944 :ひゅうが:2012/01/14(土) 20:03:40
続いてしまったネタ →846-848 の続き

接触2~銀河帝国サイド~

――宇宙暦788(帝国暦479)年 銀河系 オリオン腕 銀河帝国
  ヴァルハラ星系 惑星オーディン


銀河帝国国務尚書 クラウス・フォン・リヒテンラーデ候は厳しい表情で「黒真珠の間」へ向かっていた。
実質的な宰相である帝国国務尚書をつとめること8年の彼は、帝国の現状を憂いていた。
腐敗は言うまでもないが、硬直した貴族制は統治機構を蝕み、また国力の低下を加速させていた。
彼にとって許せないのが、伝統と気風を重んじるべき帝国貴族たちが堕落し、これを際限ないものにしているという事実だった。

まして、「自由惑星同盟を称する叛徒ども」との戦争が延々と続いている中で――

彼は、大扉の横に備え付けられている使用人用の出入り口を制止されるのも聞かずに通り抜けると玉座の御前に至った。

既に閣僚たちが参集しており、玉座には神聖にして不可侵なる銀河帝国皇帝が二日酔いのとろんとした瞳でこちらを見下ろしていた。

「遅くなって申し訳ございませぬ。陛下。おのおのがた。」

「よい。候は調べ物をしておったそうじゃな。ならば仕方あるまい。余も時折バラの世話をしておると時間を忘れてしまう。
父祖のように時間通りの静謐のみを愛しておるわけではないからの。」

おや?とリヒテンラーデは眉を上げた。
今日の陛下は機嫌がよろしいらしい。まったく、いつもこのように明晰であらせられれば臣としても嬉しいのだが・・・。

「エーレンベルグ元帥からの報告を受けまして、銀河帝国宮廷書庫を総ざらいしておりましたので。いやはや老骨には骨が折れましたわい。」

「というと、国務尚書殿でなければ入れない部署で、ですか?」

と、不機嫌そうな顔をしていた財務尚書カストロプ公が目を見開いた。
銀河帝国で出版された図書の全てを収蔵し、なおかつ旧銀河連邦議会図書館の貴重な収蔵品やデータ群などをおさめたのが宮廷書庫である。
もっとも、始祖であるルドルフ大帝の方針で電子記録的なものよりも活字化された図書が優先されたために旧連邦時代の電子的な記録はほとんど未整理で放置されている。
むろん、航路情報などは軍務省の管理下であり、時間を経るごとに連邦時代の記録は失われるか存在していても意味がないものになっている。

それでも記録が歴史学者の手に委ねられないのは、旧連邦が民主共和制のもとに運営されておりその影響をどんな形でも臣民に与えてはいけないという理由にある。
実際は、未整理なままのデータベースを公開する手間を帝国政府が認めていないだけの話だったが。

「そういうことになるの。あの叛徒どもよりもさらに古い、ルドルフ大帝の御代やそれ以前からの記録になる――」

この場に参集していた閣僚たちと、帝国軍三長官が驚きの声を上げた。
ただ、皇帝のみが面白そうな表情でリヒテンラーデを見下ろしていた。

「では、臣めが謹んでご報告申し上げまする。かの自由惑星同盟を称する叛徒どもと先日国交樹立交渉を開始した『ニッポン帝国』を称する者どもについて。」

全員が頷いた。

946 :ひゅうが:2012/01/14(土) 20:05:21

彼らをこの場に集合させていたのは、フェザーン系のTV局も参加した自由惑星同盟首都ハイネセンでの記者会見の内容が驚愕すべきものだったためだった。

――かつて、銀河連邦に加盟していた「最後の君主制国家」日本帝国。
ルドルフ大帝によって討伐されたとされる現辺境星域を領域としたこの星間国家が実は健在であり、銀河中心付近にその領域を広げているという事実。

そして議会政治を維持する「友邦」として国交樹立を目指した交渉を叛徒どもは開始したというのだ。
御丁寧に「少なくとも120億の人口を有しているらしい」という情報までわざとらしく漏らして。
会見場に流された日本帝国首相のメッセージと皇帝(を称するもの)の親書は、自由惑星同盟を熱狂に叩きこんでいたのだった。

ちょうどこの頃、エル・ファシル星系からヤン・ウェンリー中尉率いる脱出船団が「奇跡の脱出」に成功したことも熱狂に拍車をかけていた。
(なお、二つの重大ニュースを抱えたメディアは英雄と希望を持ちあげるのに精いっぱいだったために駐留艦隊司令部へのバッシングはほとんど起こっていなかった。)


「日本帝国を称する者ども、彼奴らはまさに自ら述べる通りの者ですじゃ。
ルドルフ大帝の御代、討伐を受けた旧連邦加盟国の一つである彼奴らめはそれを見越していたらしく忽然と姿を消しております。6つの星系と2つの人工惑星からは『クニユズリ』という一文を残しきれいさっぱり彼奴等が消えていたとのこと。
当初は怒られた大帝は、その言葉の意味を知るとこの事実を『討伐』の一言でお済ませになられたと宮内省と軍務省の記録が残っておりました。」

補佐をつとめる書記官が記録の複写版を配布する。
旧連邦の時代、連邦政府とは別に自治を行う州や加盟国といわれる独立政権が存在していた。

連邦憲章や議会に拘束されるかわりに内政面においては独自の統治機構を有する国家は7つほど存在しており、中でも日本帝国は辺境に存在するかわりに連邦の拡大期においては宇宙開拓の最前線として隆盛を極め、人口のわりには大きな領域をその版図としていたとされる。

