792 :yukikaze:2016/05/14(土) 22:32:25
続くかどうかわかりませんが、ちょっとした小話を

サーティーン・デイズ

1962年10月14日。U-2偵察機がもたらした写真は、ホワイトハウスに激震をもたらした。
かねてから近代でもまれに見る最悪の軍事独裁体制を急速に作り上げアメリカ内でも懸念の種になっていたハイチにおいて、ミサイル基地が建設されているのが明らかになったからだ。
勿論、そのミサイルの持ち主が誰かというのは説明するまでもなかった。

「空爆だ。空爆。ミサイル基地を徹底的に空から叩いて、後は海兵隊に制圧させればいい」
「事がハイチだけで済む保証があるのかね。将軍」

机を叩きながらそう力説するルメイ空軍参謀総長に、ラスク国務長官が半ば辟易とした顔で窘める。
一体この将軍は、朝鮮戦争とカンリョーショーグンによる演習から何を学んだというのだろうか。
ああ・・・そう言えば、この将軍は太平洋戦争の影響から大の日本嫌いだったか。自分にさんざん煮え湯を飲ませ続けてきた小生意気な黄色人種の言葉に耳を傾けるなんて事はしないか。
そうでなければ、5年前にアドミラル・アベが提出したエアランドバトル構想の、『敵軍の前線へ補給を行う後方部隊への攻撃を担う』という部分を徹底的に拡大解釈して、未だに戦略爆撃機や核搭載型攻撃機を偏愛するようなことはしていないだろう。
確かアドミラル・アベは「効率的に敵地上部隊を叩くためには、航空優勢を確保することが肝要」と念押ししていたのだが。
最近では陸軍と違って、遅々として進んでいない空軍の状況に、大統領もアンダーソン国防長官も苛立ちを強めているのも無理はないだろう。
(ちなみにアメリカ空軍のこのツケは大きく、この事件後にルメイが更迭されたのを皮切りに、ファントムⅡ及びA-7の採用という屈辱を味わうことになるが、このお蔭でカンボジアでは事なきを得ている)

「アメリカの喉先に核ミサイルが配備されているという危機感がないのかね。長官」
「安易に軍事力を用いた場合、それこそ第三次大戦になるという危機感はないのかね将軍」

睨み合う両者の光景に、周囲の人間は心中溜息をつく。
先程から同じ主張を繰り返しているのだ。何の進展も無い事に誰も彼もがこの状況にウンザリしていた。

「隣国のドミニカに出兵を依頼できないでしょうか。それならまだ」
「ハイチに対する恐怖感が強すぎるよ。何よりトルヒーヨの愚行の片づけで、ボッシュ大統領は内政に専念したいのですから」

ケネディ司法長官の発案に、マクナマラCIA長官は首を振って否定の見解を述べる。
かつてはこの手の荒事を好んでいたCIAであったが、マクナマラ就任以降は、純粋に諜報機関としての役割にのみ専念をしていた。
枢機卿事件の失態を覚えている人間は星の数ほどいるのだ。
次に失敗したら、今度こそ「不要な存在」として解体されるだろう。
何しろこの国には、権力維持と権限拡大に執念を燃やし続けているフーバーという魑魅魍魎がいるのだ。

794 :yukikaze:2016/05/14(土) 22:33:06
「よし。取りあえず今分かっている事と、解決策のメリットとデメリットをボードに書いてみよう。内容を整理すれば、少しは進展に結びつくかもしれん」

部屋の雰囲気を振り払うように、ケネディは手を叩くと、今までに確定している情報と採りうる手段、そしてメリットとデメリットを書くようスタッフに命じた。
彼は父から「議論が煮詰まった時は、まず視覚的に現状を分からせるようにしろ」という解決策を愚直に守り続けていた。
いくつかの確認の後、ボードに書かれたのは以下であった。


(確定情報)

