389 :ひゅうが:2016/09/11(日) 08:52:00
神崎島ネタSS――「謀略遊戯、或いは竜宮作戦」





――1937(昭和12)年7月3日 太平洋上


「アリアン1、テイクオフ。」

「ラジャー。アリアン1。グッドラック。」

「サンキュー、カンザキ・セントラルタワー。」

機関士が少しエンジンの回転数を落とし、機体は上昇軌道に入った。
速度はかなり速い。
毎時250マイル。
飛行艇としては極めて高速といっていい。

「セイクウは良い機体ね。」

アメリア・イアハートは、飛行服でなく半袖姿の制服にヘッドセットというまるで旅客機のような姿に居心地の悪さを感じながら、言った。
コールサイン(無線符丁)アリアン1 神廠式輸送飛行艇「晴空」 旅客機型3番機。
それが彼女たちが今操る機体だった。

「ええ。たいしたものですね。そうだろ?ヤマデラ。」

「ありがとうございます。」

お目付け役としてついてきた機関士 カミオ・ヤマデラが一瞬目線をあわせて口もとを釣り上げた。
そのあとの視線は4発のエンジンの回転数や油圧を示すメーターから離していない。
高度3000に達するまでの上昇過程は、航空機の事故の半数以上を占めるからだ。

「最大航続距離5000マイル。お客と貨物を満載してこの飛行距離は、ハワイ経由で米日間に直接航空路が作れる。」

「チャイナクリッパーにもほしいですね。」

「一応軍事機密ですからねぇ。」

今度はヤマデラが苦笑した。
その軍事機密を使う決断を下したのは、上海市街地と、ついで米本土から発せられた一連の電文だった。
米比軍司令官 マッカーサー米比軍元帥の点数稼ぎ、すなわち富裕層やお年寄りや子供を直接米本土へと送り届けようという提案。
それに対するルーズベルト大統領の日本側への「要請」が、アメリアたちをこの機体に乗せていたのである。
「私たちにできることであれば何でも」
という言葉の通り、遠慮せずにカンザキ提督は彼女らを使うタイプであるようだった。
むろん、日本本土から日本が保有することになっている新型飛行艇のデモンストレーションを行いたいという意向が発せられ、それに神崎島鎮守府が乗ったのも理由であるがそんなことは彼女らは知らない。


「それでも、言ってみる価値はあるだろう?」

航法士のフレッド・ヌーナンが半ば本気でいっている。
この男は、一息で太平洋を横断してのけるという夢に少しばかり魅せられているらしい。
旅客機で航続距離5000マイル、すなわち8000キロ超。
増加燃料タンクをつければ1万キロを超えるだろう。
アラスカからだと日本本土までひとっとびである。

390 :ひゅうが:2016/09/11(日) 08:52:24
ヤマデラは日本人らしい曖昧な微笑でそれにこたえた。
つまりはこの話はこれまで、一応は検討してみるということだった。

「シャンハイは、どうなっているのかしらね。」

アメリアは話題を変えた。
だいたいは知っているものの、今は軍事情報でも耳に入れておくべきだろう。

「戦闘は、市街地外縁部へ移行しているそうです。」

ヤマデラはそういった。

「昨日の艦砲射撃で司令部を潰したからか、敵軍は市街地でゲリラ戦を継続しているようですが、避難民の集まる外灘――ああ、バンドは安全なようですね。
歩兵砲や山砲による攻撃は揚子江上の艦隊がひとつひとつ潰していっているようですし。」

「要約すると」

軍事には少しうとい同僚にも聞かせるためにアメリアは言葉を紡ぐ。

「バンドは安全。ただしシャンハイ市街地でバカンスは考えない方がいいってこと?」

「そうですね。この機は真珠湾向けに。それ以外はマニラへピストン輸送しなければいけませんから。」

それでもすべての人間を瞬時に脱出させることはできないが。

「…ねぇ。どこまで予想していたの?」

「というと?」

「今回のシャンハイ・インシデント。」

「上は大慌てでしたから一から十まで予想はしてなかったと思いますよ。」

ヤマデラは不思議そうに答えた。

「中国人が上海の現状をよく思っていないことはよく考えればすぐわかると思いますが。」

そう。そうなのだ。とアメリアは思った。
日本人が逃げ出した――言い方は悪いが――のはそれが理由。
そしてこれまでステイツが欲していたチャイナへの入り口を売り渡すことにした。
ただそれだけ。
もともとは日本人も、何か対価を欲していたに違いない。
だが、事態の緊迫化がそれを阻んだ。交渉をまとめたステイツの外交当局がよくやったのか、それとも日本人が慌てていたのか。
ともかく、危機をおさめるという目的のために組んだ日米は、中国側の過剰反応を受けた。
日本人は大陸から退き、そしてステイツは念願の大陸進出を果たす。

「そう。」

数秒間の沈黙。

「それで、シャンハイの現状は問い合わせたらこたえてもらえるのかしら?」

「南西諸島沖に、そちら風にいえばリュウキュウ・アイランズの沖合に通信中継艦として秋津洲が展開しています。呼び出しましょうか?」

「お願い。冒険には周到な準備が必要だから。」

その通りですね。と、鎮守府情報総局所属の山寺神生中尉はこたえた。
今作戦の最終段階、すなわち「目撃者」は外灘にエスコート済み。
陸戦隊の「縞騎士中隊」が護衛をつとめる中で、21世紀基準で世界を制した日系企業のフィルムカメラ数十巻分の記録を得た、ペンネーム「ロバート・キャパ」の半身は、中華系やソ連系の諜報機関の手を離れ、こうして合衆国本国へ向かうのだ。
情報爆弾の炸裂は、史実と違って今度は日本側が先んじることになるのである。


――かくて、「竜宮作戦」は最終段階へ移行する。

391 :ひゅうが:2016/09/11(日) 08:53:09
【あとがき】――作戦には予定外が付き物…そのためだいぶエグい展開となってしまった、というお話でした。

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最終更新:2023年12月10日 18:06