11 :ひゅうが:2012/01/17(火) 19:43:11
ネタ短編―派遣船団―1
――同 皇紀4249(宇宙暦789)年6月 銀河系 サジタリウス腕
自由惑星同盟領 エア星系
そこは、白い回廊だった。
文字通り宇宙が白い。
強力な重力や星間物質の作用により、サジタリウス(エア)回廊の中央部に位置している白色輝巨星「スサノオ」が発するあのリゲルの倍近い膨大な量の光が屈折し、また放射される電磁エネルギーに銀河中心核から流れ来るエネルギーが加わり、トンネル状になっている回廊外郭が淡い光を放っているのだ。
自由惑星同盟軍 統合作戦本部「付」であるヤン・ウェンリー中佐は、そんな回廊の様子をぼうっと見つめていた。
「ヤン・ウェンリー中佐。」
はぁ。と返事をしたヤンを、声をかけた男は呆れたように、しかし仕方がないかという風に肩をすくめて軽く笑ってみせた。
「何か御用ですか?パエッタ閣下。」
「いやなに。またぞろ君がぼけっとしているようだから、話し相手でもつとめてもらおうと思ってな。」
と、少し悪人面に見える中年の男は笑った。
彼の名はレオン・パエッタ。自由惑星同盟軍で少将の地位にある。一貫して前線に立ってきた武闘派の軍人であり、それゆえに今回の使節団派遣に際しては実質的な武官団のまとめ役となっている。
部下からの受けは必ずしもよいとは言い難い人物ではあるが、何があったのか彼はヤンに積極的に関わろうとしているらしい。
キャゼルヌによれば自ら功を誇ろうとしない姿勢が彼の琴線に触ったということだが、ヤンにしてみれば新国家との接触という重大ニュースに触れたマスコミが移り気の症状を発生させて興味を失ったところに、あのリンチ少将へのバッシングをたくらんだイエローペーパーを追い払っただけと思っているため、有難迷惑という言葉がぴったりだった。
が、パエッタにしてみればヤンは「なかなかの知略と決断力を持ちながらも英雄願望に陶酔することがなく、有能な若手士官」と映ったらしい(ヤンがメディアにちやほやされるのに甘んじていたのなら話は別だったのかもしれないが)。
それに、昨年の惑星エコニアで巻き込まれた事件の解決という功績を立てたこともあって、パエッタのヤンへの評価は一定のものとなっているということだった。
ために、第8艦隊司令長官シトレ大将を武官長とする派遣将校団の中に「箔付け」のために放り込まれたヤンをみつけたパエッタはヤンが閑を持て余していることをいいことにさんざん彼を引っ張り回していたのだった。
案外、文官代表で全権をつとめているあのトリューニヒト氏に近付いて出世をもくろんでいるという噂がたち同僚や旧友から敬遠されているのがこたえているのかもしれない。
断っても部屋まで押し掛けてきて彼いわく「世話を焼く」のが確実なのでヤンは溜息をひとつしてから戦艦「アキレス」のブリッジ横にあるデッキに備え付けであるテーブルに腰を下ろした。
「さっきからブリッジが騒がしいのですが、どうかしたのですか?」
黙っているだけでも芸がないためにヤンは当たり障りのない会話を試みた。
気を許した相手には甘いらしいパエッタはヤンが手にしている紅茶が入った紙コップにブランデーを少々垂らしている。
「ん?気付かなかったのか?」
呆れたな。とパエッタは肩をすくめる。
12 :ひゅうが:2012/01/17(火) 19:43:43
「大方、白い宙域はどうなっているのだろうかとか、回廊の構造とその防衛方法に頭を捻っていたのだろうが――」
図星だった。
「前をみてみろ。」
ブリッジの上方では、呼び出されたらしい「校長先生」ことシトレ大将と全権のトリューニヒトが厳しい視線をスクリーンに送っている。
「先ほど会同した日本側の戦艦が送ってきた航路情報と、超光速センサーが捉えた前方の光景だ。・・・ん?こいつもう夢中になってやがる。」
パエッタが横で言っている通り、ヤンは前方に展開される光景に目を奪われていた。
機雷原を抜けた先に待っていたのは――
「何だ・・・あれは。あれが要塞なのか?」
モニターには、航路図に大きく「金剛」という文字が躍っている。
そして、センサーが捉えたリアルタイムでの30光秒先の光景は、ヤンの目を見張らせるのに十分なものだった。
外見は、円錐形を前から見ているものに似ている。
センサーによれば大きさは全長約21kmほど。「それ」を中心にして半径数光秒には同心円状に円筒形の物体や「それ」の縮小版のような円錐形が並んでいた。円の外側と内側には無数の軍艦に似た何かが浮いている。
物騒なことに「それ」はこの艦と正対し、砲門とみられる円筒形をこちらに向けていた。
「前方の要塞より信号!『ようこそ大日本帝国へ。我ら『金剛』乗組員一同、貴艦隊を歓迎す。』」
今度はヤンも報告を聞いていた。
「返信、『歓迎恐縮なり。願わくば我ら筒先を合わせられんことを切に希望す。』」
シトレ大将が間髪をいれずに凛とした命令を下した。
伝令はしゃちほこばって敬礼し、命令を復唱しまわれ右をした。
「あの要塞についている円筒形はまさか砲か?地球時代の戦艦のような砲塔としたらあれだけの大きさだ、イゼルローンの浮遊砲台よりもはるかに大きく威力が――もしかしたらトールハンマーなみの射程があるのか?周囲に散らばっている円筒形も単一の砲だとすれば威力は・・・射程はどうなる?これじゃあ我々は射程外から一方的に撃たれ続けることになるのでは――」
「おい、ヤン中佐?」
「あ。すみません。」
ヤンはベレー帽を脱いで頭を掻いた。
「それで、期待の俊英がみるところ、『あれ』はどういうものだと思う?要塞にしては形が変だが。」
「そうですね。」
ヤンは頷いた。
確かに。宇宙空間の星が球形であるように、無重力空間において物体が最も安定するのは球体である。
事実、イゼルローン要塞を筆頭にした宇宙要塞はそうした形をとっている。
だのに目の前にあるのは、円筒形だ。
「あれは・・・宇宙船かもしれません。」
「要塞ではなく?」
パエッタが首をひねる。
「はい。あれが角度を使って装甲厚を稼ぐためのものと仮定することもできます。しかし、それでは円錐の底面の部分では無意味になってしまいます。そしてあの砲門の配置は円錐の軸線上に位置しています。――宇宙戦艦のように。」
パエッタは一瞬目を見開き、なるほどなと言った。
「底面にはエンジンがある、か。考えてみればこの潮流の激しい回廊で運用するにはそういう設備が必要か。ということはあれか?要塞のような大きさの巨大戦艦が前進してきたと?」
「いえ。それはないでしょう。」
「何故だ。」
「この位置は、回廊に入ってから安全にワープをできる最初の場所です。そこを守るために『あれ』は存在するのでしょう。しかし向こうさんから提示された航路図には、巨大な白色輝恒星が中央部にあり、また回廊もまるで砂時計のように狭まっているということが記されています。――確実に防衛拠点が構築されていますよ。」
パエッタは瞠目し、顔をひきつらせた。
いつのまにか、艦橋の視線が彼らに集中している。
「まったく。空恐ろしいことになりそうだな。」
パエッタが言った言葉は、この後数日間見事に証明され続けることになる。
最終更新:2012年01月29日 19:09