415 :ひゅうが:2012/01/25(水) 19:15:00

ネタ「銀河憂鬱伝説」――演習対戦


――同 日本帝国宇宙軍大学校 第1演習実技室


「なるほど。考えたな。」

嶋田茉莉中将(本人は繁太郎としての意識が強いが)は、自分の知識と照らし合わせ、ヤン・ウェンリーが行おうとしている戦術を見てニヤリと笑った。

目の前では、立体映像で再現された軍艦のブリッジで歯を食いしばっている彼(彼女?)の後輩たちの姿がある。
第1演習実技室では、ホログラムを用いた実技演習が行われてた。
交流の一環としてこの演習設備を使ってみるという名目であるが、同盟側にしてみれば国力で圧倒する日本帝国に対し一矢を報いるという気持ちであったし、日本側はともすれば慢心しかねない部下たちに気合を入れるという気分であった。

やれやれ。早く引退して今度こそ平穏な日常生活を送りたいものだ。と嶋田は思う。
この世界にやってきてから数十年を平穏に過ごせたことから、嶋田は「嶋田繁太郎」だった時のように生涯のほとんどを仕事に費やした頃のような平穏への渇望をやや和らげている。

が、それが夢幻会の一同の嫉妬を買ったらしく、こうして仕事を次々にもらう結果となっていた。
根が真面目な嶋田としてはやらないという選択肢を持っていなかったが、いくら処理能力が転生と電脳化で底上げされていてもいささか精神的な疲れは覚えるものだった。
まして、元が大日本帝国宰相を経験した男であるだけあって要領がよくどんどん出世してしまうとあっては。

「さて『提督』。どうするかね?回廊へ後退し迎撃網を再構築するか?」

嶋田は、今回の演習の指揮官役である宇宙軍大学校学生に向かって言った。

「いえ閣下。それをやってしまっては後方で伏せられている部隊による伏撃を食らいます。釣り野伏は勘弁です。ここは現宙域に停止し迎撃戦を開始します。ついては後備部隊については独自に行動され、敵の兵站への圧力をお願いします。」

うん。まぁ合格点だな。と嶋田は頷いた。

今回の想定は、日本帝国全域と自由惑星同盟領を舞台とした戦闘だ。
想定状況は同盟内で一部財閥と軍が結託したクーデターにより軍事独裁政権が成立。
主力艦隊はイゼルローン回廊から侵出してくる敵艦隊への対処のためにパランティア星系から動けずに待機している。
これに対し日本側は同盟最高評議会委員のよる要請を受けクーデターへの介入を決定、クーデター政権側も保有する艦隊による迎撃を敢行しようとしているというものである。
日本側の勝利条件は、バーラト星系の奪取とクーデター政権艦隊の撃滅。
同盟側の勝利条件は、日本側が投入する機動鎮守府級戦艦1隻以上の撃破もしくは艦隊司令部1個の殲滅(エア回廊の一定宙域の確保も含む)である。

なお、投入戦力は同盟側が4個艦隊4万6千隻。日本側は、3個機動鎮守府級戦艦と2個艦隊2万5000隻であった。


まず、同盟側の総指揮官をつとめるシトレ大将と艦隊司令官役のヤン中佐は艦隊の全力を挙げてエア回廊へ遮二無二侵攻。
出動準備を整えていた日本側艦隊は、学生である国木田少佐(第10期首席)を総指揮官とし高橋少佐を艦隊司令官に、嶋田を艦隊司令官兼機動鎮守府級戦艦「薩摩」艦長として助っ人に置いていたがこのうち高橋艦隊(高速艦で編成される)を迎撃に先発させていた。

もとが日本側主導による侵攻作戦であるために相互支援が可能な位置に高橋艦隊をおき国木田艦隊(+機動鎮守府2隻)が主隊として迎撃と侵攻を図ったのだが、そこへヤン艦隊がエア回廊への突入コースをとっているという報告が入った。
あわてた国木田艦隊は高橋艦隊に回頭と合流を下命するも、合流前に今度はシトレ艦隊が高橋艦隊方向から時間を見計らって突進。
結果、高橋艦隊の合流と入り乱れ、乱戦状態が出現してしまったのである。

