甘くはないですよ






やっぱり返さないと情けない
でも分からないものは分からない






「ここに来んのも久しぶりだわー」

ツンツンに逆立てた茶髪に攻撃的なつり上がり気味な、目付きの悪いすらっとした男は、連れ立って来た短髪黒髪の普通体型な同年代の男に聞かせるよう空に向かって独り言を吐き出した
ツンツン茶髪の男ハンドルネーム『名無しのバーテン』は、日本帝都東京内の某所に佇む飲食店の店員だ
給金は月25~30万とそれなり
色々と入り用な帝都でも彼くらいの稼ぎがあればなんとか生活が出来る程度には頑張っていた

「よくここで沈んだりハイになったりしたもんだ」

夢は官僚か政治家か

国を動かす立場に立ちたかった男は夢破れて今を生き昔を懐かしむ
日ごと報道を賑わせる国会の場にもしかしたら立っていただろう自分を幻視して

「この公園に思い入れでもあるの?」

彼の心中預かり知らぬバーテンの連れ
ハンドルネーム『名無しの無職』は、何かを思い出している彼を見て問いかけていた

「特別な場所に聞こえたんだけど」
「んーまぁ、思い入れっつーか、今の人間関係が出来る元になった場所なんだよ。夢とか何とか考えたり、クララと出会ったのもここ。このベンチでさ。V.V.のおっさんやマリーベルと出会ったのもここなんだ」
「へぇ、さしずめ人生の交差点か」
「んな大袈裟なもんでもねーけどな」

失敗人生始まりの地でもあると、バーテンは自嘲気味にからから笑いながら手に持つ缶ビールを仰ぎ飲んだ

「失敗人生ねぇ、俺にはそうは思えないよ」
「なんでよ? 俺ってば最終学歴三流高校なんだぜ。大学受験なんて全部失敗だしさ。成功人生とはとても思えねー」
「大学行ったからって成功するとは限らないよ。俺を見ろよ。いま無職で親からの仕送りに頼って生きてるんだぞ? どうだい成功してるよーに見える?」
「いや、そりゃなあ、まあ」

バーテンの自嘲に無職は自嘲で返礼をした

「バーテンはさ、成功はしてなくても失敗はしてないよ」
「そっかなぁ」
「そうだよ」

バーテンは彼自身が知らないだけで、築き上げていた人間関係についてだけを見てみれば、無職の知る人間の中では最も大成していると断言できてしまう男なのだ

彼を思いやる人たちに彼は囲まれている
彼を心配する人たちに彼は囲まれている
彼を愛する女性からは海よりも深い愛情を寄せられている

それだけを以てしてもバーテンは誰よりも成功者なのだと無職は思った

人間関係を構築するのは一朝一夕でどうにかなるものじゃない

長い時間が必要だ

家に籠りきりだった自分にはただ無為に過ごしてきた時間しかないのだと無職は考えていた

「俺なんて家族との付き合いはない、友達いない、知り合いなんてネットの中だけだったんだ。最近になって生まれた交遊関係だっておまえを通じてのものじゃないか。おまえは俺よりもずっといい環境にいるよ」

それにバーテンは無職ではない。飲食店店員といった平社員だがランペルージグループの末端社員でもある
大人しく今を享受しながら真っ当に生きてさえいれば順風満帆な日々を送れるのだ

「それなのに失敗なんて言ってたら殴りたくなる」

得てして恵まれた環境に身を置く者は、自分が如何に恵まれているのかに気づかない
知らないだけで羨まわれる場所に彼はいるのだ
バーテンには分からずとも無職には分かること
彼との交遊関係を築いたことでそのおこぼれを与っているのは誰あろう無職自身だという事だった

「殴んのはやめてくれマジに。こないだあの糞ジジイに殴られたばっかしなんだから勘弁だぜ」

糞ジジイ

バーテンがそう呼ぶ人は世界も視野も共に狭しな彼の中では一人しかいない

おっさん、ジジイ、爺さん、ガキみたいな年寄り

まるで悪口の羅列とも受け取れよう罵りを吐かれているその人は確かに年輩の人で
見た目だけなら小学生そのものな、色素の薄い色の金髪を踵まで伸ばした不思議な雰囲気を持つ人物だった

