23 :ひゅうが:2016/08/24(水) 21:45:33
艦こ○ 神崎島ネタSS――「第二次上海事変」その13
――同 神崎島 昼餐会場
アメリア・イアハートは歓待に上機嫌だった。
アメリカからみれば西の果て、あるいは東の果てにある島という印象であったのだが、この島はイメージした以上に都会であり、快適に過ごすことができたからだ。
ホテルの中のラジオでは、米本土からの放送を受信することもできたし、ホテル内で食べることができたのは本格的なフランス料理だった。
いささかアレンジしているらしく生魚のカルパッチョが出てきたときには驚いたが、食べてみればこれはとてもおいしい。
冒険旅行の覚悟を決めて旅立った中にあって、この島はシンガポールあたりで期待していた蛮地の中の文明そのものだった。
何しろ冷房すらあるのだ!
そして、夏らしく雨が降ったのを理由に一日ゆっくり休んだアメリアとナビゲーターのフレッド・ヌーナンは、盛装してこの島の政府である鎮守府本庁舎へと足を運んだ。
記者の数は少なかったが、珍しい女性記者がいるあたりこの島は開明的なようだ、と再び評価を上方修正。
この島駐留の日本の大使的な役割であるという高等弁務官の案内で、若きこの島の指導者に面会し、無事ルーズベルト大統領の親書を渡すこともできた。
この時点で彼女の任務はすでに終わったといってもいい。
だが、彼女は先方の厚意に甘えてもう2,3日この島に滞在するつもりだった。
情報収集というだけではない。
機体のエンジンをオーバーホールし、オイル交換などをやってくれるというからだ。
オクタン価106と120の燃料を無償で給油してくれるというのは何より彼女らを喜ばせた。
心配せずとも、機内に取り付けられた記録機材は二重に施錠されている。
飛行許可も、余裕をもって7日間、それも希望すれば発進可というものをもらっている。
控えめにいっても歓待といってよい。
そして、二人は正式な鎮守府側の招きにしたがって昼食を共にすることとなった。
希望時間帯はと聞かれて二人は午後2時すぎといった。
飛行機パイロットとしては、太陽の南中からの位置測定が日課になっていたし、着替える時間も必要だったからだ。
この時代の会食には、ドレスコードというものがある。
よくTVドラマなどでも晩餐を蝶ネクタイ姿で過ごしているように、昼食には昼食にふさわしい格好があるのだ。
男性はネクタイ姿が基本であるし、女性はワンピースにバックをあわせるのがふさわしい。
このルールを守らなければ、会場に入ることすらできないのだ。
アメリアは、米国女性らしく裾の広いスラックスとごく薄いアイボリーホワイトの帽子をあわせることにした。
既婚者であるから、純白はまとわないのだ。
同僚のフレッドはジャケットにネクタイ、白いズボンという姿だ。
まことに新大陸的な格好だった。
これにパナマ帽をあわせればマニラあたりの小洒落た二人連れになる。
男性が帽子をかぶらないのは、外を歩くわけではないからだ。
今回は、鎮守府さしまわしの車で会場へ向かう。
「静かな車ですね。」
「これは電気駆動ですからね。市内の騒音に配慮しているんですよ。」
未来的な流線型の車に迎え入れられた二人に、運転手の女性は笑った。
制服制帽であるあたり、正規に雇用されたスタッフなのだろう。
24 :ひゅうが:2016/08/24(水) 21:46:57
「どうりで。何キロ走れるんですか?」
今度はフレッド。
30年ほど前には、電気自動車は米国でもガソリン車と市場を二分する存在だった。
T型フォードが市場を席巻する前は。
加速も安全性も当時は電気自動車の方が上であったそれがみられなくなったのは、アメリカ的には充電時間と航続距離というボトルネックがあったからである。
重い蓄電池というデッドウェイトもある。
「正規で200キロは。特別製の電池と回生ブレーキのたまものです。」
「それはすごい。」
昔の4倍以上である。
「輸出の予定は?」
興味本位でアメリアは聞いた。
「島はアメリカさんのような訴訟地獄はごめんですから。」
「なるほど。」
この当時、アメリカでは路面電車を買い取りその路線をバスに置き換えようという動きが加速していた。
主要自動車会社や石油企業がタッグを組んだこの動きは、要するに自分たちの市場確保のために電気動力を締め出すという意図をもっているといわれ、100以上の路面電車運営会社が買収され、次々にスクラップにされていたのである。
もちろん陰謀論者のたわごとと片付けることもできるが、そうしたトラブルを抱えるのはごめんということを運転手は一言で言ってのけたのだった。
「そろそろ到着です。」
運転手がいった。
鎮守府本庁舎のヴィクトリア調の建物の前には、数人の記者とそれに数倍する歓迎の人員が待っていた。
提督をはじめ、主要スタッフとおぼしき人々もいる。
「お招きにあずかり光栄です。」
「あらためてようこそ。」
二言三言話し、昼餐会場にゆく。
今回は南欧風の食事であるようだ。
前菜に生ハムとほどよい甘さのメロンに加え、この島産だというキャビアが出、ついでコンソメスープの冷製――ジュレといったものが出る。
ほどよいスパイシーな香りは、山椒という調味料によるものだという。
続いて、真鯛のポワレに夏野菜のラタトゥイユ(刻み野菜煮)がけ。
アメリアとフレッドは料理を堪能し、バケットを二度おかわりした。
「失礼します!」
楽しい昼餐の最中、恐縮した様子のオオヨド…たしか提督の秘書官の女性と、厳しい顔をした男性が会場に入ってきて、そしていった。
「提督。緊急事態です。上海特別陸戦隊および日米英三カ国艦隊に対し中国軍機の爆撃が行われ、米砲艦『パナイ』が轟沈。脱出船団の輸送艇1隻も運命を共にしました。
死者は少なくとも300名を超えています。」
「なんだと。」
一瞬で軍人の顔になったアドミラル・カンザキに対しオオヨドが言葉を続ける。
「また、米アジア艦隊旗艦および英香港戦隊旗艦に対し爆撃が行われ炎上中。
日本海軍の空母『カガ』も大破炎上しています!
現地報告によると陸戦隊はアメリカ・フィリピン駐留軍とともに居留民5万および在住住民120万人を守るべく戦闘を開始したとの報告!」
「ミセス・イアハート。申し訳ない。少々中座いたします。ここの牛フィレとカレーソースは絶品ですよ。こんなときで恐縮ですがぜひ味わっていってください。」
「アドミラル。私たちにできることがあれば何でも仰って下さい。あそこには…」
口をついて出た言葉に、若き提督は微笑して言った。
「わかっております。居留民は私たちと日本帝国陸海軍が必ずやお守りいたします。
幸い、たのもしい米比軍がついておりますので。」
一礼し、軍服姿のカンザキ提督は悠々と歩き去った。
次の料理として、メインの牛フィレのカレーソースかけが出てくるまでの3分間、二人の旅行者は上の空のままだった。
彼らが英語で喋っていたことにも気がつかず、忘れてしまうほどに。
25 :ひゅうが:2016/08/24(水) 21:47:51
【あとがき】――計画通り。
その11を13に修正
最終更新:2023年11月23日 13:30