940:名無しの無職
あいつとさぁ、飲んでるときあいつ、

『この金の内手元に残すのは5万だけで残りは借金返済に回すんだ。そしたら今月の給料は丸々手元に残るわけでさ、俺そいつで以てあいつらとさ、それと小柄な方のやつの親父にプレゼント買ってやるんだ。へへっ、柄にもねーだろ? 博打しまくりの駄目人間な俺が汗水垂らして稼いだ金の方で人様にプレゼントとか。でもなぁ、あいつらってさ頭いいし、家柄もいいし、世界が俺を裏切っても自分は最後まで味方だーっなんてバカ言うような良いやつらだし
俺みたく脳みそ2ビットの三流高卒で、クソみてーにいい加減で、調子乗りヤローに付き合ってくれてる勿体無いなんて言葉じゃ片付けらんねーような良いダチなんだよ。普段ゼッテー口にしねーんだがテキトー人生の俺の一生の宝物みたいなやつらなんだわ。ホントさ、なんで俺みてーなアホと遊んでくれるんだろうな? 俺みてーなアホヤローはよ、世間様の嫌われもんで良いのに、あいつらもおっさんもみんな良くしてくれんだ。見捨てりゃいいのになぁこんなクソは』

『バーテンおまえ・・・そうかおまえ、自分のことわかってたのか』

『おいおいー戦友、そこはイイヤツだったんだなとか意外だなとか掛けてくれてもいいじゃんよー』

なんて話して何がいいかなー、喜んでくれっかなー? て、嬉しそうに相談してくるんだよ・・・

それなのに、なのになんでそんな矢先に刺されてんだよ! わけわかんねーよ!
なあ、あいつ、あいつ死んじゃうのか?!

