205: ひゅうが :2017/03/26(日) 03:22:10


戦後夢幻会ネタSS――番外編「マツシロ・ケース」その2



――同 空中


「とすると、冥王素弾頭は作れなかったのですな?」

「その通り。あれは人工元素。それを製造するための原子炉、ああ核分裂反応を行う火のない炉を作るだけのウラニウム燃料を確保できなかったのです。」

チュウゼンジという研究員はおもいのほか饒舌だった。

「わが帝国のウラン鉱山は2か所。最初に発見された岡山県人形峠のウラン鉱石は品質が悪く、1944年になるまで原子炉の製造は具体化しませんでした。
しかし朝鮮半島北部にある昭和鉱山の発見により急速にこれが具体化しました。」

地図を広げる。
このC-47スカイトレイン輸送機を操るパイロットは、あの低地地帯攻防戦でも空挺作戦に参加した猛者だ。
中部山岳地帯の乱気流にあっても安定して飛行を続けることができている。
そのため、指揮官であるジョージ・スコット少佐(ハリウッドの駆け出し俳優と同名という話をよく酒のネタにしている)も、彼の近くへやってきていた。
ちなみに彼らは英語で会話をしている。
その時点でチュウゼンジがこの日本本土においてそれなり以上の高等教育を受けていることがよくわかる。

「ですが、その時点で本土の物資事情が逼迫。軍は海軍艦艇に搭載する新型電探の製造と防空システム構築を優先しました。」

チュウゼンジがいうには、プルトニウム製造自体は目途がたったのだという。
だが、概算や実験によれば、このプルトニウムの挙動に大きな問題があった。
爆発を完全に起こすには、完全なタイミングで完全に均一に反応を起こす必要があったのだ。
爆発ムラは許されない。
その許容誤差は10億分の2秒。
ここに――日本の核開発は暗礁に乗り上げたのだ。
いくらプルトニウムを製造しようとも爆発させられなければ意味がない。

「さらに、計画されていた熱拡散式の分離法はこれを行えるだけの燃料がありませんでした。また、米軍の空爆に対抗するために行われることが考えられていた地下坑道における同位体分離は、どうしても設備が小型化できなかった。」

そもそも日本がプルトニウム製造を計画したこと自体、ウラン鉱石の絶対的な不足が理由であった。
つまるところ、弾頭製造に必要なウラン鉱石が足りず、さらにそれを分離する設備の置き場も燃料も足りなかったのだ。

「この段階で、確保されていた松代の坑道は宙に浮きました。」

そう、陸軍の軍服を着用したチュウゼンジはいった。

「我々が爆縮レンズと呼んでいた装置の製造にあたり必要となった高速電算機は、本土防空システムの管制とともに沖縄へ向かう連合艦隊の射撃システムに転用され、真空管不足で計画倒れに終わりました。」

「なるほど。」

テラーは、内心ほっとしていた。
彼が述べたのは、マンハッタン計画において懸案とされたことばかりだったからだ。
アメリカはウランの濃縮を熱拡散法によって実施した。
もちろん巨大な設備を必要とするために、この方法をとるのは限られた弾頭の製造用と考えられている。
かわって本命となったのが、ロスアラモスだけでなくワシントン州ハンフォードに建造された原子炉によるプルトニウム製造だ。
だが、それには時間がかかる。
6基の製造炉をもってしても、いまだ弾頭1基の製造すら成し遂げられていないのだ。
彼の話がたしかなら、日本人は1943年時点ですでに原子炉によるプルトニウム製造という解答にたどりついていたことになるのだ。

だが。

「そうして放棄された坑道に、なぜ我々が?」

「私も詳細を知らされていません。あの坑道はあのあと海軍と、陸軍の一部が共同管理して何かをやっていました。
本土決戦時の大本営の移転先としての構想もありましたが、地形的な面から除外されたとも。」

「確かに、我々が行うような空挺作戦の余地があるからな。」

黙っていたスコット少佐が口を開いた。

206: ひゅうが :2017/03/26(日) 03:22:50
彼をはじめとする第11空挺師団は、大西洋方面からやってきている。
今回の任務に投入するには、太平洋戦線の歴戦の部隊は「ジャップ」への復讐感情が強すぎたからだった。
その点、フィリピン戦に投入予定の段階でマッカーサーとともに大西洋戦線に転じた。
それがよかったのか悪かったのかはわからない。
なにしろ、彼らは「遠すぎた橋」と呼ばれるレマゲン鉄橋を巡るどたばたに巻き込まれていた。


「だが、貴官がいうような超兵器のかわりに、海軍と爆撃隊が苦労をさせられたわけだ。皮肉なものだ。」

「わが国も、機雷封鎖によって青息吐息状態となりました。」

わかっているよ。とスコット少佐は手をひらひらさせた。
この時点で、復讐鬼と化して慰安所へ向かうような太平洋戦線の歴戦の勇士――という名の亡者とは彼は違っている。

「それで?」

「はい少佐殿。本土決戦時における大本営の移転先が奈良の十津川へと変更されてから、あそこには陸軍登戸研と海軍技術本部が何かを運び込んだ、らしいです。」

「らしい、というと?」

「資料が存在しないのです。いえ、あった、というべきでしょう。」

陸軍近衛師団、そうチュウゼンジはいった。

「あそこの本部に資料は保管されていました。さらに、計画の管理を行っていたのは、陸軍の石原莞爾大将。」

その名はテラーも知っていた。
現在巣鴨プリズンに収監されている東条英機のライバルで満州事変の首謀者だったはずだ。
たしか1945年に現役復帰し、本土防衛軍隷下の一部部隊を率いていた、はずだ。

「クーデターを起こした陸軍強硬派とどのような動きをしたのかはわかりませんが、結果的に資料は丸ごと戦艦長門の艦砲射撃で灰となっています。」

いよいよをもってきな臭かった。

「そう、気にするほどのことではあるまい。」

スコット少佐がいった。

「我々が命令されているのは、フィリピンから消えたゴールドの行方の捜索だ。
おおかたそのマツシロの坑道は日本軍の略奪物資の保管庫だったのだろうよ。」

だからこそ、空挺部隊がいくのだ。とスコットが胸を張った。
テラーは、残っているかもしれない日本の原子力爆弾の資料を接収するために日本に派遣されたに過ぎない。

「日本軍残党よりも先に黄金を確保する。マッカーサー元帥の命令は叶えてみせるとも。」

207: ひゅうが :2017/03/26(日) 03:23:49
【あとがき】―― 一気呵成に二本目投稿してみました。史実では第11空挺師団はマニラ攻防戦に投入されている模様。

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最終更新:2017年03月27日 11:13