382 :ひゅうが:2016/09/03(土) 22:27:25

  艦こ○ 神崎島ネタSS――幕間「未来への脱出」



――1937(昭和12)年7月3日 神崎島


「それでは、よろしくお願いします。」

「いえいえ!こういった機械を作ることができるのはとても楽しかったです。」

今をときめく神崎島工廠。
その実態は基本的に官営企業である。
明治時代の官営工場や史実における国有企業体の体質として不採算や怠業が横行する――と思われるかもしれないが、この工廠では話は別だった。
単純に、人員が足りないのである。

神崎島の生活水準は21世紀現在のそれである。
それを維持する生産力を曲がりなりにもこの島は有している。
流通・運用するための人員に加えて、巨大な海軍力をこの島は維持しなければならない。
対して、この島における「人間」の数は極めて限られる。
艦娘や妖精といった存在の根幹に関わることであるが、簡単な人口増加が見込めないのだ。
そのため――

「おや?あの飛行艇は…」

国鉄から派遣された若手技術者は、「安全第一」と書かれたヘルメットごしに、上空を飛来した大型飛行艇を目で追った。

「ああ、あれ。例の上海からの便――です。」

艦娘、軽空母『瑞鳳』が、同じくヘルメット越しに見上げる。
独特な舌足らずな声である。
おそらく敬語を使い慣れていないのだろう。彼女はこうして語尾が間延びすることが多々あった。

「ああ。あれ。米軍さんも大変ですなぁ。」

他人事のように島はいった。
日本国内において第二次上海事変はどこか他人事のような雰囲気が強かった。
迅速な避難によって直接的な被害が限定的とされたこともあるが、それ以上にヒートアップの度合いを強めるアメリカ合衆国の動きが逆に彼らを冷静にさせていたのだ。
日本人は熱しやすく冷めやすい。
米国にせっかくの利権を渡す際は激昂した者も数多かったのだが、それに続いて起こった火事場泥棒に等しい中華民国強硬派による上海攻撃は中途半端に大国意識をこじらせていた日本人に冷や水をかけていたのだった。

「ですねぇ。滞在していたアメリアさんも飛行艇に乗ってハワイと往復するらしいですよ。」

「へぇ。総動員じゃないですか。しかしまたなぜ?パイロットは足りているでしょうに。」

「なんでも彼女自身が申し出たとか。本国の事情らしいです。」

はぁ、スポンサーとか、米政府とかそのあたりですか。と技師は生返事をした。

冒険するにしても出資者や御上の都合があるとは世知辛いものだ、と思いながら。

「どちらにせよ、重傷者以外は早く米本土へ送るようにしてほしいというのが米国政府の要望だそうですぅ…はっ…すいません。」

「いえいえ。ともあれ、あなたのおかげでこれで本土の実験線が走らせられます。」

スカートがかわいいのよスカートが!と力説する瑞鳳は、よく舌たらずな甘い声になってしまう。
そういうときはたいがい嬉しいときであることを、数ヶ月の付き合いになる島は知っていた。
それまでは爆撃対策のために陸軍にあまりいい顔をされなかった路線電化は、現在急ピッチで整備が進行中であった。
それも交流電化。
さすがに全土を一気にとはいかないため、まずは「専用線」を優先する形で。

「時速200キロで東京・大阪間を結ぶ『新幹線』。この登場は鉄道はおろか、陸上輸送の歴史を変えます。」

新幹線の父、島秀雄は、本土でも設置されたばかりの大型起重機がゆっくりと持ち上げる流線型の車体――国鉄0系新幹線を見ながら挑発的に笑った。

「いずれおたくのL100系リニアモーターカーも走らせてみせますので、そのときは下請けをよろしく。」

「ええ!そのときはよろしくお願いします!」

にっこり笑う瑞鳳に毒気を抜かれた島は、今度は呵々大笑した。
狭軌というボトルネック、無理解な軍や上層部、そして低すぎる技術力。
この時代の日本の鉄道は名車を数多く生み出すが、革新的な新技術というものには無縁だった。
だから少なからぬ若者が日本列島を飛び出し、新天地満州を目指した。
そうした劣等感を島なども抱えていたのだ。
そしてそれが再び爆発しかけたのは、この島が提供する列車が「日本でぎりぎり量産できるかもしれない代物」という名の彼らにしては50年以上前の旧式列車だと知ったときだった。

だが、それが何だというのだろう。
狭軌で傾斜がきつすぎて高速化が不可能?なら専用線を作ってしまえ。
地震がコワい?よろしい。ATS(自動列車停止装置)だ。
そうしたすがすがしいまでの切替えこそが、この「戦前」の日本には必要なのだ。
そして、憧れのL100系のような毎時700キロをたたき出す列車を必ずや日本に走らせよう。

鉄道屋(ぽっぽや)の島の目は、多くの日本人のようにもはや大陸を向いてはいなかった。

383 :ひゅうが:2016/09/03(土) 22:29:08
【あとがき】――基本的に兵器以外の未来技術(ネット接続先にデータがあるもの)の再現はできる模様。
電子情報的な意味で。
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最終更新:2023年12月10日 18:05