俺が止めてたら、間に合ってたら刺されなかったのかっ!?
どうしよ、どうしよ俺っ、あの場にいたのにっ

941:名無しの他人
 >>938
恐らくは間違いないかと思います

942:名無しの無関係
 >>940
とにかく落ち着けって。おまえが悪いんじゃないんだから

最悪おまえまで刺されてたかも知れんしこれはどうしようもなかった

刺されたバーテンも意識不明だがまだ重傷と出てる。より命の危険性が高い重体じゃない。助かる可能性がまだ充分ある

画面の向こう。広がり続ける混乱
名無しも、コテハンも、常連も、ROM専も関係ない

一つの事件を巡ってのやり取りがただ流れていく

無駄なのにな

画面の向こうで何を言おうと何一つとしてそれらが解決に繋がることはない
だって、コイツらは誰もバーテンのこと知らないんだからさ

所詮インターネットでなされるだけのやり取り

所詮インターネットだけでの、名前も顔も出さない軽薄でくだらない繋がり

カレン様や子爵様ら貴族様でも例外じゃない

直接会って、顔をつき合わせて会話を交わしてなどいないうわべだけの話し合い
その人となりを知らない者同士の空虚な会話でしかないんだから

動揺を隠せずにキーボードを打ち続けていた俺は、それをどこか冷めた目で見つめていた


「ああーちっきしょう・・・痛ッテェ・・・、はぁはぁ、ちくしょ、くっそ痛ってぇ、わ・・・」

「バーテンおいっ、バーテンしっかりしろっ!」

「ア、ハハ、さっきの、おっさんに、やられたわ、おお、スッゲ痛ェ・・・刺されたとこ、熱くなって、こんな、痛ぇん、だな」

赤い液体が流れ出る

どこまでも流れ出続けていく

止まることなくバーテンの腹から流れていく

「喋んな! いま警察と救急に連絡したから!」

「・・・・・・」

事実だけを伝えるとバーテンは押し黙る
しかしまた口を開き話始めた

「あ、あ、さんきゅ、な? はは・・・でもなぁ、たぶんコレ・・・駄目だわ・・・、ハハッ・・・俺みてぇな、駄目ヤローはやっぱ、あれよ、駄目なんだよ・・・」

「そ、そんなことねーって! 大丈夫だって! 救急だって直ぐに来るし警察だって!」

生を諦め始めているバーテン
顔が徐々に青白くなってきて、血の気が引いている事を嫌でも見せつけられて、それでも俺は励まし続けた

だが

でも

俺も、俺にだって本当は分かってる
バーテンの傷はかなり深い
駄目かもしれないって

でもだからって、気力が砕けたらそう、僅かばかりにあるもしかしたら生きられたかも知れない生命力だって、風の揺らぎに消えてしまうように思えたんだ

だから、俺は俺なりに話続けた

気力を失わないよう
まだ確かについているバーテンの灯火を消さないように

しかし、そんな努力も虚しく、彼は彼で諦めている
諦めきっていた

生きることそのものを

どうしてか。それはーーー無駄だからなんだと彼は言った

「あー、ムリ、ムリだって・・・見ろ、よ、コレ・・・ぜーん、ぜん、とまんね・・・破裂した水道管・・・、に見える血道管・・・なん、ちって、さ」

止まらない赤い液体。流れ出る赤い液体が止まることはない
こんな時でも馬鹿な冗談を言うバーテンは力なく笑いながら自嘲していた

すごい量だ。夥しい量だ。リアルなグロい事に耐性の無い俺には嘔吐感が込み上げてくるようなら量だった。それだけ大量の赤い液体がバーテンの体を中心に広がっている

嘔吐感に耐えながら傷口を手で押さえてもまるで無駄だった

俺の手も赤い液体に濡れていくだけでけして止まらない液体は流れ続ける

その様は、まるでひねった蛇口からあふれでる水にさらされた手のようだ

それが赤いか透明かな違いがあるだけ

鉄錆びの臭いがあるか、臭いがないかな違いがある。ただそれだけ

やがてそんな俺を見ていたバーテンは、夜空に浮かぶ月を見上げながら、こんな場には似つかわしくない自分語りな話を始めた

「な、あ。ちょっと、だけ。話、付き合って、くんね?」

ちょっと

きっと言葉の通りのちょっと
見ればわかる。疑う必要さえないちょっとなのだと

「バー、テン」

了承も何もしてない俺を余所にしてバーテンは勝手に話始めた

「おれ、さあ、こんなじゃん? 昔っからで、さ。嫌われ者、だったんだ・・・、調子乗りで、馬鹿なことばっか・・・やってよ・・・んで、いっつも、嫌われてやがんの・・・、へへ、いくら、馬鹿でも、わかんだぜ? 他人の、悪意・・・うざい、うざい、同級生からも、うざい・・・ 好きんなった子からも、気持ち悪い・・・そんな、風にさぁ、思われてるの・・・、そんなか、で、 一番キツかったの、は・・・ はは、あれだわ・・・ 雨ん中で、捨てられてた、子犬拾って、そんで好きな子から、軽蔑されたやつ・・・、もち、下心、あったぜ・・・
いいとこ、見せたい、ってさ・・・でも、なんで、軽蔑されんだろ・・・? ずっと、引っ掛かってて、恋もできなくなって、おまえも、知ってる、だろ? いまだって、俺が、嫌われてんの・・・」

昔語り。何てことのないありふれた昔語り

出てくるのは駄目な自分

語られるのは馬鹿な自分

蔑む言葉が向けられる相手は嫌われ者
うざがられてばかりな自分自身

自分は嫌われている

誰からも好かれてなんかない

昔もいまも、変わらずに

「死ぬ前って、意外と、冷静に・・・なれる、もんなんだな・・・すげ、な・・・俺、なんかでも、自分、みつめ、なおせ、る・・・、でさ、俺、やっぱ、クズヤロー、だわ・・・色んな、こと、思い出して、ろくなこと、やってねー・・・はは、そりゃ、誰からも、嫌われる、つーの、ばっかじゃ、ね、なあ?」

嫌われて当たり前

嫌われることばかりしてきたから

冷静だからこそ、見つめることができる自分

その自分を、バーテンは語る

馬鹿で、いい加減で、調子に乗っては嫌われている

それが俺なんだと

「そんな、そんなことねーよ! ほ、ほら、今日一緒にいたあの女の子と女性はさ、おまえのことーーー」

だから俺は否定した。あの二人の女性からは嫌われてない!

