238 :ひゅうが:2016/08/25(木) 22:22:31

――神崎島ネタSS「第二次上海事変」その17





――1937(昭和12)年7月2日 午後4時9分 揚子江

「敵軍に総攻撃の兆候あり、だと?」

米内光政GF長官は思い切り目を見開いた。

「神崎島鎮守府からの警告か。」

「はい長官。高高度偵察機による観測により全体的な赤外線の増大を確認。さらに前線でも攻勢の勢いが鈍化したと。」

参謀長 岩下保太郎少将が、電送写真と数枚のプリント用紙を手にいった。

「撤退の兆候では?」

副参謀長として次期参謀長就任がきまっている小沢治三郎少将が目を細めながら疑問を呈する。

「いえ。火砲の類が前線へ移動しています。」

ごらん下さい。と、岩下は写真を提示した。
よく写っている。

「なんとまぁ…こんなものまで。」

「ディッケ・ベルタ。ヴェルダン要塞で名高い24サンチ砲に、21サンチ砲。
要塞攻略用装備が前線へ。旧式砲が多いですが、火力は青島攻略作戦時のわが陸軍に匹敵します。」

小沢が呆れたようにいった。

「こんなに隠し持っていたとは。ヴェルサイユ条約で絞り上げられておきながら。ソ連との蜜月、ラッパロ条約の秘密条項というのは本当のようですな。」

欧州大戦後、ワイマール・ドイツ共和国は軍備を厳しく制限された。
その中には西部戦線で猛威を振るったドイツ製の重砲類の保有制限も含まれており、これらの火砲は破棄されたはずのものだったのだ。
だが、それを見越してハンス・フォン・ゼークトら国防軍の人々は密かにソヴィエトと手を結んだ。
軍備を制限されている間、兵器類の開発についてソ連と協力関係を結んで技術途絶を防ぐ一方、廃棄されたはずの武器や禁止されていたはずの戦車をロシア領内に隠していたのだ。
これが、ナチスドイツの成立に伴い即座に再軍備宣言ができたからくりだった。
そして、これらの火器は当のドイツ自身も喉から手が出るほど欲しい代物のはずだ。
それがこんなところにあるということは。

「蒋介石は、ドイツにいくら貢いだのやら。」

「ドイツ本土ではタングステンほかの希少金属がとれません。加えて――」

「シナの国内にはあらゆる機材が足りない。資源や利権と引き替えの外資導入か。どうりで手厚いわけだ。」

現在、ドイツは欧州において英仏ら戦勝国と対立の度合いをやや深めている。
そんな中で有望な市場であり資源供給地であり、かつ分割された世界の残りは、中華しか存在しなかった。

「感心している場合ではないぞ。」

米内がいう。

「この情報が確かなら、揚陸したばかりの米比軍2万はなりふり構わぬ総攻撃にさらされる。さらにひどいことになるぞ。」

「あそこには、租界内だけで120万、その外側も含めて300万とも400万ともいわれる人間が存在しますからね。市街地で住民を巻き込んだ戦闘をやるだけでも悪夢であるのに。」

「うむ。10年前の南京事件が何千倍もした規模で上海全体に広がるようなものだ。」

「となれば、早急に叩きつぶさなければなりませんね。」

岩下と小沢は顔を見合わせて頷いた。

239 :ひゅうが:2016/08/25(木) 22:23:31
「アジア艦隊のヤーネル提督も、幸い協力的です。突入の際には先頭を任されたいと。」

戦務参謀 角田覚治大佐がいった。
彼は、第一次上海事変当時の上海特別陸戦隊参謀をつとめており、その経験もいかしてこれまで他国艦隊との直接交渉を続けていた。

「ヤーネル提督も辛い立場だ。」

米内は同情半分でいった。

「名誉ある停戦監視任務のはずが、いきなり攻撃を受けて居留民を保護せねばならなくなったのだから。」

「我が国や米国が考えた以上に中華の怒りは深かったのでしょう。」

「だが、彼らは正義ではない。少なくとも国際社会において。」

「ですな。」

差し出された餌に食いついた米国としては、それを横取りしようとした者を許すわけにはいかない。
そして侵略者の日本人のみを恨む思慮深くいたいけな国という印象はもはや潰えた。
すべてが反転してしまったのだ。
こうなれば、ペットを愛でるような感覚――というよりよくいって後輩を叱咤激励するような優越感混じりの感覚も反転。
まさにかわいさ余って憎さ百倍で報復する。満州事変後の日本にそうしたように。
列強とはそういう存在だ。

すでに艦隊は揚子江河口から侵入を開始している。
さすがに重慶まで遡上するのは厳しいが、黄浦江の入り口から上海市街地までは直線距離で10キロ程度。
十分に艦砲の射程内である。


「ヤーネル提督に連絡を。『ワレに貴艦隊を掩護する栄誉を賜りたし』と。」

戦艦「長門」艦橋に陽性の苦笑が広がった。
それは、関東大震災の被災者救援を申し出た駐日米大使の言葉をそっくり逆にした言葉だったからだ。
プライドの高い日本人が施しは受け取らぬということを読み切った実に見事な言葉である。
おそらくこの返しに気付く者もいるだろう。
だが今はそれでいい。
こういう一言こそが、後世における評価を決定づけることが多いのだ。
ただでさえ、わが帝国は攻撃されそうになったら米国の影に隠れたという印象を与えかねない。
ここは全力で支援をしつつ、名誉を米英両艦隊に贈らなければならない。

「了解しました。」

揚子江に浮かぶジャンク船の一群から必ずや報告は飛ばされているだろう。急がねば。
米内は艦隊を組み直す。
発光信号で返信が届く。「感謝す。誓って合衆国の誉れを見せむ」提督はやる気だ。
一気に20ノットへ増速したアジア艦隊は、損傷をそのままに将旗を掲げた「オーガスタ」を先頭にして突入を開始する。
地平線上には、すでにあちこちから黒煙の上がる上海市街地がうっすら見え始めていた。

240 :ひゅうが:2016/08/25(木) 22:24:02
【あとがき】――「ペイバックタイムだ」byアジア艦隊一同

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最終更新:2023年11月23日 13:32