178: ひゅうが :2017/02/01(水) 06:50:25


神崎島ネタSS――「源田の異常な愛情 または、または私は如何にして心配するのを止めて超重爆を愛するようになったか」


――「Peace is Our Profession(平和こそわが職業)」

USAF SAC(アメリカ戦略空軍)のモットー


――1937(昭和12)年9月1日 日本帝国 群馬県


カツ、カツ、と足音が響く。
同時に、カン、カンという金属音がコンクリートに反響した。
100メートル四方もの大きさを誇る金属製の建物の中にあって、その音は異様なほどよく響いた。
赤城山から吹き降ろす風が珍しく止んでいるのだ。

「これが…」

カンカン帽を脱いだ紋付き袴の男は、かみしめるように、絞り出すように言う。
ささやくような声だったが、その声もまた同様に大きく響いた。

「これが富嶽――Z機か。」

中島飛行機社主 中島知久平は、自らの夢が形になった姿を見上げ、わずかに涙した。
機体は銀無垢のままで、その側面には帝国陸海軍のそれよりも小さい日の丸と、コンパスのマークが描かれている。
全長49.5m 全幅55.9mの機体は装飾など不要とばかりにそこに鎮座していた。

「大きい…」

中島と同様に、圧倒されていた陸海軍の士官たちがようやっとのことで声を出す。
技術士官だけでなく、現場担当の実戦士官たちも混じっている。

「これが…これがほしかったのだ。」

誰もお前のものになっていない。
そういったツッコミをする余裕などありようもない。
源田実ではなくとも、このような巨大な機体と、30トンに及ぶ搭載量は魅力的であるに違いないのだ。
現在の主力機たる97式陸上攻撃機の30倍を1機で実現できるとなれば、航空魚雷30本…すなわち駆逐艦3隻分の攻撃力がたった1機で確保できる。
長門型戦艦の主砲弾に換算すれば40発だ。
これを搭載して1万6000キロを飛行できるというのだから、この場に集まった航空機の黎明期からを見つめてきた人々にとってはまさに夢の機体なのである。

「1万機、作れんのかな…」

中島がぼそりという。

「いくらかかると思っているんだよ」

「しかしなぁ…」

こういうのを目の前で見せられたら作りたくなるぞ。
そういわれた駆逐艦「長波」は、深く深くため息をついていった。
まったく。山本長官に会うついでに仕事を請け負ったのが間違いの元だったか…

「アメリカでさえも700機作って息切れしたんだぞ?これ。」

「だがB-47は2000機作っている。できないことはない。」

「あのなぁ。大型空母6隻の建造をあきらめて作ったんだぜ?」

「ならできるだろう!」

「だからそれやると連合艦隊丸ごとスクラップにしなきゃならないって何度いったらわかるんだよ!」

「スクラップにしたらできるんだな?!」

「なんでわりこんでくるんだ源田さん!」

いきなり鼻息を荒く目の前でどアップになられた長波は、さすがにドン引きである。

179: ひゅうが :2017/02/01(水) 06:50:58
「これさえあればわが海軍は無敵だ!」

「だからなんで導入するの前提なのかって!」

「ちょっとまて海軍!」

「おお陸軍さん!」

長波はようやく助け舟があらわれたと安堵しかけ――

「これを運用するのは陸軍だ!海軍は引っ込んでいてもらおう!」

「え?」

目が点になる。
あ、こいつ、92式重爆撃機運用部隊の人だ。
後ろで頷いているのは、三菱の…
中島の飛行場に機体を下すのに最後まで反対していたのだが、工場に飛行場が併設されているのは中島だけだからしぶしぶ引き下がったらしいけど、そんなに自分達でいじり回したかったのか?

「黙れ陸軍!長大な航続距離があるこの機体は渡さんぞ!」

「黙れ海軍!大型機で雷撃とかばかなのしぬの?」

実に醜い罵り合いである。

「だいたい予算がもつのか?」

「何をいう。陸軍予算削れば一発だ!」

「黙れ!海軍の無駄飯ぐらいを粛清すれば一発だろうが!」

「あー…」

長波は、こいつらの魂胆が読めた。
要するにこいつらは、相手の予算を削るついでに夢のような巨人機を自軍で保持したいという官僚の原初的な欲求にしたがっているだけなのだ。
普段は、もうちょっとオブラートに包んで言うのだろうが、目の前に実物があるとタガが外れてしまったようだった。

「これ、空軍で運用することになるらしいけどなー」

ぼそっと言うと、殴り合い寸前の陸海軍士官どもはぴたりと動きを止めた。

「陸海軍共用機種にしないか?本機の性能ならそれが可能だ。」

「同意する。これほどの巨人機だ。さまざまな用途に活用できるだろう。」

「わが社も全力を挙げて製造に努力する所存。」

「いやわが社も…」

こいつらは――
と、ウェーブのかかった髪をぐしゃぐしゃと掻き分けた長波は頭を抱えたくなるのをおさえた。

わかっているのか?
この機体はそれほど数をそろえられるわけじゃない。
文字通りの抑止力。
あの大量破壊兵器が登場したのなら、確実な報復が実施されるといういわば保険のために配備される機体なんだ。
そのためにわざわざ、神崎島鎮守府の第1戦略爆撃航空団から1機が貸与され、コピー機の製造が行われることになっただけなのに。

「いや、まぁいいか…」

これまでなら、製造メーカーや陸海軍軍人が仲良く肩を組んで「銀翼翔歌」歌う光景なんて見られなかったし。
うん。あの頃に比べたら大きな進歩なんだろう。多分。

長波はそう思うにとどめた。


――なお、このような巨人機が飛翔しテストを繰り返す様子は、当然ながら各国の駐在武官によって写真におさめられている。
というより、陸海軍の首脳陣はそれを期待してわざわざ内地でのテストに踏み切っていた。
そして期待通り、1000機以上の戦略爆撃機を有する航空大国であるソヴィエトや、太平洋を隔てたアメリカの首脳陣に多大な影響を与えた。
未だ戦略爆撃という行為が実施に至っていない段階で、「富嶽」は、その主任務を果たしたのだった。

180: ひゅうが :2017/02/01(水) 06:52:02
【あとがき】――表題に「または」が一つ多かったのはミスですw

186: ひゅうが :2017/02/01(水) 07:43:39
あ、書いてなかったけど作中の銀翼翔歌は某国際救助隊的な歌のパクりでありますw

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最終更新:2023年12月10日 18:14