また、日本帝国も含めた各自治政権は独自の軍備も保有していたが、連邦末期になるとこの星系軍の多くが腐敗し海賊の跳梁跋扈の原因となっていた。
そのため星間交通路が壊滅状態に陥り進出や探査が相次いで中断に追い込まれ、ルドルフ大帝が台頭することになったのである。
(なお、探査や開拓予算を捻出できなくなった連邦政府が無軌道な開発機関の分割民営化を行ったことも領域縮小の原因となっている)

「クニユズリとは?」

「国を譲る、という意味にございまする。」

誰もが目を見張った。

「彼奴らの国家は、あの13日戦争以前から存続しております。」

「何と!?」

「しかも13日戦争以前においても世界最古の国家でありました。バイオハザードの収拾に失敗したがための熱核兵器の無軌道な使用以前も、そして地球統合政府成立時においても国家単体としては最強と称されていたと。
かのシリウス戦役時においては地球本土ではなくアルデバランやヴェガ星系へ国家を挙げての移転を実施し、地球本土の壊滅から生き残っており、旧銀河連邦成立にも多大な貢献をしておりまする。そのため、ルドルフ大帝の御親征以前においては旧連邦の自治共和国群の中にあって唯一大帝陛下が軍規を称賛しております。」

「思い出しましたぞ。大帝業績録の第1巻にそのように記されていた覚えがございます。」

宇宙艦隊司令長官 ミュッケンベルガー元帥が声を上げた。

「と、なると1500年は続いておるな。」

皇帝はこともなげに言った。
全員がどきりとする。
帝国暦は間もなく500を数えようとしている。1500年以上前の13日戦争以前から存続しているとなると・・・実に帝国の3倍ということになろうか。

しかも、自ら「帝国」を称している。

いえ。とリヒテンラーデはかすれた声で述べた。

948 :ひゅうが:2012/01/14(土) 20:06:47
「彼奴らめが残した『国譲り』の言葉は、彼らの神話に由来するものです。大神オーディンと同じくらいに古い・・・。」

「そんなバカな!?」

典礼尚書が悲鳴のような叫びを上げ、青くなって失言を皇帝に詫びた。

「よい。国務尚書。続けよ。」

は。とリヒテンラーデは一礼し、そして一瞬凝固した。フリードリヒ4世は、傍目からみればいつもの風である。
だが・・・目が違った。
何か、強烈な感情を示している。
それを理解したリヒテンラーデ候は、畏怖にも似た戦慄を覚えたのだ。

「は・・・はっ。記録に寄れば、少なくとも西暦が500に満たぬ頃には国家を形成。彼ら自身は紀元前600年頃に初代皇帝が即位と申していたとのこと。もっともこれは自称ですが、国家の形成に必要とされる集団農業が開始されたのが紀元前800年頃、そしてそれ以前からも独自の文化を有する集団が地球氷河期以後より居住していることからもそう述べてもあながち間違いではないかと。
――歴史のはじまりから続いている、ということになりましょうぞ。」

そう述べたところでリヒテンラーデ候は恐ろしい思考に囚われた。
しかし、それを生唾を飲み込むことで必死で抑え込んだ。

「続けまする。彼奴らの神話によれば、神々が暮らす天から彼らの故郷へと降り立った神々は、先に降り立っていた神から『国を譲られた』と。戦なきうちに政権が交代すること、これを古代の言葉で禅譲と申しまするが、それのようなものと思われまする。
これをお聞きになられたルドルフ大帝はかくのごとくなされたと。」

追撃はしなかった。
その時には、すでに彼らの姿は辺境のそのまた彼方へと去っていたのだ。

実のところ、この記録をまとめたのはリヒテンラーデ候ではない。
自由惑星同盟を僭称する叛徒どもを発見した当時の帝国国務尚書による調査の結果である。
後世のために残された記録は、今ここに蘇っていた。

まるで亡霊を発見したかのようにリヒテンラーデ候は身震いしたものだった。

「はっはっは。」

笑い声が響いた。
ぎょっとして玉座を見上げたリヒテンラーデ候は、背筋をふるわせた。
皇帝が笑っていた。

「よい。よいの。これもまた運命(さだめ)かの。国務尚書。」

「は。」

「汝に任せる。よいようにせよ。」

くつくつ笑いながら皇帝は玉座の間から後宮へと退いた。
いつも通りに。

だが、リヒテンラーデ候はそれを「いつも通り」と認識するのを拒否していた。

どうすればいいのか?
――銀河帝国は、人類のすべてを内包した支配者である。
ゆえに・・・自由惑星同盟と同様、彼らを認めてはいけない――はずだ。
だが・・・。

リヒテンラーデ候は先ほど切り捨てた思考を繰り返していた。
「はたして彼らに対して銀河帝国の正当性という大義は通じるのか?」と。

――銀河帝国政府はフェザーン駐在の高等弁務官府を通じ、新たなる勢力への接触を志向することになる。
表向きは、「古き民を正しき道へ導く」ため。
だが、交渉窓口が自由惑星同盟に限定されている現在、それは容易なことではない。
つまるところ、自由惑星同盟と新たな勢力との交渉の情報が入ってこなければ彼らは何もできないということになる。
これは、自由惑星同盟に少なからぬ影響力を持つフェザーン自治領もまた同様であった。

良くも悪くも、日本帝国と自由惑星同盟との交渉には全宇宙の注目が集まりつつあったのである・・・。



【あとがき】――というわけで遅くなりましたが帝国サイドです。
続きは明日以降に。ネタゆえに暴走しそうなのが怖いです(汗

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最終更新:2012年01月25日 21:54