192: ひゅうが :2017/02/01(水) 08:49:41


神崎島ネタSS――「アメリカ陸軍航空隊の異常な愛情、または(以下略)」



――1930年代のアメリカ陸軍航空隊は、拡張期を迎えていた。
言うまでもなく、当時の拡張を主導したのはウィリアム・ミッチェルという一代の巨人がまいた種が見事に開花したからであり、また米領フィリピンに近接する日本の軍事的拡張がこれを後押ししたためであった。
だが…
それまでまっすぐ伸びていた木がある高さに達すると突然に幹をくねらせ、奇怪な様相に変わり果ててしまうように、唐突にそうした方向へいってしまう人間や組織があることもまた事実なのである。
生まれ持った資質か、あるいは外的な刺激か、あるいはその双方か。
この時代のアメリカ陸軍航空隊はその典型といってもよいだろう。

陸軍航空隊の生みの親であるウィリアム・ミッチェルは、ドイツからの戦後賠償として得た戦艦を相手に陸軍航空隊の実弾爆撃を実施し、それが撃沈可能であることを示した。
爆撃機万能論を述べたこの頑固な男は、あらゆる面で航空機が他の兵器に勝ると説いた。
それは戦略でも戦術でも、文字通りあらゆる面である。
よく知られているようにその過激な性格と言動から彼は1920年代半ばに失脚するが、彼のもとで育てられた陸軍航空隊は、二つの潮流を持って発展を遂げる。
ひとつは、戦術面。
戦艦などの海軍の主力艦艇を撃沈可能な強力な攻撃力をもって、陸上海上を問わずに外敵を撃滅するというある意味ではまっとうな目標である。
もうひとつは戦略面。
イタリアのジュリオ・ドゥーエ将軍が説いたような、敵後方の生産力を都市ごと焼き払い、住民を恐怖させるために化学兵器すら使用する戦略爆撃の行使者としてのそれである。

とはいえ、大恐慌以降のアメリカ軍は予算不足にあえぎ、特に陸軍においてそれは顕著であった。
このため、両者の統合が図られ、ある傑作機が誕生する。
B-17
最初の戦略爆撃機として知られるこの大型発機は、戦闘機が迎撃不可能といわれた高速と重武装、そして重防御と長大な航続距離をもって北米大陸に接近する敵を打ち払い、味方陸軍の進撃を支援するという欲張ったコンセプトを見事に実現していた。
それ自体は褒められるべきだろう。

太平洋の向こう側にいる日本軍は、もっぱら戦術面での強化を図り、海軍は主力艦同士の艦隊決戦、陸軍では敵航空基地の破壊という目的に特化させた機体ばかりを作っていたのだから。
だが、B-17が登場したばかりの1937年、歴史は大きくねじ曲がる。
ある種の奇跡。太平洋上における神崎島の出現がその発端だった。

彼らが運用する大型機は、その長大な航続距離と搭載量をもってアメリカ陸軍航空隊を驚倒させたのだ。
ことに第二次上海事変において、万単位の人員を航空機でピストン輸送するという実績を上げていた神崎島鎮守府航空隊の能力は、彼らの理想そのものだった。

「なぜ我が国にはそれができないのか?」

そういった疑問が持ち上がることもまた必然だったといえよう。
まず考えられたのが、長大な航続距離の再現である。
幸いにも、彼らにはそのコンセプトを先取りした試作機が存在していた。

XB-15

航続距離8000キロメートルを計画された重爆撃機である。
速度面において予定性能に届かず量産に移行しなかったものの、その距離を飛ぶことができる機体をアメリカ陸軍航空隊は有していたのだ。
さらに、1935年にダグラス社に発注された機体が彼らの目にとまる。

XB-19

予定航続距離は1万2500キロ。
アラスカはアンカレッジから日本列島を攻撃して悠々と帰還できる巨人機である。
技術的に目立った点がないことから開発中止が提言されていながらも、陸軍たっての要望で開発が継続されていたこの機体は、文字通りの怪物だった。
全長40.2m 全幅64.0メートルというその大きさはもとより、爆弾搭載量はなんと8.8トン。
その搭載量はのちの英国空軍の主力機 アヴロ・ランカスターに匹敵する。
銃座には37ミリ機銃2門を筆頭に、12.7ミリ機銃5門、7.62ミリ機銃5門という重武装。
もちろんB-17 でみられた重装甲はそのままである。

この怪物が制式採用されなかったのは、しごく単純な理由による。
速度が遅いのである。
当初搭載を予定していたエンジン、R-2600では出力不足であり、時速300キロを超えることがやっとであったのだ。
そのため、計画は暗礁に乗り上げており、設計段階で計画中止になる――はずだったのだ。

だが、1937年9月。
再び日本から届いた知らせが彼らを奮い立たせた。

193: ひゅうが :2017/02/01(水) 08:50:16
中島 試作超大攻「富嶽」。
6発の巨大なエンジンと、異様な後退翼を有する巨大な爆撃機が試験飛行を開始したのである。
情報機関の分析によると、まだ試作段階ながらもこの機体は量産され、1万キロ以上の航続距離をもってハワイやアラスカ爆撃を企図しているという。
漏れ聞く情報から、その大馬力を賄うために「富嶽」は2発のレシプロエンジンを連結して1基の大出力エンジンとしたという。

さらに、ここで彼らに大きな福音がもたらされる。

アメリカの飛行機王を自称する億万長者 ハワード・ヒューズと、民間大手のカイザー造船所を経営するヘンリー・J・カイザーが彼らに接触してきたのだ。
彼らはこういった。

「次の大戦が起これば、Uボートにより再び大西洋航路が脅かされるだろう。そのため、超大型航空機による高速大西洋間輸送が必要だ」

彼らの構想は、すでに第二次上海事変で実証済み。
この構想は大々的に新聞発表されており、世間の注目を集めていた。
そこへ、軍の上層部から漏れたらしい「連結エンジン」の話がでたとき、誰かが閃いてしまったのだ。

「我々もこうしよう」

と。
彼らには、それを可能にする財力があった。
こうして――計画は動き出す。
当時もっとも安定しており大きな出力が見込まれたライトR-2600が開発早々に前後2基連結。
強制冷却ファンと吸出しファンを併設し、吸気口と排気口を巧みに組み合わせたことで当時最強の出力を実現することにしたのだ。
出力3600馬力を叩きだすR-5200はこうして誕生。
「マーチング・フォートレス(進撃する要塞)」と名付けられたXB-19とともに、ハワード・ヒューズ肝いりのH-4「ハーキュリーズ」の心臓として選定されたのであった。


こうして誕生した巨人機は、ドイツの再軍備に加えてモンゴルに展開したソ連軍の戦略爆撃隊を意識して量産に移行されることになる。
性能は折り紙つき。だが、巨人機であるうえに、エンジンは実質的に8発といってもよく価格の上昇はそれ以上であった。

当初計画されていたB-17の大量配備は、こうして宙に浮いてしまった。
ある意味では、兵器がそれを運用すべき行政や軍を振り回しはじめたのだ。
さらに、一気にこのような巨人機が実現されたことから、開発が検討されていた長距離爆撃機計画も中止されてしまう。
与圧室を装備するほかはB-19以上の性能を有するとは言い難い上に航続距離が短すぎたのが決定打だった。

――史実においてB-29と呼ばれた成層圏爆撃機は、こうして生まれ出ることなく歴史の表舞台から葬り去られたのだった。

194: ひゅうが :2017/02/01(水) 08:51:40
【あとがき】――双子エンジン…景雲…うっ!頭が!
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最終更新:2023年12月10日 18:14