  •  ハイチ国内に3つの中距離弾道ミサイル基地が建設中
  •  少なくとも1万人のソ連軍が3基地の警備にあたっている
  •  基地建設は今年までには確実に終了の見込み
  •  基地の規模を考えると、最大で数十発の中距離核ミサイルが配備可能

(不確定情報)

  •  核弾頭を含むミサイルが運び込まれたかは不明
  •  ソ連が如何なる意図のもとに運び込んだのか不明

(解決策)

  •  アメリカ軍によるハイチ攻略→ハイチにおける軍事的危機は確実に除去可能。
                但し、第三次大戦の引き金になる可能性も否定できない。

  •  他国軍によるハイチ攻略→代理戦争となるために、第三次大戦になる可能性は上記より低い。
              駐ハイチソ連軍との交戦になるため、朝鮮戦争と同じになる可能性あり。

  •  外交交渉による平和的な撤去→ソ連相手にまともな外交交渉が出来る可能性が低すぎる。


「とりあえずはこんなところか」

大統領の声に全員が頷いた。

「つまり我々に残された時間は最大でも二ヶ月半しかないということだ。基地が完全に完成してしまえば、ソ連は何が何でも維持しようとするだろうからな」

全く以てその通りであった。一度果実を得た瞬間、ソ連は絶対にそれを離そうとはしないだろう。あの盗賊国家の強欲さは、シャイロックですら鼻白むであろう。

「そして我々が混乱している最大の原因は、今回ソ連がしでかした行為の意図だ。彼らがどこまでを自らの戦略のゴール地点にしているのか。そこを読み間違えた瞬間、来るのは破滅だ」

その言葉に全員が頷いた。朝鮮戦争のあれがかわいらしく見える程の大規模な核戦争が、地球規模で行われるのだ。演習ではアドミラル・アベによってステイツは勝利を得たが、だからといって、ステイツも含む各地(特に欧州)が、放射能塗れになる未来など、好き好んで迎え入れようなど思うはずがなかった。

「国防長官」
「はっ」
「幸いにもボールはこちらに投げられてきた。こちらも投げ返すのが礼儀だろう。艦隊を出撃。合衆国海軍は公海上に設定された海上封鎖線に展開し、ハイチに向かう船を臨検せよ」
「大統領!!」

慌てて言葉を発したラスクであったが、ケネディは手を掲げて言葉を遮る。

「『公海上の臨検』だ。あくまで戦時国際法に則って認められた行為だ。ソ連がどこまでの覚悟を決めて今回の行動に出ているのか、それを理解しないことにはどうにもならない」

ある意味踏み絵であった。
ソ連が封鎖線手前で引き返したのならば、彼らは全面核戦争を行うまでの覚悟を決めていないということであるし、強引に突破したのならば、それこそ戦争を起こす腹を決めたということであろう。

ケネディのこの説明に、部屋の人間たちは同意の色を浮かべる。
振り返ってみれば何のことはない提案であったのだが、暗闇に光明が見えたのも事実であった。

「そしてもう一つ私は試してみたいことがある」

そう言って、ケネディはマクナマラに対して一つの命令を伝えることになる。

『万難を排して、『クレムリンの枢機卿』とコンタクトを取るべし』

796 :ひゅうが:2016/05/14(土) 22:38:18
おお!乙です。
構想だけは進めていながらも書いていなかったネタですけどこれでこちらも光明が見えてきました。

797 :yukikaze:2016/05/14(土) 22:41:45
取りあえず、ひゅうが氏世界でもあった『ハイチ危機』についての裏側を書いてみようと構想し、第一話で止まっている状況なものを投下。なので掲載については未定で。

何気に史実では1950年代の隠密航空偵察によって、ソ連の核軍備の実態がほぼ把握されていたようなのですが、ここでは枢機卿事件でのゴタゴタによってCIAの組織改編に時間が取られてしまい、検証が断片的であったと思っていただければと。

