252 :ひゅうが:2016/08/20(土) 00:04:47

艦こ○ 神崎島ネタSS――「第二次上海事変」その2





――1937(昭和12)年7月1日 大陸はるか上空


人間には気付きにくいが、地球の大気には質量がある。
重さ、容積、そしてそれらはごくごく細かい粒でできている。
文字で表すよりも数式であらわした方が正確である作用によって、それらは対流し、そして外部からの電磁波の放射を散乱し、そしていくらかを制動。
結果としてそれらは青色の光の散乱という形で頭上に広がることになる。

だが、よく知られているように海面からの距離が遠ければ遠いほど空気は薄くなる。
そして、高度1万メートルともなれば大気圧は地上の5分の1である。
ほとんど呼吸などできようはずもない。
これが1万5000を超えると「ほとんど」が「まったく」に変わり、そして2万を超えれば、体温で血液が沸騰するというおそるべき環境になる。
温度はもちろん氷点下である。
そしてそれを象徴するかのように、この高度から水平線を見れば(雲などないから天候はいつも晴である)ほんのりと丸みを帯びていることに気付くだろう。
ついで、上を見上げれば、そこには黒潮の色をした空が広がる。
この高度は永遠に夜と昼の境界線に位置するのである。

実際、この高度は1955年以前のNACAの基準では「宇宙」と呼ばれていた。

となれば、このときこの高度――すなわち上海上空高度2万1000メートルを飛行していた機体に乗っている者達は宇宙飛行士ということになる。

「ミミズクよりネスト。目標上空に到達。オクレ。」

『ネストよりミミズク。大丈夫かも?オクレ』

「ミミズクよりネスト。こちらは問題なし。中継感度はどうか?オクレ」

『大丈夫かも!パルス状バースト回線ではっきりみえているかも!オクレ』

どうやら大丈夫そうだ。と野上三代子少佐は与圧服の中で顔をほころばせた。
この高高度偵察機の中で最も重要な機械――すなわち後部座席となるはずの部分に設置された超高精細望遠カメラ、わかりやすくいえば1000ミリ望遠レンズと自動補正機構を搭載した8Kカメラ――と、そこから得られた情報を指向性電波に乗せて後方へ送るシステムが正常に稼働していることが明らかになったのだから。
これ以外にも、赤外線カメラ、そして照準用の通常型カメラがあるが、水平に向ければ100キロメートル彼方まで見通すことができるこのカメラ以上のものは存在しない。

「目標地点に到達。これより30分間の滞空撮影に入る。オクレ。」

『了解かも!こっちでもみんな食い入るように見つめているかも!オクレ。』

「それは恐縮であります。どこかズームアップ…いえ拡大してほしいところがあれば仰って下さい。」

『わかったかも!え?…兵站集積部を拡大して欲しいらしいかも!オクレ。』

「了解。引き込み線と思われる部分を拡大します。」

野上は、手元のコンソールを少しいじった。
タッチパネル式になっている上に与圧服の上からなので、今回はタッチペンで丸をつけて拡大する方法をとる。

毎度の事ながら、平成の御代のNHKが次世代放送用に開発した機材の方が、この枯れた技術の塊である超高高度戦略偵察機よりもよほどチートであった。

野上が乗っている機体は、冷戦の時代にはるか高高度からソ連上空に侵入するために作られた戦略偵察機だった。
その名をU-2
機体のもととなっているのはF-104スターファイターであるが、その特徴である短い主翼ではなくやたらと長い直線翼へ換装されていることからその面影を感じることはできない。
赤外線を放射しないように黒い塗料と、申し訳程度の日の丸を描いている様子も、である。
銀色の機体でマッハ2で空をかけたスターファイターに対し、こちらは毎時200キロというごくごく低速で高度2万以上を飛び、そしてはるかな下を見下ろす役目だ。
当然といえば当然である。

253 :ひゅうが:2016/08/20(土) 00:05:18
だが、この時代においてこのU-2あらため神崎島航空工廠(神廠式) 戦略偵察機「景雲」を撃墜できる手段は存在していない。
地上から打ち上げる形の高射砲は高度1万程度が限界であったし、通常のレシプロ機ではこんな高度まで上がってくることができないからだ。
さらには、「景雲」を覆う黒い塗料の中には、21世紀において長大な吊り橋の電波干渉を防ぐために開発された特殊な塗料が使用されている。
簡単に言えば、地上からレーダーで捕捉しようとしても、あまりに的が小さくなってしまう…初歩的なステルス性能を有しているのだ。
戦略偵察機であるためにコスト高を甘受して採用されたこの塗料は、これも枯れた技術であるが、それを受ける側にとってはたまったものではない。
なにしろ、冷戦初期の地対空ミサイルですら捕捉撃墜が極めて困難なのだ。
諸事情から人工衛星打ち上げや超音速ジェット機の投入を制限している神崎島にとって、この「景雲」は、最新かつ最強の目であるのだった。

「予想よりだいぶ多いようですね。ただこちらに気付いた様子はありません。オクレ」

『景雲は飛行機雲をひかないかも!それに電探は確認できていないかも!オクレ。』

恐るべき事に、縦に20キロメートル下方に位置する兵士の仕草すら見通せる高性能TVカメラ(さすがに送られる画像はコマ撮りの連続で、なめらかな画像は機体の記録装置から読み出す必要がある)の画像をモニタしながら、野上はちらりと逆探の波形を見た。
相変わらず、時折の無電以外は感知できない。

30分ほど滞空したが、その様子はかわらなかった。

『本部よりミミズク。作戦第二段階への移行を命じるかも!オクレ。』

「了解。これより中華民国首都 南京の偵察に移行する。オクレ。」

『御武運を…かも!オワリ!』

その卓越した通信能力から神崎島との中継役として大東島南方沖にまで進出した飛行艇母艦「秋津洲」の言葉に元気をもらった野上は、滞空中に落ちていた高度を2万7千にまで回復させるべく、エンジンを吹かした。

――極秘裏に集結を終えていた国民党軍のドイツ式訓練を施された「新式陸軍」は、はるか上空から見つめられていることに最後まで気付かなかった。

254 :ひゅうが:2016/08/20(土) 00:05:58
【あとがき】――飛行艇母艦ゆえ、通信機能は極めて優秀なかもかも、有能!

256 :ひゅうが:2016/08/20(土) 00:13:12
修正。気圧は高度1万で地上の5分の1です。

地上の3分の1から地上の5分の1に修正
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最終更新:2023年11月23日 13:20