773 :ひゅうが:2012/01/21(土) 18:30:51
→771 乙です。私のほうもちょっと投稿いたします。→622-624の続きです。


ネタ――会見2


――同 皇紀4249(宇宙暦789=帝国暦480)年1月
  日本帝国 帝都「宙京」 皇居「松の間」


そこは、豪華とは言い難い空間だった。
しかし、控えの間とはまったく違う丹朱色の絨毯が敷かれ、儀典の場らしく比較的広々とした空間が広がっている。
日本建築らしい落ち着いた空間の外郭は古典的な御簾と几帳の色彩が彩っており、一段高くなっている奥の玉座と段の部分には金色の菊花紋があった。
天井は、漆塗りの格子で仕切られ、それぞれに様々な花の意匠があしらわれている。
銀河帝国のそれのように石材を用いてはおらず、いずれも木材の質感を前面にし落ち着いた、しかし厳粛な佇まいだった。

「跪く必要はありますか?」

「いえ。その必要はありません。」

牧野内府の言葉に、一行はほっとした。
何しろ、自分たちは民主共和政国家の代表団だ。いくら敵対していないとはいえ、君主の前で跪くのは世論に障りがある。

ヤンをはじめ、側付きとしてついてきていた記録係はこの空間の構成に驚いた様子だった。
銀河帝国が誇る新無憂宮の黒真珠の間では、白い大理石でできた階段の上に玉座が置かれており、臣下はその段下で跪かなければならない。
そういった「常識」と比べると、この玉座の間は「あまりに近すぎる」のだった。

やがて、どん、どんという太鼓の音が遠くから響いてきた。

「主上の御成りでございます。」

全権であるトリューニヒトを先頭に、武官のシトレ大将を右後方、そして側付きであるヤンと記録係の一人がその後ろに並んで立っている。
その向って右側に牧野内府は移動し、松の間の反対側には撮影班がついた。

と、おもむろに右奥の扉が開かれ、長身の男性が入室してくる。
これといって特別な特徴はないが、微笑をたたえた顔と燕尾服に身を包んだかの人に、牧野内府が頭を下げた。
あわててトリューニヒト以外の一行がそれに倣う。
トリューニヒトは軽く頭を下げる程度だった。民主共和政国家という建前からすると全権を委譲されている彼は頭を下げない方がよいのだろう。
ふとヤンはトリューニヒトの顔を見た。彼は、ひどく緊張していた。

日本帝国の国家元首は彼らの前に立った。
そして、檀上で立ったまま、礼からなおった牧野内府に問う。

「牧野。この方々は?」

低くはないが、不思議な重みのある声だった。

「はい。本日来朝されました、自由惑星同盟の全権外交交渉団の方にございます。」

牧野内府は目で侍従たちに合図を送る。
すると、漆塗りの箱に乗せられた信任状を手にした若い侍従が後方から進み出、一礼してかの人の前にそれを差し出す。

牧野内府は、トリューニヒトの方を見て黙って頷いた。

「自由惑星同盟の政府たる最高評議会および同盟議会より国権を代表し外交交渉の全権を付託されました、特命全権大使 ヨブ・トリューニヒトと申します。
貴国との国交樹立交渉のためにやって参りました。後ろにおりますのは我が国の武官と記録係となっております我が国の報道協会員です。右から――」

名前が読み上げられ、一行は軽く頭を下げた。

「話は聞いています。遠路はるばるようこそ。長旅大変だったでしょう。」

彼は、月のような笑みを浮かべて労をねぎらった。
そして――

「おおっ・・・」

774 :ひゅうが:2012/01/21(土) 18:31:25

報道班からざわめきが起こって、あわてて止まった。
牧野内府も一瞬目を見開いている。
かの方は、一段上から皆がいるところに何でもないという風に降り、トリューニヒトの前まで歩み寄ってきたのだ。

「貴国は大変な苦労をされて国をつくり、そして守ってきたとか。わが国と貴国、よき友人として末永くあることを願います。」

と、そう述べられた。
かの人は、儀礼に則って信任状を受け取った。

「陛下。」

目を見開いて事の成り行きについていくのがやっとだったトリューニヒトが少しかすれた声で言った。

「我々も、まったく同じ気持ちです。互いによき友邦となりたく思うこと、まったく同感です。」

それはよかった。と陛下は今度は嬉しそうに笑われた。

「信任状確かに受けとりました。滞在の間、不自由なことなどありましたら遠慮なく申し出てください。」

かの人は、手を差し出した。
トリューニヒトは、わずかに遅れてそれを受け、二人は握手をした。



儀式は終わった。

「特使。お疲れ様でした。」

別室に戻り、疲れたように座り込むトリューニヒトにオリベイラ教授がそう言った。

「ああ・・・本当に。政治家として意地を張るのがこれほど疲れるとは思わなかったよ。」

「仕方がないでしょう。歴史と伝統の重みは――」

おっと、民主共和政下の軍人としてこれは失言かといいながらシトレ大将がぎこちなく苦笑した。

「世界最古の王朝の継承者、歴史のはじまりから存在する皇室。なるほど――これはすごい。」

「友人、か。」

トリューニヒトはかみしめるように言った。

「いいものだな。」

「はい。」

全員が、頷いた。


――のちに、この歴史に残る映像は野党の一部から「民主共和政国家の全権でありながら君主に対し頭を下げた」と指摘され、少なからず物議を醸すことになる。
この件に関し、トリューニヒトの公式な返答はただ「苦笑する」だけであったという。

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最終更新:2012年01月29日 20:20