265 :ひゅうが:2012/01/18(水) 23:54:21
本日最後の投稿です。


ネタ――幕間 「協議」



――同 フェザーン自治領 ホテル・シャングリラ


「では、はじめましょうか。」

二コリと笑った相手に、フェザーン駐在の高等弁務官 レムシャイド伯は冷や汗を流しながら頷いた。
理由は簡単。この場には「自由惑星同盟を僭称する叛徒ども」が仲介者という名目で存在しており、そのため――

「用向きは何だ?わざわざ叛徒どもに仲介を頼むなど、我らを侮辱しているのか!?」

こいつだ。とレムシャイド伯は苦虫を噛み潰したかのような苦い思いに囚われていた。
スピッツベルゲン候フリードリヒ。
財務尚書カストロプ公オイゲンの一門に連なり、カストロプ公に可愛がられている人物である。
典礼省の禄を食む彼は、高等弁務官府の弁務官補佐官という地位にある。
しかし、帝国においては官僚の地位は宮中での力関係といずれの権門に属しているかで決まるといっていい。

もちろんそういったものを感じさせない誠実で有能な人物もいる。ほかならぬカストロプ公の一門に属する典礼省出仕マリーンドルフ伯フランツなどがその代表例である。
だが、そのおおよそはそういったものに甘えており、ことにスピッツベルゲン候は典型的な「貴族のどら息子」といってもよかった。

「そちらは?」

笑みを張りつかせたままの日本側の相手がはじめて気付いたかのようにスピッツベルゲン候の方を見、レムシャイド伯の方に視線を向ける。

「失礼、補佐官のスピッツベルゲン候です。」

「ほう、お若いのに、優秀でいらっしゃるのですね。」

にっこり笑う銀髪の女性に、レムシャイド伯は背筋を冷や汗が伝う感覚を覚えている。
この人物、極秘裏に接触を求める銀河帝国国務省の求めに応じてやってきた「特使」は、ただものではない。
生来人の上に立つことに慣れ、そのための努力と研鑽を怠っていないという「高貴なる義務」を心得ている人物だ。
レムシャイド伯にしても海千山千といわれる貴族政治家である。
だが、300年以上の歴史を誇る(彼の家は分家なのだ)家に生まれた彼をして、目の前の人物が発散している何か気品のようなものは想像を絶していた。

銀河帝国が西欧系の国家である以上、東洋的と評するしかない目の前の人物を評するにはいささか経験が不足していたことを彼は認めていた。
だが、柳眉の角度をわずかに変え、目をほんのわずかに細めるだけで「不愉快である」と相手に悟らせる技術は、そこらの貴族ではありえない。
明らかに長い伝統に裏打ちされた文化的な教養を感じさせるものだった。

「そうだとも。女の相手をしている暇はないのだ。」

こいつは・・・とレムシャイド伯は頭を抱えたくなった。
当初、国務省は勅許による代表団派遣を模索していた。しかし、調整は(理由はわからないが)難航を極め、自由惑星同盟側の妨害もありほとんど予定が決まっていなかった。

そんなとき、唐突に同盟側の態度が軟化。電光石火の勢いで実務協議の開始が提案されたのだ。
実際のところ、帝国への接触を警戒するあまりの同盟側の妨害に苛立った日本帝国外務省により同盟側に特使派遣の強行が通告されかけ、慌てた外交委員長が許可を与えただけだったのだが、帝国側は慌てた。
フェザーンに向け既に実務者は出発しており、一方の帝国側は交渉の正使にいかなる権限を持たせるべきかという基本的なことの討論が延々と続いていたのだから。
慌てた国務省は、外交的経験を有するフェザーン高等弁務官府に実務協議を丸投げし時間稼ぎを図ったのである。

それを見たカストロプ公が何とか自分の利益を誘導したいという強欲ゆえの色を出した。
そして、腰かけポストとしてこの地位に置かれていたスピッツベルゲン候に何事かを言い含めたらしい。

266 :ひゅうが:2012/01/18(水) 23:55:09
以来、スピッツベルゲン候は自分こそが帝国の代表者なりという顔をしてレムシャイド伯の横にい続ける。


「そうですか。」

やめてくれ・・・そんな顔をできる人物がただの人間であるはずがない。
これ以上訊いてしまえば、大変なことになる――
レムシャイド伯は顔が引きつるのを堪えながら、何とか話題を変えようとしたところで彼女の顔に気付いた。
彼女は、微笑していた。

おそろしい――

彼の中を恐怖が駆け巡る。見ると、同盟側の案内人をつとめているらしい木端役人も同様な顔をしている。
ああ。こいつも何かやらかしたな。

「はじめまして。私(わたくし)は月詠宮皐月と申します。」

「み、宮?」

「はい。一応はそちら風にいうなら貴族としての地位にあるということになります。そちらに配慮しまして。」

レムシャイド伯は、自分の持てる伝手を使って取り寄せた地球時代から連邦時代にかけての日本についての書籍の内容を想起し、愕然となった。
「~のみや」とある姓を持つ者は確か――


「辺境の名ばかりのものだろう?だが言ってみろ。我が家は帝国建国以来の名門だ。
どうせ200年も伝統を持っていないのだろう、どれくらいの歴史を持っているのだ?」

レムシャイド伯が口を開く前に、バカは(既にレムシャイド伯の中にあってこいつの名前はバカに確定していた)決定的な一言を言ってしまった。


「そうですね――月面遷都が西暦で2201年ですから・・・1688年ほどですね。」

ニコリ。
彼女は典雅に笑った。
スピッツベルゲン候はきょとんとしている。

「爵位は、ありません。」

「そ、それみろ、だから――」

絶句したらしいバカは無駄なあがきとばかりに言葉を継ぎ。

「皇族ですので。」


彼女の一言、そして、彼を憐れむかのような視線と微笑に、真っ赤になって立ちあがった。

「見苦しいですぞ。候。」

レムシャイド伯は耐えきれず、怒りを込めて言った。
候は真っ青になり・・・ふらふらと席についた。

「侯爵はお疲れの御様子ですね。いずれ日を改めたようがよろしいですか?」

「どうもそのようですな。」

では、と女性、皐月は席を立った。

「にしてもお人が悪い。実務協議でいきなり皇族が来られるとは。」

レムシャイド伯は負け惜しみのようにそう述べた。
しかし、皐月は今度は苦笑で返してきた。

「いえ。外務省では私は実務者でして。」


レムシャイド伯は目を見開き、そして何かをこらえるかのように首を振った。

「では、お大事に。」

パタン――と戸は閉じられた。




【あとがき】――なんだか帝国側の反応を希望される方が多いようですので一筆書いてみました。

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最終更新:2012年02月29日 23:29