138 :ひゅうが:2012/01/18(水) 15:37:00

ネタ――派遣船団2

――同 皇紀4249(宇宙暦789)年6月 銀河系 サジタリウス回廊(エア回廊)
  白色超巨星「須佐乃男」近傍


誰もが言葉を失っていた。
ヨブ・トリューニヒトもそのうちの一人だった。

彼が、自由惑星同盟が本格的に送りだす初の「全権大使」となった理由は与野党各派のかけひきの結果ではあったが、彼がおおむね「自由の闘士」としてみられており同盟市民の受けがいいこと、そして軍においても親軍派と目される彼については問題がないと思われたことがその理由とされた。

数日前に到達したエア星系――イゼルローン回廊に連なる辺境星域と中枢星域を繋ぐ大動脈から大きく外れた、サジタリウス腕の事実上の内端に位置し調査ステーションで、日本帝国側の外務官僚たちとの実務協議を済ませて代表団の派遣が決まったのは、昨年の年も押し迫ったころだった。
当初は日本側が「礼儀として」特使の派遣を要請してきたのだったが、同盟側としてはその相手が「3カ国」に同時にという要求だったことからあわてて同盟側からの特使派遣を打診し、その調整にえらく時間をとられたのだった。

同盟側としては、日本帝国の国家概要を自身の目で確かめつつ、豪華な面子をそろえることで友好ムードを醸成したいという思惑があった。加えて、「最初に国交を樹立」することで、万が一にも銀河帝国と日本帝国の間に同盟関係が構築されるような悪夢を避けたいという思いもある。
これら政治的なものに加え、特使団には同盟経済をけん引する大企業から出された代表も参加しているように経済的な思惑も強い。

何しろ、実務協議中に同盟側外交官たちは日本側の実務者が光ファイバーのケーブルを自分の首筋に差し込むという異様な光景を目の当たりにしている。おそるおそる訊いてみれば日本側は「大遷都」と称される国家規模の移動時においてそれまで発達していた遺伝子工学や人体の機械的置換に関する忌避感に実利がとってかわり、現在では奇形的とすらいえるほど情報工学や電脳ネットワークが発達するに至ったのだという。
彼らの護衛兼秘書をつとめている女性――に見えた――が、何気なく「自分はそちらでいうアンドロイドに相当する」と苦笑しながら述べたことで同盟側経済団体は歓喜と驚愕の二重奏を高らかに歌い上げたのだった。

現在、長きにわたる戦争のためもあり、労働力の不足は深刻だ。
可能な限りの省力化が図られているものの、それに要する費用と労働力不足がゆえの賃金のインフレーションは彼らをしてフェザーン系資本への対抗が不可能と判断せしめるほどのものだったのだ。
政治家たちが「友邦」となるかもしれないと期待をこめる(事実、銀河帝国軍はエル・ファシル星系を放棄しイゼルローン回廊に撤収するなど様子見状態に入っていた)のに対し、彼らは文字通り新大陸を発見したかのように特使団に同行したのである。


話を戻す。こうして派遣された代表団は戦艦2隻とその護衛8隻に分乗し、回廊を抜けてきた日本側巡航偵察艦「三瀬」の先導により回廊へと入った。
――時に、宇宙暦789年1月10日のことである。

そして、彼らは日本側の過剰ともいえる防衛網を目の当たりにした。
回廊入口部に展開された無数の機動爆雷原と、戦艦そのものが大砲になったような大型火砲の数々。
そしてヤン・ウェンリー中佐の推察通りなら移動ができる「要塞」の周囲には、アルテミスの首飾りのように火器や小型の要塞が周回していた。
いずれも、同盟側の軍艦をはるかにしのぐ巨大なものである。

ようやくワープを実行し、次に飛び込んできたのは、それらを数倍したような恐ろしく重武装な防御地帯。
御丁寧にも航路を開けるべく全長が30キロを超える彼らいわく「機動鎮守府」が動き出したときは武官たちはおろか、その光景を見守っていた文官たちからもどよめきが沸き起こっていたほどだ。
そして、彼らは3日をかけてようやく要塞の最深部に到達していた。

139 :ひゅうが:2012/01/18(水) 15:37:32
「白い輝きに満ちた空間に展開するのは、白い熱線反射塗料に身を包んだ円錐形や球体、円筒形の群れだった・・・か。」