あんなに好かれてるって

でもバーテンは違うのだと話す

「ばっか、あいつら、超エリート様、なんだぜ? 超、金持ち、の・・・お嬢ども、なんだぜ?・・・は、哀れみで、アホな俺によ、こんな、クソみてぇ、貧乏人で、いい加減で、むけい、かく、な、ギャンブル、やろ、に、付き合ってくれてる、だけだ、っての・・・ だいたい、ちっこい、ほうには、すきだ、すきだ、って、よく、言われてっけど、よ、あいつにゃ、100以上、借金してて、さ・・・ほんとに、好かれてるわけ、ねーじゃんか、
ちっこい、ほうの・・・親父にゃ、散々っぱら、迷惑、かけてるし、グラサンの、ほうにはよ、夢、諦めた、おれなんか、心ん、なかじゃ、軽蔑、されてる、っての・・・
夢、叶えよ、ってよ、グラサンのと、むかし、むかしに、語り、あってた・・・、けっ、きょく、叶えたの、あいつ、だけで、おれ・・・あき、あきらめ、て、だから、わかん、だよ、それに、あいつら、の・・・周りの、やつらだっ、て・・・、おれ、の、こと、嫌って、るし、あいつ、だけじゃ、なくて、あいつ、の、家族だって、おれのこと、軽蔑、してんし、る、るる、からは、めに、みえ、て・・・ な、なちゃん、からも、うわべ、は優しい、けどよ、ほんと、はどうか・・・ お、やじ、にも、おふく、ろ、にも、愛想、つかされ・・・・・・いき、る、かち、ねーじゃん、な?」

自分を見つめることでたくさんの事に気づく

自分の行いで自分自身がどれだけ嫌われてきたのか

俺の知らない彼の交友関係は、事実、そうなのかも知れない

だって、俺には、何もわかんないんだからさ

俺は今日はじめて顔を会わせたばかりなんだから

「わかった!わかったから!もういいから!だから!」

喋んな!

でも、バーテンは喋るのをやめない

黙ると時間が勿体無いと言って

何の時間かなんて聞くまでもない

終わりの・・・時間だ

「おれ、さ、信じて、ない、みてぇ、なんだ、わ・・・、むかし、好きだった、あの子に、けー、べつ、されてから、ずっと、ひとのこと、だれも・・・、人間、不信、ってのかな? ・・・家族も、おっさん、も、おっさんの、家族も、ま、りー、も、くら、ら、も、だれ、も・・・、信じて、なかった、みてぇ、いまに、なって、わかる、んだ、なんと、なく・・・みな、みとか、ダ、チ、だって、ぜって、おれ、みたい、な、の、まとも、に、あいて、して、ね、だろ、な・・・」

本当は誰も信じていない

信じられるひとなんていない

嫌われてるから

軽蔑されてるから

うざったい、やなやつだから

昼間の二人だって、心の奥底では自分のことなんて嫌ってる

断言する彼の言葉を否定する材料が俺にはない

掲示板では鬱陶しがられていた

他スレでは嫌われていた

あいつうざい、あいつくんなよ

アホの相手なんかしてらんね

バーテンへの悪口には事欠かなかったように思う

リアルでだってアッシュフォードなんてエリート校の生徒に無理を言って競艇に来させた

なにか訳ありそうなサングラスの女性に無理を言って来させていた

全部普通なら嫌がられることばかりだから

嫌がられてうざがられてばかりな事実がそこにはあったから

だから俺には否定することができなかったんだ

「けど、今日、さ・・・ちょっと、楽しかったんだ・・・ おれ、みたいな、あった、ことねー、やつの、連絡に・・・ おまえ、来て、くれて・・・ はなした、こと、ねーのに・・・ りあるで、でも、おまえ、きて、くれた、じゃん?
おれ、ちょっと、うれし・・・しんよう、して、くれた、のか、なって? お、まえは、へへ、なんか、うれし、むかし、みたい、に、うれし、おれ・・・」