名無しの無職はその人とも面識がある
何度となく見舞いに訪れていた病院で顔を合わせた、バーテンの東京での身元引き受け人の人であった
その正体はバーテンに好意を寄せている二人の女性、その人の実子クララ・ランフランクという可憐な美少女と、ブリタニア帝国の戦姫、第88皇女マリーベル・メル・ブリタニアの実の伯父なのだ

ブリタニア帝国皇帝の兄

皇籍を返上しているらしいとはいえ、ブリタニアの皇兄殿下であった
となれば実子クララ・ランフランクも世が世なら姫殿下となる

無職はバーテンと二人で巻き込まれた事件を通じてバーテンの周りにいる人たちの正体を知っていた
どこの誰を見渡してもVIPばかりという恐ろしい人間関係だった

バーテン自身は何も知らない
だがしかし、知らないで良いと皇兄殿下、V.V.は無職に伝えていた

知らない方が誰しもにとっても幸せで
気兼ねなく接する事ができるだろうと

馬鹿ゆえに気づかない
生来の鈍感力が良き方向へと彼を導いているのだ

そんなバーテンにとっての最良の環境が生まれていた

「まーた怒られるような事したんだろ」

普通の一般人にしては有り得るはずのない滅茶苦茶な交遊関係を持つそんなバーテンは、入院中何度もV.V.に怒られていた

飲酒で怒られ
誰ぞに馬券を買いに行かせては怒られ
ナースにセクハラしては怒られ
娘をベッドに連れ込んだと誤解されては殺されかけ

まさに自業自得の連続だった

クララをベッドに連れ込んだのは誤解から生じたすれ違いだが、大体は考えなしの彼が悪いに帰結するので、無職もバーテンの性格と無計画ないい加減具合を目の当たりにし理解させられていた

V.V.おじさんが怒る=バーテンが悪い

話はそれで終わってしまうのだと

「なにやらかしたんだよ」
「マリーに5万借りたんだ。そしたらよ、その日の内におっさんちに呼び出されてマリーと一緒に一時間正座強要、くどくど説教されながら俺だけ4,5発いかれた」
「…おまえすげーな…」
「なにが?」
「いや…」

一国のお姫様に平気でお金貸してと言える無神経さがだよ!とは無職も言えなかった
彼の周囲の人間関係についてを彼自身も入れて誰にも口外しないようにと言い含められているから

「クララが俺を甘やかしてるって怒られて俺に金貸すの禁止されたって言うもんだからマリーを頼ったわけよ。したらば今度は俺も呼び出し受けて、俺みたいに無計画な金遣いをしてる人間の金の貸し借りは信用の切り売りに繋がる。お互いのために良くないからやめろって借りたばっかの金をマリーに返させられちまってさ」
「おじさんの言うとおりじゃんか。大体なんで借金しなきゃならないくらいにまで使い込みするわけ?」
「5と9が来ると思ったんだよ!」
「やっぱしギャンブルかー!!」

バーテンはギャンブルが好きである
生活費を使い込むほどにやらかしてしまうくらいには
リアルで初対面したオフ会が競艇だから言わずもがなであるが

「クララからも生活費を使い込むなって注意された」
「へー、あのおまえには駄々甘なクララさんがね」

クララとはまだ短い付き合いの無職だが、彼女の甘えっぷりは見ている方が恥ずかしくなるくらいだった

膝枕、耳掻き、抱き着きに頬擦り
胸に抱き止めて頭をなでなで
尽くす女だからと自分で言い切る彼女はとにかくバーテンに甘えまくるし、またなにかと彼に対して甘くもあった
ついでにクララへと対抗するようにしてマリーベルもバーテンに対してそれはそれは甘い事この上ない有り様だ

病室で彼の唇を奪った事を皮切りに、彼を抱き寄せ胸に掻き抱いたりして甘えるその姿からは
世界最先端をゆく倉崎重工の技術をふんだんに盛り込まれているらしい、エルファバという巨大な空中戦用のナイトメアを駆使して、テロリストを相手に大立ち回りをする勇ましさなど微塵も感じられなかった