本来なら2002年の国際観艦式について書いてみたいんですけど、ひゅうが氏謹製の観艦式の劣化コピーになるのが目に見えているんですよねえ。

798 :New:2016/05/14(土) 22:42:04
乙。2つの大国のチキンレースに枢機卿がどう関わるのやら・・・

799 :ひゅうが:2016/05/14(土) 22:47:05
いえいえ。拙著のあれは見たいものてんこ盛りで妄想を爆発させただけですから…
だから天津風型の数がやけに多かったりするわけでw

拙著で構想中のプロットだと、総動員令が発せられて緊迫する――ただし首都圏の出社率&官庁への登庁率99%超えの東京、日比谷公園で某13日間っぽいやりとりと丁々発止を行うはずだったのですが…
参考にしようと読み始めた「鉄鼠の檻」の謎解きシーンを真似たのがよくなかったらしく自分で癇癪を起して消してしまいましたとさw

804 :ひゅうが:2016/05/14(土) 23:16:10
「親愛なる大統領閣下

あなたからの直接のメッセージと真摯な言葉に深い感銘と感謝を覚えております。
知っての通り、私はこれまであなた方合衆国からのメッセージへ直接返信をするのを控えてきました。
私の立場上、ということもありますが、情報という点で私の提供したそれをもって一方が他方を圧倒することは慎むべきと私は考えているためです。
と、いうのも、古のカルタゴの例を持ち出すまでもなく、国家は他方の善意を信頼するだけでなく、一方が他方を攻め滅ぼす能力を持つとき、それを決断する誘惑にそう長く抗い続けることができないからです。
もちろん、8月の砲声のように偶発的な事件から発生した連鎖によって停止することができない巨大な戦争機械が動き始めることもまた極めて大きな問題です。
宇宙時代が幕を開けた現在、わずか半時間で大洋を超えて水爆が飛び交う状況にあってこの危機感はおそらく大統領閣下も共有されているのではないでしょうか。
わずか20分あまりで世界を滅ぼす決断をしなければ一方が他方に完全に滅ぼされてしまうという過酷な現実は、その時間的猶予を待つまでもなくこの種の機構にありがちなミスを疑う健全な畏怖を麻痺させてしまうでしょう。

でありますから、恐怖が総和し、撃たれる前に撃ってしまおうという疑心暗鬼に対してあえて信義をもって事に当たることを提案したく思います。
逆説的にではありますが、いかに異なる思考回路を持っていたとしても生物である以上は恐怖というものは共通の恐れを生みます。
ならば、それをもって理性を上回ることは人間が人間であることに対する大きな罪悪でしょう。
私は決して、先制核攻撃を受けたからと言って反撃するなと申しているわけではありません。
なぜそれが起こり得るかについて思いをはせていただきたいと考えているのです。

自らが半身不随になってまで相手を完全に打ち倒さねばならないほど、相手は悪でしょうか。
もちろんそうであることもあるでしょう。
ですが、鉄のカーテン越しに見た互いがそうである保証はありません。
相手が悪魔のような行動をとったときは、向き合った相手がとった行動がその理由であるときがほとんどなのです。

相手は異なる生物、たとえば鳥と魚なのではなく、少なくとも言葉をもってコミュニケーションを行うことができることを今一度思い出していただきたいのです。

こう前置きしておかねば、私がお送りする資料に色を失う閣下の部下の方々も多いでしょう。
まったく滑稽なことですが、クレムリンもまったく同様でありました。
それも1956年以来。

追伸――地図は北が上で南が下であることは多くの場合、北半球から見た世界であるためです。それをお忘れなきよう。

クレムリンの枢機卿」

805 :ひゅうが:2016/05/14(土) 23:37:50
こんな感じのくどい応酬やろうとしたわけです。
上のやつ、「これはゲームだ。まだゲームで留まっている。さぁ外交の出番だ、気合を入れろ」ということ以外何もいってませんからね。
懇切丁寧なヒントつきですが。

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最終更新:2021年04月05日 01:28