他の誰よりも、俺みたいな名前も知らないやつが来たことを、嬉しいとバーテンは言う
口から、赤い液体を流しながら
涙を流しながら、顔に苦痛の色を浮かべながらも
青白い顔になっていく中にあっても
俺なんかと、単なる無職の親からの仕送
りで生きてるクズなんかと遊べて嬉しいと、楽しいと、そう心からの笑みを浮かべている

「さ、いご、に、であ、えて、のんだ、の、おま、えで、よかっ、た、わ、なんか、それだけ、で、満足、しちまって、る・・・、おれ、なんかの、誘いで、来て、くれて、あんがと、な・・・」

「そ、それ、は・・・それは、・・・だ、ダチ、だから。だから俺来たんだよ」

なにが、なにかまダチだよ、嘘つけよクズヤロー!

俺だってこいつのこと信用なんてしてなかったくせに!

馬鹿にしていただけのくせに!

バーテンのこと、なんにもしらないくせに!

俺は、嘘つきだ!

サイテーな嘘つきヤローだ!

匿名の掲示板で目に見えない場所から誹謗中傷ばかりしていた

文句ばかり付けていた

人が嫌がることばかりしていた

不満だらけを書きなぐっていた

書かなくても良いような相手の感情を傷つけることばかり書いていた

心の中だけに留め置けば良いようなことを態々書き込みして相手を嫌な気持ちにさせてきた

ただの糞でクズなゴミ人間じゃねーか!

でも

それでも

俺も、いまきっと
嬉しいと、感じてる

画面越しの付き合いがリアルな付き合いになって
また遊ぼうって約束して
友達のいない俺なんかの初めての友達だって、言ってくれて、友達だって思ってくれてるんだって

「お、おれ、も・・・うれし、かったよ。楽しかったよ! 友達いなくって、おまえが、バーテンが初めての友達で・・・、嫌だよこんなの! せっかく友達になれたのに何でおまえいなくなっちまうんだよ!」

初めての友達。まだ友達というには早すぎるだろう友達
でも、次に遊ぼうって約束してた
これからは本当の友達になれるかも知れないのに

「わり、駄目男、は、やなヤローは、やっぱし、約束の、ひと、つ、守れねー、みたい、だわ・・・なあ、無職・・・」





こんなクズにだけはならないでくれよな










その一言を最後にバーテンの意識は無くなった

530: 名無しさん :2018/01/26(金) 03:41:13 ・
それからはよく覚えてない
パトカーが来て、救急車が来て、俺は事情聴取されて、ほぼ白だってそのまま帰されて

ふらふら戻ってきた自宅でまたいつものようにパソコンと向かい合っていた

相変わらず掲示板では騒ぎが続いている
俺はその文字だけで羅列された喧騒を見ながらそっとキーボードから手を離した

もう、なんか、書き込みする気にもなれないや
あんなに好きな掲示板なのに
みんながバーテンを心配しているのに
すべてが嘘っぱちな言葉の羅列に思えて
だから俺はひとり、静かにパソコンの電源を落としていた

「ああ、綺麗だな、月」

窓から見える晴天の夜空には、変わらず月が浮かんでいた。黄色にも白にも見えるその月はただありのままの姿で俺を、世界を見下ろしている

ふと、俺にはその月があいつの笑顔に見えた

今日会ったあの名前も知らないあいつの

どこまでも変わらない、リアルなあいつの笑顔に

"好きになった子のために頑張った。俺の初めてにして最強の頑張りはたぶんあのときだったんだろな"

頑張った・・・か。
あはは、あいつも昔は恋愛してたんだな
玉砕して人間不信を招いちゃったみたいだけどさ

"残りの借金は生命保険で一括返済可能だぜ。受取人は子供みてーなおっさん。だから安心して逝けるってもんだ"

あいつも考えていたんだな。なんにも考えてないようで、万が一があれば返済できるように

でもさ、俺、もっとおまえと話したかったな
馬鹿やったり、旅行してみたり、いっぱいいっぱい遊んでみたかった

「遊んでみたかったんだ・・・」

無意識に呟いた俺の言葉は、答えの帰ってこない月明かりの虚空へと消えていった


ピンポン


しばらくの間虚空に浮かぶ月から目を離してぼーっとしながらテレビを着けてニュースを眺めていた俺の家にインターフォンの音がなり響いた

時間はもう深夜を迎えてる。12の数字は短い針にも置き去りにされているそんな時間に誰が訪ねてきたのか?