(二人とも甘やかせ過ぎてるんだろうな)

V.V.やマリーベルの筆頭騎士がブレーキを掛けて丁度いいくらいなのかもと、無職は無職なりに色恋とは無縁の人生を送りながらも考えさせられるほど、クララもマリーベルもバーテンには甘いのだ

(こんなのがどうしてあんな美少女や美女にモテるんだろ? 世の中理不尽だ)

世が世ならブリタニアのお姫様だったクララ・ランフランク
世も何もブリタニアのお姫様であるマリーベル・メル・ブリタニア
甲乙付けようにも付けられない美少女と美女が駄目男に恋をしている

(あーなんか腹立ってきた)

このヘンテコアンバランスな恋模様を密やかに応援はしている無職だったが、腹立たしいものは腹立たしい
鎌首をもたげる嫉妬に身を焦がそうとしていた無職はだがその直後にはバーテンの意外な一面に心を沈めさせられてしまう

「おかげでこんなのしか買えなかった」

バーテンが肩から下げていた鞄から色とりどりのキャンディが入ったキャンディボックスを二つ取り出したのだ

「絶ってーに使わんと残してた金で買ったやつなんだけどな。やっぱ返すもんは返さないと情けねーかなって」

一つは宝石箱のようなキャンディボックス
もう一つは坪をかたどったような透明のキャンディボックス

「こっちには丸いキャンディがいっぱい入ってて、こっちには金平糖がいっぱい入ってんだよ」

バーテン的にはあれこれ悩んだが結局マシュマロよりもキャンディにした
なにを? 勿論先月のお返しである

「まさかそれ、クララさんとマリーさんにか?」
「他に誰がいるよ」
「チョコ、もらってたの?」
「先月な」
「…」

淡々としたバーテンと、思わず殴りたくなった無職
だが無職は一方で称賛してもいた
称賛されたバーテンにはわからないが、金遣いの酷い彼が女性の為に絶対に使わないお金を避けて置いていた事実に無職は衝撃を受けたのだ

「殴るのまた今度にする」
「なんで殴られにゃならねんだ!」
「いや、全国のモテない男を代表して」
「なんの代表だよそりゃ!」

しかし二つのキャンディボックスはどちらがどちらへ渡るのか
無職の興味はそちらに移っていたのでこれはこれで良かったのだろう

「丸いキャンディの入ってるキャンディボックスがクララで、金平糖のがマリーだ」
「意味でもあるのか?」
「金平糖についてはマリーが好きな飴だからだ。クララの方はちょっと悩んだけどよ、マリーが飴だからクララも飴かなってな。安直だが飴と飴なら公平だろ」

にししと笑うバーテンに彼なりに考えてそうしたらしいと分かった無職は聞いていた

「なあ、おまえさあ、どっちが好きなの?」
「は? なんだよいきなり」
「クララさんとマリーさんのどっちが好きなのかって話。真面目な話だぞ」

急な話に押し黙るバーテン
そんな事を聞かれても困る
好みと外れてるし
そう言い訳をしそうになるも言葉にならなかった

「あー、うーん。や、あのさぁ、怒んなよ?」
「怒らないよ」

答えにくかったがバーテンは答えた

「今までろくに考えたことなかったんだよ。クララもマリーもなんつーか妹って感じで。マリーと再会したのはつい最近の事だからまあまだしも、クララとはあいつが小学生の頃から遊んでやってたから。二人とも好みのタイプからは外れてるし、でもな、なんかこう…なんつーの…? あーなんつったらいいのかわかんねー。モヤモヤしてる。あいつらの気持ちは嬉しいし、あいつらとキスしてから変に意識しちまって、昔好きだった女の子の事を考えてたときと感覚的には似てるんだが、なんかもやーっとしてるみたいな…おまえ分かる?この感じ」
「逆質されても分からないって。俺、女の子に好かれた事ないし恋愛経験無しだから。単純にどっちが好きなのかなって思っただけなんだ」
「そっかあー」

話はすぐに終わりを迎えてしまった

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最終更新:2018年03月17日 16:38