268 :ひゅうが:2016/08/25(木) 23:40:23

神崎島ネタSS――「第二次上海事変」その終




――1937(昭和12)年4月2日 午後4時30分 上海



「元帥閣下。艦砲射撃がはじまります。」

「うむ。」

豪華なフィリピン・コモンウェルス軍元帥の制帽にサングラス、そしてパイプをあわせたダグラス・マッカーサーは尊大な様子で頷いた。
いいかげんうんざりする自分に慣れた苛立ちを隠し、ドワイト・アイゼンハワー中佐は真摯な面持ちで言った。

「ギリギリですね。」

「だが間に合った。彼らに一度機会をやろうじゃないか。停戦勧告を出したまえ。」

この人は、圧倒的有利になるととたんに鷹揚になるな。と思いつつ、アイゼンハワーは頷いた。

「了解しました。」

すでにそういうと思って、準備はさせてある。
前線から戦況の伝令にきたナカムラという名のサージェント(軍曹)には気の毒なことだが。
一区画を奪い合う市街戦ではいろいろなものが頭上から降ってくる上に徒手格闘になるらしく、顔は先ほどよりさらにボロボロだ。
かわいそうに。
だが、これも仕事だ。
アイゼンハワーはすでに起草してある文章をナカムラに手渡した。

数分後。

「そうか。そうくるのか。」

怒りに燃えるマッカーサーの視線の先では…大量の発砲炎が立ち上っている。
榴弾砲やカノン砲の発砲がはじまったのだ。

「あれでは火に油のようなものだ。中国人は自らの中に誇り高い龍を住まわせているから。」

いつのまにか横にきていたオオコウチ少将が小さくいった。
むろん、怒りに燃えたままのマッカーサーは気がつかない。

「どうすればよかったと思われますか?」

アイゼンハワーは聞いた。

「彼らの望みのものを差し出すか、何もしないことだ。」

「それでは攻撃を受けたら。」

「何をしようとも恨みは残る。同害復讐に徹するのが最良。ただし先方の顔をたてつつ。」

「そんな…」

269 :ひゅうが:2016/08/25(木) 23:41:00
「アイゼンハワー中佐。」

オオコウチは、気の毒そうな顔でいった。

「あなた方はこれから、現代まで生き残ったビザンツ人のような自意識の人々と対峙する大地で暮らさねばならないのです。」

脳天を殴られたような衝撃を、アイゼンハワーは受けた。
彼もまた、一般的なこの時代の欧米列強の人間だったのだ。

「我々はさしずめタタール人ですかね。」

先ほどとは比べものにならない閃光が今度は河口の方から上海一帯に走る。
艦隊による艦砲射撃が開始されたのだ。






――同 上海「奪還」軍司令部 全景


このとき、第9・第10集団軍こと上海「奪還」軍を統べる張治中は、追い詰められていた。
軍生え抜きの軍人である彼は、当然のように祖国をむしばむ欧米列強と日本人にいい感情はもっていなかった。
だからこそ、蒋介石の秘密警察といわれた人々や国共合作派、そして軍内部での不満を肌で感じ取っていたし、張学良の二度目のクーデターに賛同することにしたのだ。
それに、彼の手元には今や国民党軍でも最精鋭といえる第9集団軍がある。
何応鈞が蒋介石とともに軟禁された今、彼はこの最精鋭の兵力を率いて列強が群れる国際都市上海を奪還した「英雄」へとなる資格が与えられたのだ。

攻撃目標は、もちろん東夷と蔑まれながらも妙な力を持ってしまった日本人。
法的にもいささか怪しい非公式租界を有するあたりつつけば激発する。
局地戦で勝利をおさめ、日本租界を奪還することで足がかりとし、欧米列強からも譲歩を勝ち取る。
それが軍事顧問団と軍参謀本部がたてた作戦目標だった。
陰謀というものには軍人の彼は縁が少ない(軍内の政治闘争については経験が豊富である)彼だったが、よくできた計画に乗ることにするのに、それは十分な完成度を誇っていた。

だが、ことは初手から躓く。
日本人を激発させる圧力になるはずだった南京や長江沿岸在住の日本人はどこからかぎつけたのかあの瓶底眼鏡に出っ歯の松岡という男に従って流れを下る。
クーデターの最中にあってそれを制止することはできなかった。
しかも、ものはついでとばかりに日本人は、租界の警備権を「かねてからの予定通り」条約通り米国に返還。
日本人居留民の安全確保のために全面引き揚げを宣言したのだ。
これに慌てたのが、準備を整えていた軍だった。
このままでは、国軍は主敵として国民に広報していた日本帝国軍に勝利することなく欧米の軍勢と対峙しなければならない。
それでは、中華民族の心的外傷(トラウマ)克服は成り立たぬ。
はやりの映画の挿入歌であった軍歌のように新たな長城を自らの血潮で作れるだけの覚悟と自信を持ったものの数は圧倒的に足りないのだ。

ゆえに、若手将校らは予定を繰り上げ、上海での戦闘を決意した。
上海市内でのテロ事件をもって日本側特務機関のミスと断定、これを理由に租界警備権限の米国への引き渡しを実力で阻止しようとしたのだ。
だが、ここでも再び行動は裏目に出る。
日本側は数ヶ月前からこの準備をしていたようで、大英帝国の王室の仲介をもって電撃的に協定を成立させて近隣のアメリカ・フィリピン・コモンウェルス軍(米比軍)部隊をアメリカ租界へと導入しようとしたのだ。
それまでも米海兵隊が数百名駐留していたアメリカ租界だったが、日本側が譲渡したのは第1次上海事変の結果日本側が手にした上海のほぼ全域の警備権。
このままでは、共同租界は英米両国により再び強化された牙城と化してしまう。
さらには、南京の張学良も中止命令を出す。