ふらふら、ふらふら

酔ってはいたけどしっかりしている意識に足腰はしかし千鳥足のまま玄関まで体を運んでいく

施錠していた鍵を開ける

相手が誰なのかを確認もしないで

混乱しているからか
呆けているからか
迂闊にすぎる開錠を俺は行っていた

その行いはやはりというか、そういった応答となって跳ね返ってきた

一瞬。きっと表現するならそんな陳腐な言葉が似合いそうな目にも止まらない速さで俺の首筋に冷たい刃が当てられていた

綺麗な、豪奢な装飾の施されているナイフ
ナイフじゃないかな? ナイフよりも刃渡りのある短剣だった

短剣の持ち主はひどく冷静で、でもひどく激昂しているようにも見える

「答えなさいッ! お兄様に危害を加えたのはッ・・・お兄様を刺したのは貴方なのか否かを答えなさいッ!」

月明かりに照らされて煌めく薄紅色をした、腰まで届くだろう、頭の左に束ねられたサイドテールの長い髪
高い声音には品があり、聞いたことのある声

そしていまはマスクもサングラスもしてないその顔を俺は見たことがある

「違うよ俺じゃない・・・なんで、なんで友達の俺がバーテンを刺さなきゃいけないんだよふざけんな!!」

なんでこんな冷静になって答えられるんだろう
首筋に短剣を押し当てられながらなんで押し付けてくる相手に怒鳴れるんだろう
相手が昼間に会ったあのサングラスさんだからか
髪型も髪の毛の色も背丈も体格も、サングラスさんと同じ女性からは射すような視線を向けられているのにちっとも怖くない
それともサングラスさんが実は・・・テレビやニュースで何度も見たことあるブリタニアの皇女様だったから、感覚が追い付かなくて麻痺しているんだろうか

「やめなさい! やりすぎよマリー! その人が犯人じゃないのは日本の特高から既に確認済みの事なのよ!」

サングラスさんのその後ろからは、背中くらいまである濃色の金髪をツインテールにして束ねた、サングラスさん、マリーさんと同じ年頃の女性がマリーさんを停めに入ってきた

「VV様や辻卿からも軽挙妄動は慎むようにと言及されていたでしょう!」

叫ぶような声はだけど周囲を騒がせないように配慮された静かさ
きっとこのマリーさんや俺の精神が不安定なことも察してるんだと思う
いつもなら震え上がってる俺がいまのマリーさんを前にして冷静でいられるのがそもそもおかしいんだから

「でも、でも・・・、オルドリ、ン、お、お兄様、シンお兄様をっ、こ、ころ、殺しっ」

「死んでない! マリーっ!死んでないわマリー! 貴女の大切なあの男はまだ死んだ訳じゃない! あの腹の立つけどしぶとそうな悪運だけは強い男がそんな簡単に死ぬわけないじゃない!! それなのにマリーがそんなに取り乱してどうするの! しっかりしなさい! しっかりしなさいマリーベル・メル・ブリタニア!!」

言っちゃったよ? フルネーム

マリーベル・メル・ブリタニア

知ってはいたけどさ、勿論彼女を停めるこの女性のこともね

オルドリン・ジヴォン

"技術"の日本と並び"力"と称されて世界から恐れられている日本の同盟相手神聖ブリタニア帝国
その帝国の頂点に君臨する皇帝の息女のひとり、第88皇女マリーベル・メル・ブリタニアに仕えるナイトオブナイツにして大グリンダ騎士団の筆頭騎士だ

