517 :ひゅうが:2016/08/27(土) 17:40:06

神崎島ネタSS――幕間「あとしまつ」その2




――西暦1937(昭和12)年7月3日 アメリカ合衆国 ホワイトハウス


「私は見誤っていた、ということだな。」

フランクリン・D・ルーズベルト大統領は静かに緊急電を手元においた。
発信源は神崎島。
親書に対する返礼としてなされたそれは、アメリカ滞在中である宋美齢よりも二歩ほど早く彼の手元に届いている。
日本大使館に向けて放たれた無線通信であり、送信時間はわずか3.6秒。
本来ならバースト通信で0.4秒もあれば送信を完了するものだ。
だが、太平洋を越えた遠距離通信であるためにそれは9度繰り返された。相互に文章を参照し、それらが互いに正しいことを確認してから駐米大使の手によってルーズベルト大統領の手に渡っていた。
もっともこのシステムの価値に気付いている人間は少ない。
この強力な無線機器が扱う信号はデジタル信号であり、通常の受信手段では傍受しても雑音にしか聞こえない。
そしてこの時代の無線傍受では解析が極めて困難であるためだ。
WW2におけるUボート用に開発されたそれは、駐米大使館における情報漏れに神経をとがらせた日本政府が「わざわざ船舶輸送して」設置させた秘匿設備の一つだった。

話を戻す。

電子記憶された公開鍵式暗号の自動復号とテレタイプの複合体である機材の性質上、極めて高速で情報を復元することができる。
ゆえに、北米大陸において大統領の手元に渡った文書は最新のそれということになる。


「蒋介石は、確かに信儀に値する人物なのだろう。ただし――」

ルーズベルトは憤怒の表情で文章をたたきつけた。

「チャイナには、あまりに無法者が多すぎるようだ。」

アジア艦隊旗艦、爆撃を受けるという衝撃的な一報は、日本大使館や同盟通信社などの日系通信社の発表によって世界を駆け巡っている。
もちろん、大統領府はその真偽について大急ぎで日本大使館とともにアジア艦隊司令部に問い合わせて事態の把握につとめた。
そして概ねそれらが正確であることは、再び彼らに衝撃を与えていた。
しょせん、極東アジアのことはアメリカの大多数の人間にとっては他人事であり、ホワイトハウスにおいてもそれは半分だけは同様である。
この時代において、全世界的な視点をもって情勢の観察につとめることができる人物は非常に数少なく、また情報源への確認の手間は21世紀の情報化社会の比ではない。
だからこそ、こうして届けられた情報は、彼らを打ちのめし続けたのだ。

「すでに、複数の特派員や現地記者たちが殺戮の跡を確認しています。敵司令部への『外科的一撃』によって壊乱した司令部付近には、毒ガス配備を示す証拠や文章も存在しているという未確認情報がありました。」

ハリー・H・ウッドリング陸軍長官が、「だから派兵には反対だったのだ」という態度をにじませながらいった。
この時代の合衆国は孤立主義が多数派をしめており、彼もまたその一人だった。
だからこそ動かされた兵力は米領フィリピンのフィリピン自治領(コモンウェルス)軍であり、マッカーサーが指揮官であったのである。

518 :ひゅうが:2016/08/27(土) 17:40:58
「それについて、クーデターから生還した蒋介石の夫人が釈明したいとのことだ。」

ルーズベルトは鼻をならした。

「美人に毒があるというのは本当だな。」

失笑が漏れた。
自身と蒋介石の立場を揶揄したものであるのは明白だったからだ。

「わざわざ親書の返信にかこつけていってきたアドミラル・カンザキ、そしてお行儀のよくなったジャパンのプライムミニスター・ヒロタによると、前線においては明らかにドイツ式装備で身を固めた中国軍が多数確認されたそうだ。」

「だからこそ、ヒトラーはチャイナがシャンハイ奪取に成功しても国際社会の一線を越えることがわかった時点であの声明を出した、ということですね。」

コーデル・ハル国務長官が顔を歪ませながらいった。

「今や、ヒトラーは平和の使者としてスペイン内戦でミソをつけたソ連やフランスにかわって欧州の右派系知識人に絶賛される立場です。
スペインから金塊をかすめとったというゾルゲ証言の印象と証拠とされる写真の印象を打ち消したいソ連もこれに乗ったことで今回の『危機』はまんまと利用された格好です。」

「忌々しいことにな。」

ルーズベルトは、車いすを自分で動かし、マップルーム(地図室)の地球儀の前までやってきた。
そして、ポン、と地球儀を回転させる。

「マッカーサーは気に入らんだろうが、このあたりが潮時だろう。」

今回の事件の犯人はクーデターを起こした連中だということにされるだろうから。とルーズベルトは吐き捨てた。

「だが、戦いはこれからだぞ。諸君。」

ルーズベルトが予言した通り、以後のアメリカは上海に駐留させた軍勢の使い道に対する方針や、門戸開放の名のもとに九カ国条約締結国や国際連盟との間で繰り広げられる駆け引きに四苦八苦することになる。
もっとも、上海事変の勝利者にして平和の守護者としての名声を確立したルーズベルトの人気は高く、任期を満了させるまでそれが衰えることはなかったのだが。
彼がヒトラーと同列に扱われることを心底いやがっていたのだとしても。

519 :ひゅうが:2016/08/27(土) 17:41:29
【あとがき】――不信感って払拭するのが大変ですよね(他人事)

521 :ひゅうが:2016/08/27(土) 17:43:42 >>518
修正。
「それが訪れる」→「それが衰える」


「それが訪れる」を「それが衰える」に修正
誤字修正

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最終更新:2023年12月10日 18:05