915: ひゅうが :2019/02/07(木) 08:06:40 HOST:i114-190-112-36.s41.a038.ap.plala.or.jp
古今の探偵小説では、こうして集まった大勢の関係者を前に探偵役が決め台詞をいうそうだね
だから私も古式にのっとって謎解きをするにあたってこういってはじめよう。「さて」

ここにいる諸君はいずれもが大きな疑問を持っているはずだ
「いったい何故こんなことになっているのだ?」と

私もまったく同感だよ。「なぜ、21世紀にもなって世界の海軍はあの大海獣の整備に狂奔しているのか?」

言うまでもないことだが、大海獣、戦艦という艦種は第2次世界大戦を境として各国の主要装備から外れることになった
事実、大戦中に作っていたからという理由で完成させられた最後の戦艦が海へ出てから60年以上にわたって「巨大な船体に30センチ以上の大口径砲を搭載しその砲撃に耐えられる装甲を自らに施した大型水上艦艇」は誕生していない
理由は実に簡単だ
コストがあわないのだ
第2次世界大戦の太平洋戦線で鮮烈なデビュー戦を飾った航空母艦は、海上軍艦として極めて高い汎用性と極めて広い攻撃レンジを秘めていた
対艦攻撃能力はもちろん、対地・対潜、その他もろもろ
この攻撃投射能力は、戦艦の艦砲がせいぜい30キロメートル圏内であるのに対して航空母艦は最低でも数百キロの範囲に攻撃力を投射できる
しかも航空機という数万トンの軍艦よりもアップデートがしやすい存在を多数搭載している
これでは、艦砲を作るよりも航空母艦を多数建造した方があらゆる意味で費用対効果が高いと考えるのも自然だろう

しかも、第2次世界大戦の最後も最後になって登場した核兵器という存在が戦艦のさらなる存在意義を奪っていく
早い話、核兵器の威力を完全に防ぐ装甲を海上艦に張るなど不可能だったからだ
同じく第2次大戦で萌芽をみせた長距離誘導兵器の発達は、主砲という決戦兵器の存在意義すらも奪っている
超音速で飛行する数トンのミサイルが持つ運動エネルギーは、一昔前の大口径艦砲の運動エネルギーを上回るのだからね
第2次大戦中の双発プロペラ機モスキートが搭載するロケット弾の威力が巡洋艦の片舷斉射を上回ったことのさらなる発展ともいえるだろう

こうして戦艦は海上から絶滅した
生き残った大戦型の戦艦たちは、減価償却的な意味で相対的に価値が下がった巨大な重砲とそのプラントとして生き残らざるを得なくなったわけだね


こうして冷戦の中で海上戦力は2つの柱を持って発展していくことになる
ひとつは、空母機動部隊。戦略空軍のように陸上基地から作戦するのではなく大洋上や敵国沿岸に航空基地を近づけてアクションタイムを短縮できるという最大にして最強の利点――まぁそれ自体はかつての大艦隊と同じそれになるわけだが、これがなくなることは時間旅行でも実用化されない限りないだろう
もうひとつは、誘導兵器だね。魚雷にせよミサイルにせよ、投げれば終わりの艦砲よりも、敵に向かっている間に照準を微調整できる誘導兵器の方が命中率も高い
それに艦砲のように威力を増大させようとすれば初期に投入される火薬の爆発エネルギーを受け止める船体が肥大化していくこともない
乗っている人間を無視できるから速度や加速度なんてほぼ無制限だ
極端な話、冷戦期の海軍は核ミサイルさえ命中させればすぐに終わる戦争の備えた移動できるミサイル基地に過ぎなかったわけだ
航空機も結局は核ミサイルを搭載するための存在だったから似たようなものだね

これが冷戦の海軍の主な槍だったわけだね
ところがこれでめでたしめでたしとはならない。相互確証破壊なんて概念が登場してしまったせいで、人類は核を作りすぎた
リアクションタイムを縮める努力をやりすぎたせいで、1発戦術核なんて使ったら数千発の戦略核が降ってくるなんてこともあり得るわけだ
そんなことになったらそもそも何故戦争をするということになるね
どっちにしろ人類は滅亡するわけだから

917: ひゅうが :2019/02/07(木) 08:08:04 HOST:i114-190-112-36.s41.a038.ap.plala.or.jp

ところがそれじゃ困る
核は最後の手段にするか、同害報復の原理にしたがってとりあえずは人類滅亡を避けて「お行儀よく」核を使って行こうという暗黙の了解が生まれたわけだ
こうして、なんでもかんでも核を撃てばいいなんてこともなくなった