俺だって伊達に貴族スレに常駐してない。どっちも知ってるのが常識な大物だった

「俺・・・ほんとにやってない・・・。ブリタニア系の変なおっさんがバーテンを刺したんだ。大切なもの壊す大切なもの壊す大切なもの壊す大切なものぶっ壊すってぶつぶつ言ってて、それ以上は知らない・・・警察にも話したことだよ、それで何もなく帰された。サングラスさん、いえマリーさん、あんただって知ってるはずだろ。こんな親のすねかじりなクズの話なんか」

ああやっぱし俺も精神がおかしくなってる
同盟国ブリタニアの皇女様やナイトオブナイツを目の前にしてタメ口聞いて物怖じしないなんて、絶対にあり得ないことなのに
知らないと俺は言った。でも知ってることもある。このお姫様も、ナイトオブナイツも、バーテンから信用されてないってこと

馬鹿だなホントバカヤローだよバーテン
おまえ、ほら見てみろよ。マリーベル皇女の、マリーさんの目を
目を真っ赤にして頬を張らしながら涙ポロポロポロポロ溢してんじゃん

なにが信用されてないだよ

どこが好かれてないんだよ

嫌いな男を思って泣く女性が世界のどこにいるんだよ馬鹿ヤロー

「ごめんなさいね。マリー、いま凄く動揺しているから」

ナイトオブナイツが謝る

「べつに、いいです。俺だって頭ん中ぐちゃぐちゃで無茶苦茶だから」

無礼も非礼もやってしまってる

「に、いさま、がお亡くなりに、なったら、わた、くし・・・」

「マリー大丈夫。ね? 馬鹿は死んだりしないの。死んだら、もしも死んだらマリーと一緒にあの世へ攻め込んで首に縄を引っ掛けてでも連れ戻してやるわ。地獄の閻魔様には悪いけれどあの馬鹿男は全部マリーの物だってね」

過激だなブリタニアの騎士は
淑女然としたモニカ・クルシェフスキー駐在官なんかと偉い違いだ


「張り付いて正解でしたね」

黒塗りセダンの中。丸い眼鏡をかけた中年過ぎの男が、隣に座る足首まで届く薄い金の長髪を持つ少年に話しかけていた

「まったくだ。予想はしていたけれどまさかホントに襲撃紛いの事をするなんてね。あの子もことあの馬鹿が絡むと激情しやすいから。しかしマサノブ。君が出てきたという事はこの事件は」

丸眼鏡、マサノブと呼ばれた男性は冷静その物な表情を崩さず答えた

「ええ、犯人は既にこちらの手で拘束しておりますよ嚮主VVさん。そしてその犯人には強力な思考誘導が施されているようであの青年の供述通りに同じ言葉を繰り返しています。大切なものを壊す大切なものを壊すと」

マサノブに嚮主VVと呼ばれた少年は大切なものを壊す?と訪ね返した

「ええ大切なものを壊すと。殺人"未遂"犯の取り調べを行っている特高の対ギアス犯罪課の話ではどうも特定条件が重なった時にあるキーワードを見る。または聞くなりすると必ず発動する遅延タイプだと。直接発動も可能なようですが、これはどちらかと言えば貴方の分野に該当する筈ですが、殺人未遂犯フランク・ロズベルト元ブリタニア男爵の日本渡航までの形跡を調査願えますか?」

「わかった。すぐに動かせてもらうよ。それと引き続き犯人の行方は不明で公表してもらえるよう圧力をかけておいてくれたら助かる。全部が確定しても"真犯人"については伏せておきたいしね。じゃないとマリーベルが暴走しかねない」

「クララさんもでは?」

「僕直属のクララなら抑えられるけどマリーベルは無理だ。シャルルが親馬鹿振りを発揮して大グリンダをブリタニア正規軍とは別枠扱いにしてしまったせいでマリーベル個人の私兵軍化してる。戦力も旗艦のアヴァロン級浮遊航空艦艇1隻にカールレオン級浮遊航空艦艇15隻。陸上騎士団として10個騎士団12万人。航空母艦1。強襲揚陸艦1。巡洋艦4。駆逐艦4。潜水艦2。補給艦艇・輸送艦艇各1。作戦機230からなる馬鹿みたいな戦力になってるんだよ。それも絶対命令権を持つのもマリーベルだけだ。もしあの子を暴走させて無差別攻撃の指示でもさせてしまったら南ブリタニア諸国とのせっかく築き上げてきた友好関係が完全に破綻してしまう」

