821 :ひゅうが:2016/08/23(火) 21:58:54
神崎島ネタSS――「第二次上海事変」その9



――1937(昭和12)年7月2日 午後3時2分 上海 虹橋路


「本当にきちゃったじゃないですか!何ですかあれ!」

「知らないわい!どう見ても3号戦車じゃないの!?」

「何であんなのがあるんですか!」

「ヒトラーが気まぐれを起こしたんでしょう!」

『馬鹿いってないで。どうするんですか隊長!』

上海には、租界の西側に第一次上海事変の停戦協定により非武装化されている虹橋空港がある。
ここから伸びるのが虹橋路(通り)で、ここをまっすぐゆくと東亜同文書院の校舎や上海自然化学研究所があるフランス租界に至る。
ここから北へ折れると露飛路を経て旧上海城内へ。さらに進めばバンドといわれる租界の中心部である。
そのためこの道は国際自由通行路として設定されており、道幅も広い。
国民党軍はこのルートを通って進撃を開始していた。
北部には特別陸戦隊の本拠があるためにこれを避けるルートであるが、牽制攻撃をかけるのも忘れていない。
もはや、どさくさに紛れて租界に進駐してしまうのは明白だった。

すでにこちらでも、上海租界の市議会にあたる工部局から治安維持の要請が出ている。
9人の代表のうち5人が現地中国人であったが、領事館側が警備出動要請を出すことでほぼ一致していたのに対し、この5名は意見が一致せず、結局はこの「要請」ということでお茶を濁すこととなっていた。
なお、停戦監視部隊として展開していた上海保安隊は軍の命令として合流したあとはどうなったか不明である。

「前方に2号戦車5!中央に3号戦車と思われるもの1です!」

「あと随伴歩兵多数!」

「なんて数だ!というか戦車からの跳弾が怖くないのかあの隊形!」

「ああでもしないとおさまりきらない数なんでしょうよ!」

事態は混乱を極めていた。
租界民の脱出がなし崩し的に都市内からの脱出を生み始め、あたりは修羅の巷と化している。
空襲から20分後に早くも先鋒が突貫してきたが、これは機関銃の横斉射で撃退できた。
だが、それでもじりじりと包囲網は狭まり、かつエドワード七世路の周辺の検問所では怒号が飛び交い始めていた。
当たり前の話であるが、日本人と欧米人を区別できたとしても、彼らが連れている中国人使用人の真偽を見極めるのは難しい。
避難民の中で発砲があったとか、流言飛語もまた避難活動を阻んでいた。

そして、次に国民党軍が押し出してきたのが、戦車。
装甲車には勝てぬとみたのか、おそらくはドイツから供与された戦車が前線に出現したのだ。

「敵戦車砲塔こちらに指向中!」

「衝撃に備え!」

この97式ことM24軽戦車の砲塔前盾は傾斜装甲38ミリ。
3号戦車相手には少しばかり不安が残る。


「敵発砲!」

1秒もたたずに命中音が響いた。
ガリッという音をたてて砲弾が滑ったのがわかった。

822 :ひゅうが:2016/08/23(火) 22:00:29
「37ミリ!あれはA型ね!レアものだ!」

「なぜわかるんです?」

「転輪支持がコイルスプリング式!」

「あいっかわらずなマニアですね!」

「それより、発砲を確認。正当防衛射撃!」

「弱い相手にはすぐ強気になれるんだから…」

今回の派遣は、あくまでも日本人居留民の撤退支援が目的である。
行きがかり上は、日本軍に対して上海工部局から寄せられた支援要請に対して助力している形をとっているが、あまり積極的な攻撃ができないのだ。
もっとも、利点もある。

「とっているわね?」

『撮ってます!逃げ惑う避難民の前で防衛戦闘を行う様子!おいタコ!何手間取ってるナカムラ!』

「了解。」

これまでは日本側があくまでも加害者として語られることが多い大陸において、皮肉なことに日本軍の全面撤退によって正邪は裏返った。
日本軍を攻撃することで、侵略者である欧米への圧力とできた状況が、いざ実力をもって排除できる段階になったときには抗日という名分が彼らを逆に先制攻撃側に立たせていたのだ。

「距離500!」

「撃てぇ!」

敵戦車の37ミリ砲よりも明らかに太い40口径75ミリ砲が火を噴いた。
ごく至近距離であるため、1秒もたたずに道いっぱいに広がった敵戦車は貫かれて炎上する。

『ツグミよりカメへ。敵第一陣に続いて後方に第2陣を確認。戦車5を主力とする。』

無線に、上空の観測機からの索敵情報が入る。
沖合いに展開した空母「鳳翔」艦載機である。
幸いにも消火に成功した「加賀」は、強引に飛行甲板を応急修理してさらに戦闘機を上空へ上げるという。
わざわざ本土から運んできた新鋭戦闘機の半数が吹き飛ばされたのだから彼らも怒り心頭だろう。

