315 :ひゅうが:2016/08/26(金) 11:07:03
艦こ○ 神崎島ネタSS――幕間「あとしまつ」
――1937(昭和12)年7月2日 上海 バンド(外灘)
「押さないでください!船は十分あります!」
「一列に並んでください!手荷物はひとりひとつまで!それ以外は別便で送ります!」
「香港銀行およびフランス銀行の臨時窓口はあちらです!それ以外はフィリピン到着後のお手続きとなります!
通帳がなくとも結構です!身分証だけは必ず携帯していてください!」
「ケガをされた方や急病の方は必ず申し出て下さい!これから長旅です。皆さんの健康が第一です!」
修羅場において拡声器が鳴り響く。
それに混じって、遠雷のように砲撃と発砲音が続く。
すでに戦場はこのバンド――上海随一のハイカラで西欧的なエリアから10キロ以上も離れていた。
つい数時間前まではこれが5キロを切って流れ弾がいくつも飛んでくる状態であったのだが、どうにかレミングのように河の中にそのままなだれ込むことは避けられた。
少し訛りのある英語で叫んでいるのは、上海特別陸戦隊の日本人たちと、見よう見まねで列をさばく英米の兵士たちだった。
「米国への亡命希望の方はこちらへ並んで下さい!ボディチェックのあと書類にご記入を――」
大発や、近隣からかき集められた貨客船へと乗り込む列についで長い列が形成されているのは、上海で欧米人のもとで商売をしていたり使用人として勤務していた人々の亡命希望者の列だった。
「迷子のお知らせをいたします。カナダからお越しのアリシアちゃん。6歳の女の子です。
お心当たりの御方は外灘14号の――」
これだけ広ければ迷子も出る。
だがフルネームではいわない。
この時代、誘拐などが横行しているからだ。
実際、自分が親だと名乗り出る者は5名以上。彼女の場合は年の離れた兄が探しに来て事なきを得るということもあった。
黄浦江上には、4隻の大型の艦船が高い仰角で河の左右を向いており、そのおかげか船はお行儀良くならんだままだった。
マストには、羅針盤旗もしくは羅針十字旗と称される旗と旭日軍艦旗が掲げられている。
艦首左右に艦番号が記されている点でも、小ぶりな船体を持つ他の砲艦とは違っていた。
満載2000トン以上の大型駆逐艦で構成される「第6駆逐隊」は、先の砲撃時に黄浦江上から主砲を発砲して半ばパニック状態に陥りつつあった埠頭を落ち着かせたフネたちである。
念のために揚子江にとどまった主力艦隊に対し、こちらは示威のためにわざわざ姿を見せたのだ。
そのためか、彼女らの前を通り過ぎる人々の中には歓声を上げ手を振るものが実に多い。
「い、いいのかしら?」
「いいんじゃないのかな?」
「なのです!」
「手をふっとこうよ!」
その中に妙に年齢が若い女性たちがいたことに首をかしげるものもいたが、たいていは「東洋の神秘」で片が付く。
欧米にとって当時の東洋はそういうところだった。
誰にとっても幸いなことに、彼女らは最悪の時には想定されていた「外灘へなだれこむ軍勢に直接艦砲射撃を行いつつ避難民を救出する」という役割を果たさずに済んでいた。
とりわけ、過保護なきらいがある神崎提督はこの報告に安堵したという。
未だ炎上を続ける市街地や、第3波として上陸したものもあわせて3万名を超える軍勢による掃討戦が進む上海での事態は、確実に収束しつつあった。
316 :ひゅうが:2016/08/26(金) 11:07:34
【あとがき】――出発前に一品投下。
最終更新:2023年12月10日 18:04