こうなっては、上海奪取のために与えられていた強大な軍権も取り上げられてしまう。
対話のときとなれば、強硬派とみられる軍の内部にはこれ幸いとばかりに粛清の嵐が吹き荒れ、張学良子飼いの東北軍の将帥が後釜に座るのは確実だ。
もはやこれまで。
実力をもって租界を回収せん…

270 :ひゅうが:2016/08/25(木) 23:41:38
若手将校達のその覚悟のもと行われた市内の人口密集地への攻撃と、尻に帆を掛けて逃げ出す日本帝国軍への一撃は、あまりに素早い日米の動きとかちあってしまう。
そして、彼らは列強ごと日本軍を爆撃してしまった。
もはやここまできてしまった「奪還」軍は、上海を得るか、それとも死か、というところまで追い詰められていたのである。
彼らは、開戦に消極的な将帥を「漢奸(民族の裏切り者)」として粛清したばかりだった。


――後世、事態の加速度的な悪化、すなわち「エスカレーション」のひとつの見本としてある島への戦略兵器配備に端を発する危機的状況処理の参考とされた事態は、このようなひとつのボタンの掛け違いによって生じたのであった。


「攻撃だ!進め!進め!」

地下壕に枯れた声の絶叫が響く。
異様な形相で叫ぶ張治中だったが、この空間が何より異様だったのは、それをいさめるべき参謀や幕僚達もがそれに従って絶叫を繰り返していることだった。
その迫力は次々に下部組織へと感染。
もはや前進か死か、というところまで兵士を追い立てていたのである。

これを表する言葉はひとつしかない。「死兵」だ。

共同体が有する歴史の記憶、そしてそれが生み出した恐怖は、まるでのちにいうミーム(自ら感染、増殖する情報そのもの)、あるいは日本人のいうところの空気のように精鋭部隊を蝕み、そしてここに至っていた。

「バンドにたどり着け!そうすれば勝てるのだ!」

根拠がない話ではない。
租界居留民は今この瞬間も脱出を続けており、その彼らを手中におさめてしまえば交渉がなりたつ。
たとえいかなる評価を諸外国から下されたとしても、自分たちは民族の英雄となれるのだ。
そうでなければ――


まるで自らの行為が彼らを追い立てるかのように、男達は絶叫し続ける。
喉も枯れよとばかりに。
今この瞬間、上海「奪還」軍は、彼らが希求し、ついに得られた「国民軍」として完全にひとつとなっていた。
その練度と士気は、防衛側とはいえわずか2万5000足らずの租界防衛部隊を部分的に圧倒すらした。
それは快挙だった。
アヘン戦争以来絶えてなかった正規軍による列強軍勢の圧倒。この瞬間、彼らは歴史を作りつつあった。
戦車や弾幕を肉弾で乗り越え、そして突入せんとする集団。
守るも攻めるも国のため。

だが――ここで再び歴史はねじ曲がる。

「南京から上海に展開する『賊軍』に告げる。ただちに戦闘を停止せよ!」

ラジオから、蒋介石の声が流れ始めた。
さらには。

「わがドイツ・ライヒは勧告する。」

甲高く、そしてお世辞にもうまいとはいえない南京官話が全世界のラジオを打った。

「わがライヒは平和を維持するため、シャンハイで進行中の悲劇的な事態の停止を勧告する!
これがいれられない場合、わが国は実力をもってこれを制止するであろう!!
わがコンドル軍団および義勇軍の出発準備は完了している!
シャンハイの同胞諸君、そして諸外国の方々、もはや恐怖すべきときは過ぎ去ったのだ!
わが飛行船団および空中機動部隊は世界のいかなる場所にも展開可能である!!」

ドライ・ライヒ――第三帝国と非公式に呼称されるドイツ国の「指導者(フューラー)」、アドルフ・ヒトラーが声高に上海での悲劇を非難したのである。


そして――


「ありました。漏洩電波および偵察情報の中心地に、地下壕があります。」

高度2万5000メートル。
早くも夕暮れに包まれているはるか上空から地上を見つめる瞳から、光速で報告が放たれる。
それは、太平洋上に展開する母艦を経由してフィリピン海上にある島嶼に達する。
数分もたたずに返された電波は、来た道を逆にたどり、今度は東シナ海上の揚陸艦から揚子江上に展開した世界最大の主砲を持つ戦艦3隻とそれよりひとまわり小さなそれをもつ戦艦2隻、さらにはその眷属たちに伝わった。

その時、すなわち西暦1937年7月2日午後4時38分。
穏やかな揚子江の流れの上で5隻の超弩級戦艦と2隻の重巡洋艦、8隻の駆逐艦が砲塔を旋回させ、仰角を整えた。
そして――

20秒ほどの飛翔ののち、音速の2倍以上の速度で合計30トン以上に達する鋼鉄と化合物の集合体が、半径200メートル以内に落下した。

271 :ひゅうが:2016/08/25(木) 23:42:27
【あとがき】――爆発オチなんてサイテー(by蒋さん)


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最終更新:2023年11月23日 13:32