中華民国にとっても嬉しいことだが…問題は、日本政府がつかんだというナンキンでの政変だよ。情報は入っているのかね?」

かたわらにひかえていたコーデル・ハル国務長官は、眉をひそめて首を振る。

「いいえ。総統府にさぐりを入れようと、大使からの面談を要請しましたが、汪兆銘行政院長も、そして蒋介石総統も多忙とのことで連絡がつきませんでした。
駐在武官によれば、何応鈞参謀総長とも面談できず。
かわりに、駐華ドイツ軍事顧問団と思われる一段が慌ただしく動いているとの情報が消息筋より入っています。」

「何かがあったことは確かなようだな。これで大山鳴動して鼠一匹だったのなら日本人の過剰反応と笑うこともできるが。」

ルーズベルトはデスクの上で手を組み、またほどいた。

「中華民国内部の親日派というものはよほど長い手と耳を持っているらしい。今回は愛しの仮想敵国殿に感謝をするべきときなのだろうな。」

「すでに、アジア艦隊には太平洋艦隊から戦艦『ネヴァダ』と空母『レキシントン』を臨時派遣済みです。」

「マッカーサー将軍からも、フィリピン・コモンウェルス軍はいつでも実戦投入が可能という報告が入っています。まぁ話半分としても、警備任務には十分すぎるものでしょう。」

スワンソン陸軍長官が肩をすくめながら述べた。

「よろしい。せっかく日本人たちが、自分たちの権益と見なした租界からお引き下さるのだ。
今回のことはわが国にとってはチャイナ情勢に不干渉を決め込んだ過去の宣言――九カ国条約その他もろもろを死文化する好機となる。」

満足げにルーズベルトはいった。
大恐慌から立ち直りを見せているとはいえ、あの巨大な大陸においてナチスに好き勝手を許すほど彼はお人好しではなかった。
次点で日本人にも。だが彼らは長城の北へ退きマンチュリアを国際協調の舞台にすると確約した。
大英帝国を介し、それを文書化してもよいと表明すらしている。
アメリカとしては満点に近い結果だった。

「わが合衆国は、日本帝国政府による要請を受諾する。
合衆国海軍アジア艦隊およびフィリピン・コモンウェルス軍は、ただちに出動。
タイワン沖にて日本海軍のレンゴウカンタイと会同し、上海における居留民保護のために出動せよ。
なお、香港からは英国海軍中国戦隊が出動しつつある。くれぐれも協調を欠かさぬように心がけてくれたまえ。」

506 :ひゅうが:2016/08/12(金) 22:26:09
【あとがき】――常識的ではありますが、素早い即応を米国も見せます。
廣田首相はこの時代においてはあり得ないほどの譲歩を示しており、この時点では大満足というべき状態でしょう。
問題は…その常識が通じないのがかの地だということなのですが。
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最終更新:2023年11月23日 13:16