「そして我々のものとは少し違う戦闘艦たちも、です。特使。」

同盟側派遣団は、白色輝巨星の陽のもとで、ようやく自分たちサイズの艦隊を合流することができていた。
予定によれば、ここで「三瀬」たちは先導艦の任を解かれ、新たにサジタリウス回廊防衛軍集団(第1軍集団)に所属する正規艦隊のうちの2艦がこれを引き継ぐという。
その前に、派遣団は要塞中枢で歓迎式典を受けていたのだった。

幸いにもというべきか、白地に金ボタンという礼装を身にまとった日本帝国宇宙軍の将帥や士官たちは彼らを歓迎してくれ、回廊防衛の装備の一端についても熱心に教授してくれたのだ。


「ここをもしも突破しようと思ったら、どれだけの兵力が必要になるかね?」

トリューニヒトは、共に歩いているシトレ大将にそう尋ねた。

「・・・まず、最低でも15万・・・いえ20万隻はいるでしょうな。あの『巨砲』が運用できるなら何とか勝負にはなりますが、これでは要塞ひとつに肉薄しても他の要塞や陣地群からの支援砲撃によってたちまち優位を崩されてしまいます。」

「ということは、『旅順要塞攻防戦や第1次大戦時のように機関銃陣地に生身で突撃するようなもの』ということか。」

シトレは、ほう、と眉を上げた。

「お詳しいですな。」

「いやなに、ヤン中佐とパエッタ少将の受け売りだよ。こっちは又聞きだが。」

ああ、ヤンですか。とシトレは頷く。
思えばあれは問題児だったが、それ以上に光るものがあったように思った。だから戦史科の廃止時に戦略科に転科させたのだ。

「ヤン中佐はもとは戦史科の在籍です。古今の歴史上の戦闘についてはヤンに訊けばほぼ間違いはないでしょう。」

「なるほど。同盟の新たなる英雄の強さの秘訣は過去に学ぶということなのか。いや、私も勉強しなければ。」

左様で。とシトレは頷いた。
このトリューニヒトという男の真意は測りかねる。表向きは愛国的な政治家だが、どうもそれだけではない。かといってそれを読み切れるほどではない。

有り体に言えば、胡散臭いのだ。


「こちらです。どうぞ。」

ドアに手をかざして不在確認をとったらしい先導の士官が、にこやかな東洋的微笑とともに彼らいざなった。
要塞内の軍港に隣接する一室。会議室と書かれたその場所のドアは自動で開いた。
と同時にドアからは立体映像で入室者の情報(彼らはVISITORと書かれた簡易カードを胸ポケットに入れるようにいわれていた)が表示される。


「ようこそ。自由惑星同盟の皆さん。これより皆さまを日本本土へ御案内する役目を仰せつかりました。宇宙軍統合軍令本部次長 嶋田中将です。」

礼装ではなく黒の第2種軍装を着用し、制帽を被った人物が敬礼をしてきた。


「あ・・・ああ、よろしく。ところで嶋田中将。」

「何か?」

なぜか冷や汗をかきながら、シトレは怜悧な嶋田の返答に対し質問を投げかけた。

「失礼だが・・・御いくつで?」

「これでも閣下と同様に年数を喰っております。――ああ、そういうことではなく、なぜ私がこの姿をしているか、という話でしたね?」

と述べた嶋田は、見事な金髪をなびかせ、俯いた。

「戦傷・・・そういうことにしておいてください。(おのれMMJ・・・この時代の夢幻会の「嶋田元帥ならこの姿っしょ!」的なネタが電脳化で実現できるとはいえまさか本当にこの姿にするとは・・・)」

どこぞの八百万の神様がいらっしゃるお湯屋の下働きよろしくいつのまにか名前を変えられていた軍籍簿を思い出しつつ、嶋田「茉莉」中将は表面上はにこやかに二人の人物のいたわるような眼に耐えた。

彼女は知らない。お祭り好きな某宮様とかが政府を巻き込んで彼女に「そのまんまで」という「訓令」を下すということを。
というか、外見的には既に集団意識の影響を受けている嶋田は髪と目の色以外はあんまり変わっていないということに本人はまだ気付いていなかった。

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最終更新:2012年01月29日 19:07