501 :ひゅうが:2016/08/22(月) 12:20:35

艦こ○ 神崎島ネタSS――「第二次上海事変」その3



――1937(昭和12)年7月1日 日本帝国 東京 大本営 作戦調整部


「こちらが偵察結果です。」

重巡洋艦那智、という名前の美女が示した画像、そしてそれを覗き込む参謀飾緒を肩につるした男達は互いに顔が接触するのをいとわずにそれを覗き込んだ。

「そんなに顔をつけなくても、皆さんの分はありますよー。」

こちらも黒と金色のいわゆる「自衛隊式軍装」の駆逐艦神風がちょこちょこ歩いて、書類封筒の中から写真を渡し始める。
少し背丈が足りないためか手間取ったが、参謀本部や軍令部の参謀たちは自然と手分けをしてテストの解答用紙を渡す要領で数枚の写真を手元へ行き渡らせた。

「あ、ありがとう…」

「いやいや。」

思わず手を神風の頭に置こうとしてしまうのは、おそらくは様式美なのだろう。
幾人もの参謀たちの顔がほころんだ。

「しかし、これが高度2万以上からとった画像か。」

「いろいろと電子計算機補正がかかっているとはいえ、よく映っているな。」

「那智代将。これはわが偵察機にも搭載できる機材なのですか?」

「残念ながら発電能力と重量、量産性の面で難があるから、景雲以外だとそれほど役には立たないな。あの機体は高高度でほとんど滑空状態で滞空しているから振動も極限まで低減しているから…」

便宜的に大佐と少将の間として欧米で主流な「代将」位ということになっている那智の言葉に、そうですか。と軍令部からきた福留繁大佐(第一課長)は残念そうに返した。

「話を戻そう。」

石原莞爾参謀本部次長がいった。

「この偵察結果からも一目瞭然だが、上海の包囲を行わんとしているシナ軍…いや、中華民国軍は15個師団を超える。
その移動速度は、竣工したばかりの京滬線(南京・上海間)を用いていることからこれまでより格段に早い。」

「ゆえに、迅速に撤収を成功させないと、大変なことになります。」

「うむ。下手に居留民を連中の手に渡してしまえば、君たちのところであった『通州事件』のようなことが起こりかねない。そうなれば――」

「国民世論は激昂し、日支…いえ日中は全面衝突へ至ります。」

「しかし、複々線化されていたとは…300キロもある路線ですよ。いったいどうやって。」

「おそらくは彼らのいう新式軍隊を動員したのだろう。それに一般の苦力(クーリー)も。
これだけで100万くらいは優に確保できるぞ。」

「これまで複線化の工事がされているのは聞いていたが、それをこうも強引に繰り上げるとは…」

「『史実』では、ノモンハン事件の際にソ連軍は専用軌道をモンゴルに敷いてわが関東軍と対峙した。満州侵攻の際にはそれは4本に増えていたというな。」

「つくづく大陸国家の人的物量は常軌を逸しているな…」

参謀たちが戦慄をこめて、どう見ても仮設である線路の写真を一様に見つめた。

「ということは、選択肢は一撃の後に撤収という当初案が最良ですね。」

「米国に上海停戦協定に基づく租界警備権限を委譲するというのは業腹だったが、何度も今回のようなことをされては防ぎようがないぞ…」

502 :ひゅうが:2016/08/22(月) 12:21:42
「だから撤収すべきという首相の考えには賛同せざるを得ないな。今の時期に全面戦争など冗談じゃない。」

参謀達の思考も以前よりだいぶ変化していた。
以前は、シナへの決定的な一撃をと主張する者も少なくはなかったが、現在ではそんな者は一人もいない。
誰だって、大陸の泥沼で失血死していく帝国なんて見たくはないし、一撃にて重慶まで落とすことができたとしても経済的疲弊を招くのはごめんだったからだ。
それに、今は、ほとんど超法規的手段を使ってまで強引に決定された日本列島改造計画のただ中にある。
実現の暁には無理をして予算を増やすよりもはるかに多くの予算が転がり込んでくるのだ。
今日の一文より明日の千両という判断のこれは好例ともいえた。
もっとも、それは石油などの各種資源を安定供給されることになったがゆえの余裕に由来するものでもある。
誰もが貧すれば鈍するのだ。

「では、緊急出港させた第3艦隊の任務は撤収支援のままでよろしいですね?」

「兵力増派もなしだな。避難民の退避は順調に進行中。台湾の東港とのピストン輸送のおかげで予想以上の速度で進行中だ。」

「とはいっても荷物はこれから到着する高速貨客船に収容することになっていますのでそれが終わるまでは…」

「それに、だいぶぎゅうぎゅう詰めにつめこみましたからね。97式大艇に70人というのは東港まででないと人間の方がもちませんよ。」

「大日本航空用の旅客機型は今はトラックですからね…」

「神崎島さんのところでは、機体の余剰はありますか?」

思いついたように、陸軍側の参謀が問う。
半信半疑であった空中機動による人員の大量輸送が順調に進んでいるので、少しばかり欲が出たのだ。
それでも態度はかなりやわらかい。
プライドの高い人々は、一度仲間と見なせばそういうものなのだ。
そして、深海戦役において戦隊指揮官として活躍した重巡洋艦クラスは、いずれも「それなり」以上の指揮能力を有している。
宮中武官を通じて彼らはそれを知っていたのだった。

