160 :ひゅうが:2012/01/18(水) 19:11:12

――同 皇紀4249(宇宙暦789=帝国暦480)年1月 銀河系 南十字腕
  「伊予・安芸星域」

大日本帝国の地方制度はいくつかの星系(国)をあわせた「道」あるいは「州」と呼ばれる行政区画を基本としている。星系ごとの自治制度こそ緩いが、道あるいは州への中央政府の監査統制と自治は司法をあわせた疑似的な三権分立という厳しいものになっている。
一例を挙げれば、自由惑星同盟における星あるいは星系首相は「知事」とされ官選。副知事が民選である。
こうした点を見る限り、日本帝国という国家はどちらかといえば中央集権的といえる連邦制をとっている。

これは、銀河連邦崩壊時にルドルフ・フォン・ゴールデンバウムに対抗し「大遷都」を実行するために行われたものの名残であり、常に銀河帝国による追撃を警戒していたためであった。

銀河連邦時代の自国領内には日本神話の神々の名がつけられていたのではあるが、「大遷都」後の日本帝国は各地の星系に地球時代の日本列島やその古名を名付けている。
彼らは二度と本土喪失という事態を引き起こす意思は持っていない。言いかえれば、新たな大地を是が非でも守り切るというそれは決意表明であるのだ。

「すごい密度ですね。」

「この『瀬戸』は南十字腕の大動脈ですからね。帝都へ向かうためにこれから向かうサザンクロス回廊を通る『東海道』はこんなものではありません。」

艦長の言になるほど。とヤンは頷いた。
ここは、日本側の汎用戦闘艦「秋月」のブリッジ。
連絡武官として交換の形で日本側の武官と引き換えに彼はこちらへ乗り込んでいた。
当初はどんな中身なのかと戦々恐々としていたヤンだが、ブリッジは思いのほか普通に見える。
配置は同盟軍の戦闘艦に似ているが、視界を重視するために全天モニターで囲まれた中心にコンパクトにまとめられたブリッジが配置されているのでヤンにとっては単座式戦闘艇に乗った時のように宇宙空間にぽつんと浮かんでいるような気分になり、あまり落ち着かない。
ブリッジには艦長だという男性と操艦手と呼ばれる女性のほかは増設されたアドミラルシートに座る嶋田中将とヤン以外に人はいなかった。

不思議に思って尋ねてみると、小型艦のために制御にそれほど人手を使うわけではないらしい。それに、必要となれば機関長や各砲塔にいる乗組員をモニターに投影し疑似的な艦橋を作りだすこともできるため常に艦橋につめる必要もないのだという。
嶋田提督いわく、「電脳化が前提のシステムだが、こういうものはなくならない」らしい。


ヤンたち一行が回廊を抜けてから初の長距離ワープを行った先にあったのは、まるでハイネセンのフリーウェイのような宇宙船の列だった。
一行はその外側を悠然と高速で進み始めていたのだ。


「周囲の船舶には十分距離をとるように伝達。」

嶋田提督が脚を組み直しながら言った。

「了解しました。」

見ていると、艦長がどこからか空間投影パネルに文章を呼び出し、それを指先ひとつで「通信」と書かれたアイコンに投じている。
どうやら信号発信も自動化されているらしい。

161 :ひゅうが:2012/01/18(水) 19:11:50
「自動化が進んでいるのですね。」

「おや?漢字が読めるのか――そうか。ヤン中佐は中華系だったな。そうだ。我々は銀河連邦を継承した帝国に対抗するためには圧倒的に数が足りなかったからな。
経済的発展を優先するためにどうしても省力化が必要だった。」

嶋田提督はそう説明してくれた。
この人物は意外と面倒見がいいようで、ヤンの質問にはたいてい答えてくれている。
嶋田にしてみれば物語で知っている主役級の人間を相手にして少し舞い上がっているのだが、軍用義体は某義眼レベルで嶋田の「見せたくない」表情を隠しきっていた。

「はぁ。名前表記がE(イースタン)式である以外はそれほど自覚があるものでもないですが。」

「だろうな。あの戦争以後は特にそうなっている。」

ヤンは頷くにとどめた。
内心は驚きの感情を覚えている。伊達に4000年以上の歴史を誇るわけではない。でなければ900年前のシリウス戦役をこともなげに「あの戦争」などとは言わない。

「ヤン中佐は――」

ヤンの思考を中断させ、嶋田提督は言った。

「民主主義は最悪の政治体制だという言葉を知っているかな?」

「いえ。」

「はは。そうしかめっ面をしないでほしい、悪かった。その言葉には『それ以外に比べてはるかにマシであるが』と続く。ウィンストン・チャーチル卿の言葉だ。」

「第2次大戦時の悲劇の英国宰相でしたか。」

ヤンの返答に嶋田は頷いた。
そうか。我々が変更した歴史にあってはチャーチルはそうなっているな。第2次大戦回顧録も書いていない。

「そうだ。統治者にNoを言え、無血で交代させることができるという一点において民主政治――というよりは議会政治は独裁や専制政治に勝っているという意味だ。」

「君主制国家の方からそんなことを聞くとは思ってもみませんでした。」

「まぁ、ギリシアとペルシャの昔から民主政治と君主制時のどちらがマシかという問題は議論されてきたがね。
私は共和制よりも立憲君主制――いや統治者と権威者を分離する方式の方がいいかもしれないと言っておくことにするよ。これでも私は大日本帝国の軍人だから。」

「権威者と統治者、ですか?」

うん。と嶋田は頷く。

「専制者というものはその人格や伝統をもって権威を帯び、統治にあたって独裁的な権力を振るう。
だが、最初から権威を持つ者から統治権を離しておけば、独裁的にはなっても専制者にはなれない。権威を持つ者が権威としての継続性と伝統を継承している限り専制者はそれを上回るものを持てない。
よしんば制度疲労を起こしても、権威者はそのままにして統治機構を作りなおせばいい。」

「王権神授説の神の役割を君主に置き、統治者を王にするわけですか?どうも納得しがたいのですが。」

「日本の歴史はそうしたことの繰り返しだよ。ヤン中佐。統治者がいくら変わろうとも皇室はそのまま君臨され続けてきた。現状の議会政治が暴君を生まない、生んでも排除するシステムであるなら、皇室は議会と統治者の両方に任免の正当性を付託するシステムであるといえるのかもしれないな。三者ともに幸福でいられる。」

おっと、これは言いすぎか。と嶋田提督は話題を打ち切った。

「少なくとも、我々は陛下を敬しているし、人間が皆賢いとも思っていない。それだけは覚えておいてほしい。」

ヤンは頷いた。
自由惑星同盟の中の極右共和制一派が日本帝国の共和主義者への援助を主張していることへ釘を刺したのだろう。と彼はそう理解していた。


「さて。今日中には呉へ寄港し、帝都へ出発できるだろう。そろそろ食事にしないかね?」

どうも似合わぬことをすると腹が減る、と言った嶋田に、ヤンは「お供します。」と返した。

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最終更新:2012年01月29日 19:11