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戦後夢幻会ネタSS――番外編「マツシロ・ケース」その終


エピローグ


――1964(昭和39)年10月10日


「結局、和製原子爆弾開発計画『D号計画』は失敗でした。」

下村は一気呵成にそう述べた。

「同位体存在比99%に到達できなかったのです。知っての通り、ウラン235の臨界量は『10キログラム』。これではぎりぎりですから、ほとんど完全にウラン塊を核分裂させなければいけない。かといって、原子炉を作れなかった我々では、中性子源、つまり点火源となる核物質をついに作れなかったのです。」

「正直にいって、驚いたというより呆れたよ。」

国防大学校校長 阿部俊雄大将は、軍服姿のままで乾いた笑いをもらしながらいった。

「たしかに、呉から大口径砲用の旋盤や炉が室蘭へと移転されたと聞いたときは首を傾げたよ。それに『中小口径砲の製造ラインがフル稼働している』と聞いたときも。」

そこで言葉を切る。
彼の前を、背広姿の背筋のぴんと伸びた男たちが通り過ぎた。
阿部は軽く会釈する。
制服を着た男の中には、きちんと敬礼をする者も多かった。

「まさか、遠心分離機のシリンダーを作っていたとはな。」

「ええ。いかんながらあの当時のわが国の工業精度からいけば、数百基、ことによると数千基もの高速遠心分離機を規格内におさめることができるのは海軍の艦砲製造ラインしかありませんでした。」

そのため、旧式の12.7サンチ高角砲の製造ラインや重巡主砲の製造ラインはフル稼働を余儀なくされた。
しぜん、さらなる余剰設備を用いた規格の違う対空砲の製造が必要となった。
試作されていた試製1式12.7センチ高角砲のような重量級のものではなくて。
ここに、超軽量でありつつ比較的長射程である松型や一号型海防艦後期型に搭載可能な新型高角砲「五式12.7センチ両用砲(高角砲)」は誕生する。
それが、同時に五式中戦車と呼ばれる重駆逐戦車の親玉みたいなものを生み出したのだが、これは余談である。

「そして、『雷神』システムの開発や電子管制の東京航空要塞構築も。
やけにあっさり15.5サンチ砲を譲られるわけだ。あれは、『高速電算機の実地試験』だったのだな。」

そう。
レイテ沖海戦において防空戦艦伊勢型 扶桑型に搭載され猛威をふるった艦載多方向射撃管制システム「雷神」。
その陸上型の「雷雲」は1943年に開発が開始されている。
これが量産された結果、帝都東京周辺40キロ四方をはじめとする全国6か所は、難攻不落の防空要塞とすらいわれる米軍重爆撃機の墓場を作り出したのだ。
それはそうだろう。
陸上配備型の15センチ高射砲――俗に最上砲と呼ばれる艦載砲や三式弾、そして防空戦闘機やロケット花火弾を運用する爆撃機や攻撃機までも組み合わせた対空陣地は、バトルオブブリテンの頃の英国のそれに匹敵していた。
B-29ならともかく、B-24などではこれを打ち破るのは極めて困難だった。

そしてこれらを管制した両国国技館に設置された巨大電算機は、爆縮レンズ設計のための高速電算機の縮小版であったのだ。

「はい。誤算だったのは、東南海地震による名古屋の壊滅と、艦載型の製造のために建造が不可能になったことでしたが。」

「それ以上に、原子炉はどこに作るつもりだったんだ?」

「船上です。いざとなれば自沈させやすい。『前』でも使った手ですよ。それには核燃料が足りませんでしたが。」

おいおい…と阿部は顔をひきつらせた。
確かに、外洋の遠洋航行が難しくなり始めた44年末以降、日本本土は船余り状態となっていた。

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というよりも、わざわざ作りながらもあまりの粗悪品質であったために使いようがない第2期戦時標準船や、作ったはいいが費用対効果に疑問がつきまとうコンクリート船がだぶつきはじめていたのだ。
これの船腹に黒鉛ブロックを積み上げ、空気冷却型の原子炉を設置。ここからの中性子照射でプルトニウム製造を行うつもりだったらしい。

「計画をもっていったのは、うちの若い連中ですよ。それも石原閣下に。」

「ジパングかよ!」

「ええまったくです。」

世界最終戦争論を唱え、原子力兵器の登場を予見してのけた鬼才に、こともあろうにそれを製造できた世界の記憶を持つものが接触してしまったのだ。
化学反応は必至だった。

「話がこちらの東条さんのところまでいったのが1944年頭。
軍需省全盛期に迷惑なプロジェクトを持ってこられたものでしたよ。」

おかげで陸軍の戦車まで口をはさめるようになりましたがね。と辻が黒い笑いを浮かべる。
阿部は若干どころでなく引いた。

「ドイツゆきの定期往復便を使って、ドイツが備蓄していた製錬済みウラン鉱をしめて18トン確保しました。同時に、チリからウユニ塩湖産のリチウム80トンも。」

「どうりで…完成したばかりの潜輸が一時期使えなかったわけだ。暗号切り替えと無音化が済んでいなければ無為に撃沈されていただろうに」

「その分、ジェットエンジンやロケットエンジン、工作機械を手に入れられたでしょう?
桜花の製造も間に合わなかったと思いますよ?」

ああいえばこういう男だった。

「日本発送電の総裁になっていた私は、そんなやりとりを44年6月に知った次第。
その頃には松代大本営構想が頓挫しましてね。さすがにあそこは本土決戦といっても空挺降下に弱すぎる。」

「たしかに。制空権の確保があやしい想定だったからな。」

「それに電線を引くのに、日発に話がこないわけがないでしょう?なにせあれから半年の間遠心分離機を動かしたんですから。」

下村はニヤリと笑う。

「しかし本当によかった。本土決戦となれば、旧宮城に設置したあの弾頭がすべてを変えるとあの五月事件の強硬派は信仰していた。
それが事実上とん挫していたところにあの艦砲射撃で叩き潰されたのですからね。
気力もなえます。」

いつの間にか、ファンファーレが辺りに鳴り響いている。
歓声が沸き起こる。

「それで、辻…いや下村。搬入したウラン鉱は何トンといった?
ウランの中には爆発可能なウランは0.7%存在する。
なら、『あの10キログラムを取り出してもまだ余るウランは、どこへいった?』
『本当にあの弾頭は、爆発しない欠陥弾頭だったのか?』」


空に、国防空軍のアクロバットチームが円形のマークを同時に描き始める。
国立競技場の空は、美しい秋晴れだ。

「さぁ?」

実にイイ笑顔で、下村はにかっと笑った。
つられて、阿部も肩をすくめ、立ち上がった。

第18回オリンピックの祝典の雰囲気に包まれるこの空間をしばし満喫することで、彼はこの悪しくも愛おしい世界からしばし心を離した。

372: ひゅうが :2017/03/27(月) 04:29:16
【あとがき】――というわけで、これにて〆です。いや、先の話で終わっているっぽいけどちょっとだけ続きましたw
ご笑納くだされば幸いです。

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最終更新:2017年03月27日 12:23