976 :ひゅうが:2016/09/15(木) 00:32:18
神崎島ネタSS――「去る者、来る者」


――1937(昭和12)年7月4日 上海


「では、我々はこれで失礼いたします。大川内司令。」

「うん。御苦労だった。バウアー中尉。停戦協定発効に伴い我々も撤収するが、今度は本土で会いたいものだ。」

踵を打ち鳴らして敬礼する眼帯姿の女性――というより少女に見える人物に、大川内伝七少将も同様に答礼。表情を緩めた。
実のところ、彼女らはマッカーサー率いる米比軍から残留を強く要請されていたが、本国…というか本島の命令ないし、国際法に従うという名目で可能な限り撤収が急がれた経緯があった。
75ミリ砲を搭載し高速で戦場をかけ、そして下手な中戦車の主砲を弾き返す戦車をマッカーサーは手元に置きたがったのだ。
一度など、言い値で代金を払うからと強引に持って行かれそうになっている。

そういったことのたびにアイゼンハワー中佐らの胃粘膜がすり減り、そして陸戦隊や当の「縞騎士中隊」の血圧が上がっていた。
そういった点では、やっと撤収できるという印象が強いのだった。

それに、と大川内は思った。

「君たちの目的は、達成できたのかな?」

「何をおっしゃっているのかわかりませんが、司令以下上海での任務支援は完遂できたと愚考いたします。」

「そうか。」

ゲルダ・タローと名乗ったドイツ系女性を妙に厳重に守ってさっさと後方へ送り届けたあたり、彼らは彼らなりの目的があったのだろう。
そして、彼らもそれを答える権限を与えられていない。
だが、特別陸戦隊にとって彼らの助力が大きな力を発揮したのはまぎれもない事実である。

「内地は、だいぶ工事がさかんになったらしいな。」

「畏れ多いところから。」

「ん。」

それ以上は言わない。

「聞いた話だと、毎時200キロで走る弾丸鉄道が帝都と博多の間を通る予定だそうだな。」

「五輪の頃には大阪まで敷設されているそうです。試験車両はわが島で。」

「それはすごい。」

大川内は、内地で決定されたという大規模な開発計画を想像し、再び顔をほころばせた。

「あとは…」

大川内は、彼らの背後でどんどん進んでいく米比軍将兵をちらりと見た。

「大陸が平和になってくれらば…ま、無理だろうが。」

数時間前、中華民国国民党政府と日米英軍との間で停戦協定が発効。
これに伴い、事変直前に日米間で締結された上海租界還付協定に基づき日本軍およびその支援にあたった神崎島鎮守府所属部隊は速やかに撤収することになる。
以後の上海租界周辺の警備権は、しめて4万名が派兵されることになった米比軍に移管される。
すでに頭に血の上っている米比軍および、復讐心を全開にさせた疎開警備部隊は、大小様々な悲劇を生じさせていた。

「我々の手はそれほど長くはありませんからね。」

バウアー中尉がほろ苦そうな表情でいった。

「その通りだな。」

撤収するとなると、そのあたりの事情もわかる。
今ならば。
人海の中の孤島とその守り人であるような状況では気付かないところまで今なら自明のようにわかる。

「大陸に浪人を送り出さずとも済むようになったというのは信じがたいが。内地もだいぶ変わったのだろうな。」

「閣下は、次の任地は?」

「うん。横須賀に新編される常設の海兵旅団の立ち上げにかかわることになった。」

「おめでとうございます。」

栄転である。

「今回の上海市街戦の戦訓をまとめよというらしい。ま、こき使われるわけさ。」

大川内は肩をすくめた。

「だが、落ち着いたら一緒に飲みにいこう。」

「はい。ぜひ。」

「君の部下たちも呼んできて、な。あとは――」

これから中国大陸に突入することになる彼らの幸運を祈ろうじゃないか。
そういって、二人は、一日の食費の倍くらいする特別製の栄養ドリンクで乾杯した。
奇しくもその時間帯、ある写真が米国の各新聞社の号外を飾る。

後世「上海南駅の赤ん坊」として知られることになるこの一連の写真は、当然の事ながら事実をもって欧米の市民に衝撃を与えた。
一方で、停戦協定を結んだばかりの各政府は、偶発的な軍事衝突の続く大陸情勢についてこののち神経を尖らせ続けることになる。

977 :ひゅうが:2016/09/15(木) 00:33:27
【あとがき】――ということで、追記しました。
かくて竜宮作戦は、成就した(棒読み)

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最終更新:2023年12月10日 18:08