「カメ了解。…忙しいことで。」

「このままだと数の優位を武器に包囲網を狭められるばかりですよ。」

今でさえ、避難民と敵軍が混じりはじめている。

「米比軍は?」

「先遣隊はすでに上陸を開始したとの由!現在臨時司令部に急行中!」

無線手が絶叫するように言った。

「これでなんとかなるといいのだけど。」

「だからなんでフラグたてるんです!?」

823 :ひゅうが:2016/08/23(火) 22:01:11

――同 上海総領事館前 特別陸戦隊臨時司令部


「よくおいでいただいた。マッカーサー閣下!」

「どういたしまして。…もう始まっているようだな。」

「ええ閣下。」

サングラスをつけた将軍は戦場の中を車で司令部まで乗り付け、堂々たる態度で天幕の中の野戦地図台を中心とした司令部へ到着の報告をした。
尊大ともいえる態度だが、相手は元帥だ。
元アメリカ陸軍参謀総長をつとめた高官でもある。
大川内のような少将クラスでは下手に出るしかない。

「すでにモニュメントロード方面から侵入した国民党軍は租界境界付近まで達しています。北方は河で防ぎつつありますが、こちらは陸路ですので兵力が足りません。
おまけに戦車もいます。」

「戦車?」

「ええ。おそらくはドイツ製。一部を除いて武装は機関砲の類ですが、歩兵には厳しい相手です。」

「なるほど。我々の力が必要というわけですな。」

不適に笑うマッカーサー。
だいぶ自信があるらしい。
横に連れている副官らしい中佐クラスもだいぶ呆れた目で見ているが、おそらく彼は気付いていないだろう。

「そうなります。すでに日米合意に基づき、行政権返還はなされておりますので我々陸戦隊は別命あるまで閣下の監督下に入ります。」

「指揮ではなく?」

「いろいろしがらみがありますので。しかし指揮は尊重いたします。我々はお願いする立場ですので。」

「指揮系統はあわせられずとも歩調はあわせられるか。いいね。」

にかっとマッカーサーは笑った。
どうやら自己顕示欲の強い男のようである。

「閣下。」

「わかっている。」

副官の言葉を受けたマッカーサーは、もったいぶったように切り出した。

「それで、わが国の居留民の脱出にも助力してくれるのだろうね?」

「もちろん。すでにわが国の居留民は脱出を完了しております。」

「ならば我が国の居留民をまず先に、ついで英国、その他という形でゆこう。」

ほっとしたように相手方の副官がため息をついた。
おそらく、これが先方の大統領からのオーダーなのだろう。

「マニラ湾には通達済みだ。あの飛行艇を使ってもかまわない。」

つまりは、あれを使えということか。

「仰る通りに。」

なるほど。どうやら我が強い人間には水と油のような御仁だ。
案外日本人であるならつきあいやすいのかもしれないが。

「司令!」

「おお中村君…どうした?その顔。」

「いえ、これは…じゃなくて、あれを!」

徒手格闘戦もこなしたのだろう。ますます殴りつけたくなる顔になった中村が指さした先の都市の一角からは、黄色い煙が黄浦江に流れ込みはじめていた。

『状況ガス!状況ガス!』

彼の背負い式無線機からは、そんな言葉が漏れていた。
と同時に、上空から遠雷のようなゴロゴロという音が響きはじめる。
艦隊の防空部隊が接敵したのだ。

824 :ひゅうが:2016/08/23(火) 22:02:17
【あとがき】――コーンパイプの男登場

825 :ひゅうが:2016/08/23(火) 22:02:47
修正――通し番号は「その9」で。

827 :ひゅうが:2016/08/23(火) 22:14:55
実は史実第二次上海事変でもまいている模様。
攻守を変えるとこれだけ悪役っぽくなるのよねw

831 :ひゅうが:2016/08/23(火) 22:20:01
なお、地味ですがこのとき市街地を走っているのは…ジープ。

841 :ひゅうが:2016/08/23(火) 22:45:24
とりあえず史実でどんなガスを使ったのか不明なので塩素ガスとしときますね。
なお、史実において蒋介石の日記に「毒瓦斯をもっていく」と書かれていたそうなので保有していたのは事実の模様。

通し番号を9に修正
76ミリから75ミリに修正
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最終更新:2023年11月23日 13:28