935 :ひゅうが:2016/08/17(水) 15:26:21
神崎島ネタ――「1937年6月」その終



――1937(昭和12)年6月30日 上海 日本総領事館前


「サーチライトを用意しろというのはどういうことだろうなぁ。」

「知らんよ。何でも本土から増援がくるという話だ。」

「へぇ。落下傘か何かでおりてくるんですかね?」

「かもしれん。なにせこの上海には滑走路はないからなぁ…」

兵士たちがそんな軽口を言い合うのを士官達も止めようとはしなかった。
彼ら、上海特別陸戦隊はそれくらいで鉄拳制裁をするような「練度の低い」存在ではない。
この時期の帝国陸海軍は、おそらくは世界でも指折りのプロフェッショナルの集団といってもよいだろう。
その中でもこの上海特別陸戦隊は、その名の通り海軍が有する珍しい陸戦部隊であり市街地での防衛戦を専門とする精鋭中の精鋭というべき存在だった。
ゆえに、四六時中を気を張って立っているようなことはしない。
緩めるときはゆるめ、しめるときはしめる。そして緩んでいる時でも決して警戒だけは緩めない。
要するに、ここにいる2400名あまりは世界最強の陸戦部隊の一角なのだった。

そんな様子を、避難民たちは少しおびえつつもちらちらと見つめていた。
上海市内とシナ奥地の在留邦人に対して退去命令が正式に発令されたのは、昨日午前。
だがそれ以前に、上海の住民たちは非公式日本租界の連絡網を通じて避難情報を得、こうして脱出準備を完了していた。
そして彼らの動きに慌てたのか、6月に入り上海周辺の非武装地帯をうかがう気配を見せていた国民党軍は第一次上海事変の停戦協定を無視して現地に侵入。
すでに包囲の構えを見せている。
上海を流れる黄浦江の対岸には国民党の見張りらしきものがちらちら見られるし、北の揚子江との合流部に近い呉松周辺にはすでに4万に近い数の兵力が展開しているのが確認された。

「本土からは?」

「情報漏れを防ぐために詳細については航空輸送した命令書にて伝達するの一点張りです。」

上海特別陸戦隊司令をつとめる大川内伝七少将は、相変わらずののんびりした調子でそうか、と返す。

「やはり本土は、租界内に間諜が多数入り込んでいるとみているようだな。」

「そうでない方が不思議でしょう。問題は――」

「言うな。」

自分たちが見捨てられたのかもしれない、という思いは避難民とともに彼も感じていた。
大陸に展開する者が共通して感じる本土の決定の遅さ、そして現状との乖離は、関東軍の例を待つまでもなく反発を生むものなのだ。

「揚子江の避難船ではどれだけ頑張っても7000も乗せられん。それに、黄浦河口をいつ封鎖されるかもわからんのだ。」

上海の市街地を流れる黄浦江は、揚子江に合流して東シナ海へと至る。
この河口には独特な湿地帯であるクリークが形成されており、軍隊の移動には不適当である。
だが大川は知っている。
そんなクリークをこえて第一次上海事変時には日本軍は兵力を展開させたことを。
ドイツ式訓練を施されているという国民党軍にできぬはずもない。
それに、川舟といわれる小型船舶では、河口に大砲の一門や二門を配置されたら至近弾でたやすく横転してしまうだろう。
在留邦人2万余を脱出させるには、この非公式な共同租界で防衛線を張るしかないのだった。

「第26軍との直接通信回線は、まだ不通のままか。」

「はい。もう2日になりますが…」

国民革命軍第26軍は、幾度かの組織改編の末に上海方面を担当することになった国民党軍部隊である。
北京と同様、こちらにも直接通信回線が設置されたのだが、それは2日前から不通のままだった。
そしてそれは、兵力の異常な増強が行われはじめてからちょうど7日が経過した後である。
考えたくないことだが、大川内たちが個人的な信頼関係を積み重ねていた現地軍は…

936 :ひゅうが:2016/08/17(水) 15:26:52
「松岡特使に連絡しておいてくれ。いざというときは――」

「わかっています。子供や赤ん坊だけでも収容するように、ですね。」

「なぁに。いざとなれば1ヶ月や2ヶ月は籠城できよう。」

かか、と大川内は笑った。

「隊司令!電文です!」

「うん。」

領事館の中から走り出てきた兵士の肩を軽く叩いてねぎらった大川内は、少し首をかしげた。

「詫間空?どこの部隊だ?」

「詫間といえば、四国ですね。たしか対潜哨戒のための飛行艇部隊として設置されたばかりだったはずですが…」

「飛行艇?まさか…」

おい、サーチライトをつけろ!と大川内は命じた。
黄浦江沿いに等間隔にならんだサーチライトが上空に向けて光の柱を作り出す。
灯火管制を行っていないため、絵はがきのような西洋風の建造物が建ち並ぶ川岸の租界にまるでギリシャ神殿のような光の柱がならぶ姿はほとんど絵本の世界のようだ。

そして…

「信じられん。本土の連中…いや、あの巨大なヤツは…」

「飛行艇だけで30機以上はいますよ。本土だけじゃなく神崎島とやらからも出したんじゃないですかね?」

ニュース映画で見たきりの巨大な飛行艇と、それに続く飛行艇の大群は、それに気付いた避難民の歓声を受けながら黄浦江へと着水を開始した。
その翼には、日の丸が輝いていた。

937 :ひゅうが:2016/08/17(水) 15:28:55
【あとがき】――というわけで、夜の上海へ航空便です。
黄浦江はけっこう直線部が長いため、こんな芸当ができました。
描写はしてませんが、数機が河口部に強行着水してこれを確保していたりします。
臨時飛行場もあるにはあるのですが、輸送機がおりられるような大きさじゃありませんからね…
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最終更新:2023年11月23日 13:17