「10個騎士団と1個空母打撃群にKMFを除いての航空機だけで230機ですか・・・相変わらずですが個人の持つ戦力ではありませんね。まあ南ブリタニアのペンタゴン殲滅には必要だったのでしょうがあまりにも規模が大きすぎますよ。マリーベル皇女殿下が万一憎しみに駆られてしまえばそれだけで戦争になりかねません。強力な思考誘導のギアス・・・ジェファーソン・デイビスでしょう?」

「検討はついてるんだね流石は魔法使い達だ」

「使ってませんよ魔法は。我々が魔法を行使できる流れよりこの世界は完全に外れてしまいましたので、既に未来は未確定にして霞の中です」

「ふーんまあいいけどね。それは別として僕も大グリンダ騎士団については南ブリタニアの諸問題が片付き次第なんとか規模を縮小させたいところだよ。一個人が持つには大きすぎるからね。ま、無理なら無理で使いようもあるけどさ」

「簡単に言ってのけるだけブリタニアの国力物量はとんでもないですよ」

「それを言うなら技術は常に半歩前を進む日本もとんでもないよ」

「ま、否定は致しません。・・・クララさんは?」

「・・・いまは帝都総合病院にいるよ。馬鹿に付きっきりで看病してる。下手に情報は流さずマリーベルもあいつの傍から離れないように誘導しておくつもりだ。起きた時に君がいなければクララに盗られるよとでも言っておけばなんとかなるかな」

「クララさんもマリーベル殿下も一途ですね。バーテンーーーーー玉城くんには勿体無いですよ。どうするんですか。貴方はクララさんとの仲をお認めだと承知しておりましたが?」

「クララは勿論マリーベルとの仲も成就するなら認めるよ。国内からは反対の声が上がるだろうけどね。いまのマリーベルの行動の原動力は間違いなくあのお馬鹿だ。あの馬鹿がいたからこそマリーベルはグリンダを創設し、自らグリンダの長となって剣を取り、そして国内からは不穏分子の一掃を、南ブリタニアではペンタゴン殲滅への道筋につき見事に南ブリタニア大陸の混乱を平定せしめた。悔しいし認めたくもないけどあの馬鹿シンがクララやマリーベルの一番大切な存在になってるんだ」

「ブリタニア流一夫多妻ですか?」

「まさか。そんなの僕やシャルルが文句つける以前にクララとマリーベル自身が認めないよ。二人とも狂気的なまでに独占欲が強いからね。負けたらたぶん快く譲るだろうけれど二人ともの両立なんて土台不可能な話さ。ただ、二人はあれでお互いを認めあってるよ」

「所謂ライバル関係ですね。クララさんが玉城くんを好きなことも、マリーベル殿下が玉城くんを好きなことも、認めあった上での勝負。修羅場ですね。観ている分には面白そうですが当事者になりたいとは思いません。しかしどうするのですかお二人は」

「簡単さ。相手に軍配が上がれば自らは身を引く。おそらくそうなる。ただし、あの二人はお互い以外の女性がシンイチロウとの関係を築く事にはこれを一切認めずに全力排除に動くだろうけどね。まあシンイチロウには選択の自由も逃亡する自由もないかな? とくに今回の一件が決定打になったと見るべきだ」

「失礼ですが彼は日本の平民です。華族でも士族でもありませんが、マリーベル殿下に軍配が上がった場合のその辺りの調整は如何するのですか?」

「クララが勝ったならクララの好きにさせるよ。玉城姓でもランフランク姓でも好きに名乗ってくれたらいいしね。クララは血縁上ブリタニアの皇族に連なる人間だ。当然嚮団関係者と皇族は反対するだろうけどそれは僕が抑える。僕の娘が愛するひとを選んだんだから親として口出しさせないってね。マリーベルの場合はマリーベル・メル・ブリタニアとしては生涯未婚となるだろう。 でもマリーベル・ランペルージとしてならばシンイチロウと結婚できる。それで行くつもりさ。必要ならば僕の捨てたジ家嫡男としての名をあげてもいい」

