536 :ひゅうが:2016/09/11(日) 20:05:55

神崎島ネタSS――閑話「強盗と詐欺師、或いはその複合」



――1937(昭和12)年7月4日 ドイツ ライヒスバンク総裁(統合経済相)邸


ナチスドイツは、世界からは奇跡的な経済成長を遂げた国家であるとみなされていた。
700万人の失業者はわずか数年で200万人以下にまで激減。
国民総生産も急拡大していた。
だが…
彼らの経済政策には大きな落とし穴があった。
財源としての増税をヒトラーが拒否した結果、その資金源として短期手形発行に頼っていた。
当時のドイツは外貨不足にあえいでおり、公債発行すらままならぬ状態だったからである。
いわば、貯蓄ゼロの人間が新事業をはじめるために無理をして借金を重ねるようなものだった。
しかしそれを利用して経済発展がなされればすべてが解決する。
劇薬ともいえるこの療法は、半分の成功に終わっていた。

軍需が介入したからである。
調達された資金は、再生産性の低い軍拡資金に転用され、所得に寄与するはずもなかったのだ。
さらには外貨の不足がゆえの資源不足が彼らの苦境に拍車をかけた。
とりわけ、消費財の中でも多くの需要があった繊維産業の原料――綿や生糸の不足は、重工業などの軍需以外の景気回復を押し下げた。
さらには統制経済ゆえの賃金コントロールの失敗は、いわば「実態なき景気回復」を継続させたのだ。

しかしながら、世界恐慌直後のような瀕死のドイツ経済が息を吹き返したことは確かであり、それを半分でもやってのけたシャハトら経済官僚の努力は称賛されてしかるべきだろう。
制限されていたとはいえ、その景気回復と経済成長の効果はいわゆる「史実」のニューディール政策のそれを上回ったとすらいわれるのだから。
問題は、これからだった。
際限なく手形の発行を続け、さらに賃金上昇を国家管理にしたままであるのならば、ドイツ経済は悪性のインフレに突入するか債務不履行に陥ってしまう。
原材料や外貨を手に入れ、そして統制を緩めて国民に平和の配当をあてがう時期だった。
「史実」においては、ヒトラーは軍拡をあきらめきれずにこれを怠り、そして、債務不履行になる寸前に火事場泥棒的に戦争に突入することになる。
だが――


「綿花に生糸。そして、食料品。中国というのは豊かな国だな。」

ヒャンマル・シャハト統合経済大臣は、自身の顔がだらしなく緩むのを抑えきれなかった。
彼を驚喜させたのは、ライヒ(ドイツ)に入ることになった大量の資源の存在がゆえだった。
初期の軍拡で整備された兵器類と交換で手に入れた中国大陸産の生糸や綿花、そして小麦などの食糧。
さらには宝石よりも貴重な外貨。
これらは、国民党軍の全面的な近代化と引き換えに提供された大量の物資の供給契約に基づくものだった。
何よりうれしいことに、この契約で支払われるのはドイツマルク。
言わずもがなであるが、ドイツは金本位制から離脱している。

537 :ひゅうが:2016/09/11(日) 20:06:27
「さらには――」

「どういうわけか」ドイツに協力的になったウィーンのあの大財閥。
彼らが債権を裏書することにより、ライヒの財政は息を吹き返す。
表向きは「オーストリア中国貿易」という名のペーパーカンパニーの債権であったが、その実態は、シャハトがメフォ手形を作り出す際に利用した「冶金研究協会」と同様。
即ち、国民党からの物資供給を背景としてあの大財閥と国民党政府が支払義務を負う手形を発行したのである。
簡単にいえば、かの財閥が有する資金を第三国経由でライヒ財政に注入する。
どうしてこんなからくりをかの「赤い盾」が承知したのか――それは尋常なことではあるまい。
おそらくは、彼らの身柄は…いや、これ以上考えるのはよそう。
資産が目に見えて減少するようなことはなく、彼らの金庫にある債権が手形に変わるだけ。
ロンドンの本家が気付く頃には、オーストリアという国家はすでに存在しない可能性が高い。
オーストリア政府は気付いているだろう。
だが、その独立にこだわるクルト・シュシュニック首相は、空挺部隊とオーストリア・ナチスによるロースシルト邸襲撃と拉致という事態とそれを天秤にかける。

実際、総統が突き付けるであろうあの提案に間違いなくオーストリア国民は揺れる。
高度な自治権を維持したままでの新設された「大ドイツ帝国」への合流というオーストリアに暮らす人々の悲願、大ドイツ主義の提案は。
ただでさえ、彼らは経済の奇跡を遂げつつあるドイツに対して国民の3分の1が失業者であるというみじめな状態なのだから。

「政治統合と引き換えの経済統合。それこそ我々が本当に必要とすることなのだ。」

そう。
そうしてしまえばライヒの経済は再浮上をはじめる。


「しかし、総統閣下が納得してくださってよかった。」

あの日本人たちが先に行うとならなければ、総統も軍需か民需かで最後まで悩んでいたことだろう。
その点は、あの出っ歯で眼鏡をかけたがに股の不細工な民族に感謝せねばなるまい。


常は真面目な官僚であるシャハトは、彼にしては珍しいことに職場で祝杯をあげた。
失脚したリッベントロップの秘蔵のシャンペンは、彼とドイツ経済の未来のように美味であった。

538 :ひゅうが:2016/09/11(日) 20:08:32
【あとがき】――「バブルを処理するには、さらに強烈なバブルを重ねる」by 21世紀の某大陸国家

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最終更新:2023年12月10日 18:07