となれば、撃たれるミサイルの数と性能で勝敗が決まることになる
米ソがミサイルの数を増やしたところで、アメリカ人は気付いた
撃たれるミサイルの数が増えすぎてどうやっても何発かはミサイルを食らう
おまけに空母機動部隊は極端な話、全面核戦争になったときに航空機に大量の核弾頭を積みこんで敵国と海上戦力にブチ込む主目的に、普段使いするには便利な汎用性を買われて建設されているわけだから戦術核が先制されて撃ちこまれることを覚悟しなければならないわけだ
これが1隻や2隻の水上艦相手だったならもったいなくて核を撃ちこむなんてことはしなかっただろうがね
核が存在するところに核が撃ちこまれるわけなのだから

こうなると、もはや「ミサイルでミサイルを撃ち落とす」しか手段はなくなる
下手に装甲材を使って巨大な防御力を付与すれば、価格が天井知らずに上昇してしまう上に肝心の核戦争では役に立たない少数配備になってしまうからね
かくて昔懐かしい盾と矛の関係が復活する
アメリカによるイージスシステムの登場だ
ミサイルでミサイルを撃ち落とせるようになれば、装甲なんて不要というわけだ
「当たらなければどうということはない!」だね
誕生したイージスシステムは、冷戦が終わりを告げた21世紀に入っても最強の盾として君臨することになったわけだ

一方のソヴィエトはこのシステムを作れなかったから、大胆な決断をする
装甲の復活だ
核を撃つなど核戦争時にしか有り得ないから、装甲を復活させて防御力を確保、少しでも米機動部隊の攻撃に対抗しようというわけだ

わかるかね?この発想が
とりあえず核を考慮の外にすれば、防御力という概念が復活したのだよ
システムに答えを求めたアメリカに対し、ソヴィエトは装甲を持つことで船体の巨大化と搭載量増強にも妥協を示す
こうしてキーロフ級、巡洋戦艦とさえいわれる怪物的なミサイル艦すら冷戦最末期には生まれることになった
21世紀に入ると、イージスシステムがありふれたものに変わり、ミサイルによる飽和攻撃もありふれたものになっていった
そしてついに、最強兵器のはずの核ミサイルすら撃ち落とせるまでに防空システムが進化したことで防御力は完全に復権したといえるだろう
おまけに、レーザー兵器をはじめとする光速で目標をとらえる兵器が実用化されたことで、ミサイル攻撃と艦艇の力関係は第2次世界大戦下の航空攻撃と艦艇なみの力関係にまで近づいた
さらに誘導装置の価格までもが高騰する

ここまでいえばわかるだろう。「装甲材の量産能力を確保し、レーザー兵器とイージスシステムのような防空システムを搭載すれば、理論の上では空母による航空攻撃や空対艦ミサイル攻撃を大型水上艦が担うことができないわけがない」ということを
誘導装置を軍艦側が担い、簡略化することでミサイル兵器の価格はさらに低減可能だ
この過渡期の兵器となったのが、就役を開始したばかりのズムウォルト級といえるだろうね
もっともこいつは無茶をしすぎてコストのコンコルド効果にはまってしまったのだが

あとは、装甲材の大量生産による価格低減と、「わざわざ戦艦を作らなければ対抗が難しい」という思いこみのみが必要だ
これがもたらされたのが神崎島の出現、そしてヤルバーンの飛来に伴うミサイル完全迎撃の可能性ということになる

こうして世界は気が付いた
ミサイル飽和攻撃などという目立つことをしても全弾迎撃されるなら、有視界距離で殴りあうか航空機に大砲か光線砲を取り付けて殴りあうという手段があることにね

これから海軍艦艇がどうなるのかはわからない
真の物量を考慮した大量のミサイルを搭載した「ミサイル戦艦」が生まれるのか、性能と価格限界に到達しつつある艦上機のかわりにUAVを数千機単位でぶつけ合う「無人機母艦」が生まれるのか、はたまた潜水状態で接近して一撃必殺の極超音速砲弾を見舞う「魚雷艇」となるのか
さらに、復活した戦艦の主砲についても、実体弾かレールガンか、それとも超大出力レーザーになるのか

いずれにせよ結論は将来に持ちこしだろうね


ひょっとしたら宇宙戦艦でも生まれて一夜にして海上艦艇が旧式化するかもしれないが、そうなっても戦艦の眷属は生き残るだろう
地球上の7割を海が占めるという環境が変わらない限り、ね



     ――神崎島鎮守府 統合幕僚監部所属 ロバート・マクナマラ妖精さんによるマスメディア関係者向けのレクチャーより抄録

918: ひゅうが :2019/02/07(木) 08:09:38 HOST:i114-190-112-36.s41.a038.ap.plala.or.jp
以上、イヤミな人による概説でした
この世界ではこうなんだよ!といえればどれだけいいかな、とらしいウソをつく際にはいつも思う次第です

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2019年02月10日 16:49