「名を差し上げるとは、思いきりますね貴方も」

「思いきらなきゃ無理な話だからね。あの子はシンイチロウ以外に一切興味がないみたいだからシンイチロウがクララを選んだなら結局生涯未婚を貫く可能性が大いにある。オルドリンがあの子の部屋であの子の書いただろう日記を何冊も見つけた時には戦慄を覚えたんだってさ。全ページ隙間無くシンイチロウへの求愛の言葉で埋め尽くされていたらしい」

「それはまた・・・病んでらっしゃいますねマリーベル殿下も」

「クララと同類だって言ったろ? 思い込みと執着と独占欲が凄いんだよ。思わず引いてしまうほどに」

「なるほど。つくづく悪運の星に愛されていますね彼は。美少女と美女に愛される。しかしながらそのお二人は病んでらっしゃる」

「ま、好意を抱かれたのが運の尽きかな」

言葉のキャッチボールをしながらも、マサノブとVVはマリーベルから目を離さない
なにかあれば待機させているマサノブ、辻の選りすぐった警護員とギアス嚮団の戦闘部隊で現場を抑えにかかるつもりだ

「本当にたまらないよあの駄目男には。クララとマリーベルの心を盗んで、自分は生死をさ迷い関係ないと来た。本当ふざけるんじゃないぞシンイチロウ。僕は許さないからね。金を返したら無関係? 返せばそれでいい? だったら借金返済なんてしなくていいからクララとマリーベルの件に決着をつけてくれかな・・・バカ息子」

少年が呟くひとりごとにマサノブの表情は緩む

こんな世界があってもいい
こんな平和があってもいい

VVが、クララが、マリーベルが、あんな馬鹿なお調子者を相手にして笑い合う世界があっても

それは駐日駐在武官ナイトオブトゥエルブ モニカ・クルシェフスキーにも
駐日ブリタニア大使補佐官ユーフェミア・リ・ブリタニアにも

日本に留学中のルルーシュ・ヴィ・ブリタニアにも、ナナリー・ヴィ・ブリタニアにも
ヴィ家の親衛隊員ジェレミア・ゴットバルトにも、キューエル・ソレイシィにも
ヴィレッタ・ヌゥにも

京都六家にも
現大日本帝国宰相 枢木ゲンブにも
ゲンブの息子枢木スザクにも
官房長官 澤崎敦にも

ブリタニア皇帝シャルル・ジ・ブリタニアにも
その正妻的なマリアンヌ・ヴィ・ブリタニアにも

その他の人々にとっての平和な世界があってもいい

玉城真一郎もまたそのひとり
平和な世界で平和に生きる一般人としての幸せ・・・・・・

「については叶わないかも知れませんが生きていてくださらないと困りますよ玉城真一郎くん。女性の前では格好つけたいのでしょう?」

帝都総合病院での手術はもう終えている。できる限りの事はした。手は尽くした

しかしまだ、彼は目覚めない

手術室の前では非情で気丈、笑いながらひとを殺すギアスを行使できるはずの狂気を持つ少女クララ・ランフランクが泣きじゃくっていた

テロリズムを許さないブリタニアの戦姫マリーベル・メル・ブリタニアはいま一軒家の玄関で無職青年の首に宛がっていた短剣を取り落とし、オルドリンにすがり付きながら咽び泣いている

「玉城くん。彼女たちを泣かすのは女性に格好つけたい願望持ちのうざくてお調子者な貴方には合いませんよ。そういうのをね、ただのカッコ悪いというのです」

マサノブは、辻正信は、一度瞑目した後、雲に陰る月をなんとなしに見上げていた

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最終更新:2018年04月05日 16:51