――日本側は、後方に展開するヤン艦隊の来襲前に司令部を回廊まで後退させるか、乱戦覚悟でシトレ艦隊の排除にかからなければならなくなってしまったのだった。

416 :ひゅうが:2012/01/25(水) 19:15:39


「了解したよ。これで高橋艦隊を見捨てて回廊へ逃げ込もうとすれば、君に鉄拳制裁をやっているところだ。ヤン艦隊の自爆攻撃を食らっていたと思うからね。」

「自爆攻撃・・・ですか?」

「そうだ。ヤン艦隊の目標はエア回廊への突入ではない。シトレ艦隊が総数3万8千を超えているのを見てもわかるだろう?ヤン艦隊は自分を囮にしたのさ。
君は回廊への突入を図るのだから『シトレ総司令を囮にし、ヤンが主力を率いて突入を介した』と判断したが実は逆だったというわけだ。
ここで君の頭の中でヤン艦隊は囮として規定されてしまった。釣り野伏を想定したのはまぁ合格点だが、攻撃的な運用がなされるとは『囮』という固定観念が邪魔をした――まぁそういうことだろう。」

嶋田はクスリと笑った。あの魔術師め。やはりやってくれる。
顔色を変えた国木田少佐は、「勉強になりました」と一礼した。

「急げよ。あとは数と数のぶつかり合いだ。私がハイネセンへの直接侵攻を図っても、数で勝る敵艦隊が旗艦を落としてしまうのが早いかもしれん。」

「は!」

それからの国木田艦隊は、彼が首席であるという事実を示すかのように高橋艦隊によるシトレ艦隊後方への「逆包囲」の展開と機動鎮守府級戦艦をほとんど丸裸にしての国木田艦隊による包囲突破へと戦術を移行させた。

対するシトレ艦隊も、乱戦の隙を逃がさず旗艦へ肉薄を試みつつある。
同室の机の向こうでありながら遮音措置がとられた同盟側旗艦(のホログラム)では、シトレ大将が少し目じりを下げていた。

「どうやら、容易に勝たせてはくれんか。」

「さすが、というべきでしょうな。我々の意図を見破り、即座に対処した。これは、ヤン艦隊別働隊による横撃は中止させた方がいいでしょうな。」

参謀長役となっているジェラルド・エイレネー少将が肩をすくめる。

「航続距離が足りない機動陣地を回廊に残してくるのを読み切り、この策を展開したヤン中佐。策士ですな。エル・ファシルの一件、運だけではないようで。」

「そうだろう?あれは怠け癖があるが、首から上の有能さは保証書をつけてもいいくらいだ。」

「なら、やるべきですな。ヤン『参謀長』の言を信じて。」

艦隊司令官役の一人であるルイ・マクヴィッツ大佐が、これまで見せていたヤンへの隔意をまったくなくした様子で楽しそうに笑う。

「敵移動要塞後方より識別信号!ヤン艦隊です!」

通信員役の簡易電子知性の報告に、シトレは口元を吊り上げる。
あいつめ。すでにこちらの様子を読み切って艦隊の再合流とこちらへの突進を選択したか。

「よし、いまだ!全艦突撃!イゼルローン攻略のために鍛え上げられた艦隊運動の精華を新たな友邦に見せてやれ!」

シトレ艦隊本隊とヤン艦隊は、全面攻勢を開始した。


――演習の結果は、判定により同盟側の勝利となった。抜け目のない嶋田は、高速艦と機動陣地のうち航続距離延伸型を先発させてハイネセン近傍まで到達させたのだが、嶋田座乗の機動鎮守府級戦艦「薩摩」による包囲網が完成する寸前に、同盟側は自軍の7割以上の撃沈破と引き換えにヤン艦隊に所属する無人艦8000隻は総司令部へ向け乾坤一擲の突入態勢を完成させていたのである。

この時点で国木田少佐は戦術的敗北を宣言したのだった。

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最終更新:2012年01月30日 20:49