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ネタの前史――「前夜」

――宇宙暦307年2月 アルデバラン星系第6惑星テオリア


通りは、熱気に包まれていた。
車はひっきりなしに行き交い、空には宇宙へ上がってゆく往還機が絶えない。
それもその筈。
人類の統合政体としては史上3つ目となる国家は、第2の黄金時代を迎えようとしていたのである。
綱紀は粛清され、星間交通路は再び安定を取り戻し、そして国家財政は抜本的な租税改革によって安定を見ていた。

つい15年ほど前までこの国――銀河連邦を覆っていた停滞の憂鬱は見事に吹き払われつつあったのだ。
その象徴となるのが、今現出している光景だった。

遷都。

人類の発祥の地である地球やシリウスなどの名の知れた星々には近いものの、この200年あまりで爆発的に拡大した人類の版図からすればこの惑星は端にありすぎた。
そのため、無理をして通した星間交通は混雑を極め、結果として幹線航路を維持する労力に手をとられ各州や共和国に任せきりだった星間航路は宇宙海賊たちの跳梁するところとなっていた。

これに対し、自ら辣腕をふるい続けるルドルフ・フォン・ゴールデンバウム執政官は単純明快な「遷都」という方法をもって航路の再編を敢行しようとしていたのである。
星間財閥や政治圧力団体が根付きすぎていたテオリアから、新たに「天国」を意味する美しいヴァルハラ星系に5000光年の大移動を行う。

この大事業は連邦市民を熱狂させた。
いわく、さすがあの人だ。
これでまた仕事につける。
強引だという人もいるが、今の連邦には強引さこそが必要なのだ。と。


そんなテオリアの市街地を歩いている男がいる。
復古的な趣味を持つ執政官にあわせてか、タキシードにシルクハットという出で立ちだ。
彼は、軽い足取りで道路を歩き、この町でも老舗といわれるホテル――これも移転の準備をしている――へ入っていった。
フロントでなにがしかを言うと、応対したベルボーイがにこやかに笑い、彼のステッキとフロッグコートを預かった。

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男は、白髪の混じり始めた頭髪を優雅なしぐさで整えると、ホテル内の中等よりやや上等なバーへ入っていった。
彼を見つけたウェイターも慣れたもので、男を別室へ案内していく。
伝統と格式を誇るこのホテルは、こういったことをさりげなくやれる上に秘密は必ず守るという一事をもって「老舗」の名を冠することが許されるのだ。


「やはり、間違いがないようですな。」

「はい。嶋田閣下。執政官殿は明後日、挙国一致政権の参加者たる若手議員たちによる発議によりその称号に『終身』の字がつきます。」

はぁぁ・・・と、男は思い切り息を吐き出した。

地球時代の帆船の模型が飾られたアイリッシュスタイルの一室。
そこで男を待っていた極東系の男性は、苦い顔で俯く。

「マールヴァラ公。お疲れ様でした。気取られてはいないですね?」

「勿論。何せ、こういう姿形をしていますからな。執政官殿の頭の足りない取り巻き連中はそれで納得してくれています。」

やれやれ。という風に男、当代のマールヴァラ公爵は首を振った。
それに、日本帝国で首相をつとめる嶋田忠道は泣きそうな苦笑で応じる。

「まったく――このところ愛すべき連邦市民諸君は浅慮に過ぎる。やはりこうなってしまうとは・・・」

「水は低きに流れるものですよ。総理。そうでなければ軍事力を押さえただけで満足して失策を続けはしません。」


「――さっそく、準備をはじめないとならないでしょうな。それも早急に。」

英国紳士にして、日本帝国と長年の付き合いを続ける英国王室の忠臣たるマールヴァラ公爵は、まるで先祖のように雄々しくうなづいた。

「はい。我々は決してあきらめてはならないのです。たとえ我々以外のすべてが我々を裏切ったとしても。」


――のちに、「大遷都」と称される国家ぐるみでの大移動計画。それは、この瞬間正式に始動することになった。

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最終更新:2012年01月30日 19:38