147: ひゅうが :2017/02/22(水) 22:02:22

神崎島ネタSS――「巨砲の効用」



――1937(昭和12)年9月20日 日本 呉鎮守府管轄海域


「だんちゃぁーく…今!」

ストップウォッチを持った士官の声とコンマほどのずれもなく、火柱が立った。

「命中確認!」

「弾道表通りとはいえ…1発で命中とは…」

「もちろん空中での大気測定あってこそです。これに航行中の揺動がありますから命中率は下がることをお忘れなく。」

コンクリート製の待機壕の中で興奮した様子の砲術士官たちは、わかっていると返す。
しかし声は上機嫌そのものである。
当然だろう。
距離3万メートルにおける目標に対して一撃で命中という結果を出せたのだ。
これを海上艦におきかえてみれば、どれだけ非常識であるのかがよくわかる。

「由利島観測所より報告。只今の砲撃は無人標的艦の装甲板を貫通せり!」

おおっという声が起こる。
呉、亀ヶ首に参集した砲術士官たちは、あるいは頼もしそうに、あるいは空恐ろしいものを見たかのように、壕に隣り合った試射場に設置された巨大な砲身を眺めている。

「まったく、男の子って」

慣れない長袖の軍装を身にまとった女性――戦艦「陸奥」は、おもちゃを前にした少年のように顔を輝かせている男どもをそういう言葉で表現した。
動きやすさ重視の第三種軍装(神廠)は意外に風通しがよくそれほど暑くはないものの、頬を少し汗がつたう。

「そういうものなのです。我々は。」

「藤堂さん。」

見物にきたという男、藤堂明少佐は、いささか皮肉げに肩をすくめてから陸奥の方へ二歩歩き、止まる。

「こういうものが我々は大好きなのです。理屈はともかくとして」

「わからないでもないですわ」

よそゆきの口調で陸奥も応じた。

「私も戦艦ですから」

「大砲屋としては羨ましい限り、というところですな。」

藤堂は、ギリシャ人じみた整った顔を一瞬ゆがませた。
彼は彼なりに、自らの職業を愛しているからだった。

「秘匿名称『試製甲砲』 45口径51センチ砲。そして、提供いただいた図面をもとに製造された試製97式徹甲弾。重量は2.5トン。」

さらりと藤堂が述べた数値は、この時代の砲術関係者が聞けば一笑に付すか卒倒するような代物であった。
いうまでもなく、物体の運動エネルギーはその重量に比例する。
戦車砲などは速度を極限にまで高めることで装甲を貫く方へ特化していくことになるが、これは砲弾重量を重くすればそれだけその反動をおさえこむために費やされる車体重量が増大するためである。
重くなりすぎると、地面の上を動き回ることができなくなる戦車とちがい、船舶ははるかに余裕がある。
そのため、砲撃の威力増大に砲弾の重量を増大させる正攻法でこたえることができるのだ。

148: ひゅうが :2017/02/22(水) 22:02:53

閑話休題。

この時代の海軍における最大の艦艇であり、最大の主砲を有するのは戦艦である。
その主砲威力はつまり、この主砲弾の重量に比例するといってもよいだろう。
この頃現役最強をうたわれるビッグ7…41センチ砲搭載戦艦の主砲弾重量が800キログラム程度であることを考えれば、2.5トンという値は常識というものをどこかに置き忘れた値と同義だった。

「こんなものを見せられたら、作りたくなる。」

「実際、作る予定ですからね。」

「大きすぎませんか?」

藤堂は今度は顔をしかめた。

「だから、ですよ。」

陸奥はそれに満面の笑みでこたえた。
瞳に映る藤堂の顔が驚愕で歪むのをたのしみつつ。

この51センチ砲を搭載しようとすれば、最低でもその反動をおさえこむ船体は8万トン級となる。
命中率と打撃量を考慮すれば、9門搭載となして9万トンを数えることだろう。
それほどの巨大な船体は、既存の港湾で運用するほぼ限界に近い値となる。
示唆されている新型の強力な戦略兵器への対抗上必要な防御力や、今後著しく発達することが確実な航空攻撃への対抗を考えれば、必要な船体規模が日本国内の運用限界を突破するという逆転現象が生じてしまうのである。

要するに藤堂がわざわざこんな場所にやってきたのは、それに気付いて「自らが愛する巨砲搭載艦を叩き潰すため」であったのだった。


「だから、私たちはこれの製造に協力したのですわ。」

「おそろしい方だ。」

藤堂が呆然と呟くのを、陸奥は受け流した。


――この日を境に、帝国海軍はおそるべき勢いで日本各地の港湾や工業設備への資本投下を加速させていく。
それは、陸軍がやっているような交通網への資本投下とあわせて大日本帝国という国家の本土の構造を決定的に変質させることへと繋がった。
無数の急流と山岳地帯によって分断された平野の群体は、それぞれが有機的に結ばれた工業地帯へと脱皮を開始したのだ。
それは、史実における1960年代に出現した世界第二位の経済大国の姿そのものであった。
当然、強引な経済拡大に伴って海軍予算も相応の拡大を続ける。
結果として1940年代に入る頃には、海軍は旧式化した巡洋艦以下、さらには戦艦を売り払ってでもその計画を完遂しようという意見が大勢を占めるほどにこの計画に入れ込んでいた。
げに男という生き物は、自らの欲望に忠実なのであった。

149: ひゅうが :2017/02/22(水) 22:04:17
【あとがき】――日本海軍「嫁入り道具をそろえるために家業を大きくしてみました(キリッ!」

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最終更新:2023年12月10日 18:15