「うちも通常任務がありますから。それに、比島方面が…」

「ああ、それはそうですね。」

「海軍さんには海軍さんの苦労があるのですなぁ。」

同情的な声が陸軍側からも上がる。
現在、フィリピン駐留のアメリカ海軍アジア艦隊は、租界からの撤収支援に加え、法的にアメリカ租界である日本租界の「行政権返還」に伴う引き渡しのために上海へ向かっている。
その警戒のため、絶好の位置にある神崎島および南波照間諸島の駐留部隊は即応状態に入っている。
この頃までに、南京でクーデター発生という日本発の外電は世界を駆け巡っており、国際社会は上海を注視していた。
中華民国側の広報は日本の妄言と主張したが、ジュネーヴの国際連盟 大使会議では疑念のみが増大しているという。
いつもは悪辣な日本帝国主義による世界征服計画を主張してやまない彼らも、情報の機先を制された形であった。

「陸軍さんも、他人事じゃないですよ。」

主として海軍側の「戦争」である今回の事件ではあったが、同じく租界がある北京や天津でも同じ事が起こりかねないのだ。
であるからこそ、「史実」の盧溝橋事件を前に極秘裏に設置されていた大本営の「作戦連絡会議」には陸海軍の参謀クラスが集結していたのだ。
軍令部や参謀本部は独立した作戦権を有する。そのためここで行われるのは両軍の「調整」であり、内閣との「協議」であるという建前がとられていたが、これは廣田弘毅首相がめざすところの「大本営常設化による文民による統制確保」の第一歩であった。
なにしろ、政令や勅令によって組織のあり方はころころ変えることができるのだ。
軍部大臣現役武官制という一文が加わったことにより内閣の倒閣が可能となったように、大本営施行令を変更すれば逆に内閣が軍の作戦を縛ることが可能となる。

つまりは、相互確証破壊。

503 :ひゅうが:2016/08/22(月) 12:22:12
いずれさらっと全面改定されて統合幕僚監部だか統合軍令本部だか統合参謀本部だか名称未定の組織となるまではそれでいい。

幸いにも、久方ぶりに設置された大本営に集うことになった参謀達は、この1月以来「演習」で顔をあわせた人々だった。
要するに、神崎島がもたらした歴史の「あったかもしれない形」に打ちのめされ、そこから這い上がってきた者達だ。
しぜん、連帯感も増す。
仮想ダウンフォール作戦の絶望の中でのたうちまわるというのはそういうことだった。

「わかっています。今回は予備兵力として2個師団を残置しましたが、変事があれば投入いたします。」

「それまでに可能な限りの撤収を、ですね。」

「幸い、ゾルゲ事件に加えて、隠れアカの名簿を手にしたことで報道各社は戦々恐々です。
妙な百人斬りだのを言い出すようなのも監視済み。あとは火種を断つのみです。」

「我々も全力で支援します。」

那智は、慣れない敬語を連ねていった。
ああもう。自分は宮中にいた方がまだいいぞ。いくら神風だけではしまらないといわれたからといって…
提督め。今度帰ったら覚悟していろ。
そんなことを考えていたのをおくびにも出さず。

「しかし、本当にいいのですか?この作戦で。」

それが那智には少しばかり気になった。

「いいのです。」

慇懃無礼に、暗い感情を丸出しにしつつ石原莞爾が返した。

「これまでさんざん悪の日本人を糾弾していた欧米人に1928年を思い出させてやるのです。」

ああ、こいつら性格悪いな。
うちも他人のこと言えないけど。と那智は思った。

504 :ひゅうが:2016/08/22(月) 12:23:17
【あとがき】――お待たせしました。投下しました。
おっさんたちが悪巧みをする様子を書くのは楽しいですな。

519 :ひゅうが:2016/08/22(月) 13:21:53
現在の状況は、
1.日本から上海を取り戻す!と正規軍は高い士気のまま包囲。
2.これを察知した日本軍、民間人を先に脱出させはじめる。
3.日本はあっさり上海放棄を決定。警備権限を共同租界および第三国である米国に委譲すると宣言。
4.正義の味方アメリカ軍、アメリカ租界に進駐。英軍も同様。
5.目の前でとんびに油揚げをさらわれた現地軍は果たしてどうする?

こんな感じ。

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最終更新:2023年11月23日 13:21