230 :ゼン:2012/02/04(土) 16:00:46
銀河憂鬱伝説 支援SS
フェザーンに咲く華(裏)
彼女は今まさに自分を取り巻いている不幸を噛締めながら、その表情には一片の曇りが無い笑顔を浮かべ
てその空間を練り歩いている。
そこはフェザーンの首都。湖に面した一等地に特別に設けられた会場であった。
そもそも彼女は元々居た古巣から情報部に出向を言い渡され、態々フェザーンくんだりまで連れて来られ
た。しかもそこから、またもや人事移動がなされたのだった。
新しくフェザーンに建てられる大日本帝国の領事館、その第9だか何だかの秘書官である。
明日付けの辞令を通信で受けた時には「あの、サルジジィ・・・!」と毒づいたし、今夜の為の衣装合わ
せ(機能性もへったくれもないヒラヒラした服を着るのは彼女にとって耐え難い苦痛だった)をしなければ
いけなかった。
彼女の機嫌は一気に急降下していった。
無論いくら肩書きが変わっても、任務は変わらない。「国家の敵」を炙り出し然るべき制裁を加える事。
明日からのソレを思い浮かべて幾らか溜飲を下げ、今の任務を黙々と続けていた。
会場に集まった人々と顔をつなぐ為(情報データの方はそれ専門のアンドロイドがいる)に、こちらの面も
割れてしまうが彼女にその心配は杞憂だった、いざとなれば顔を変えられる。
最終的に体を交換してしまえば良いだけの話だ。
彼女は全身を義体化した存在だった。
231 :ゼン:2012/02/04(土) 16:02:17
式典も終わり(正式な調印はすでにそれぞれの場所で済んでいる)両国の国交が樹立した事を宣言した。
帝国と同盟で一悶着あったが最終的にはそれぞれ相手にしない事で妥協したようである。
会食は席順が揉めることが簡単に予想された為、無難な立食形式だった。
帝国と同盟、両者はお互い相手を目に入れないよう固まっているし、フェザーンの上層部も少数で集まっ
ていた。一番大人数なのはお膝元の商人達である。
並べられた料理も多種多様であった。帝国産の良質なキャビアから数種類の肉類を使った料理、帝国辺境
に生息する希少魚のムニエル。日本の寿司や天麩羅、それぞれの郷土料理やらフェザーンの家庭料理まで
あるに至っては、何か勘違いしているのではないか。と疑問符がつく所だ。
彼女は内心の葛藤を隠し、微笑みを浮かべ寄ってくる有象無象の相手をそつなくこなしながら任務を遂行
していた。
会食も一段落した時、「大日本帝国から贈り物があります」とアナウンスが会場に響き「湖の上空を御覧
下さい」と続いて沈黙した。
会場にいた人々は隣あう者同士で「何があるのか」と話していたが、やがて遠くの方からヒュルヒュルと
音が聞こえると押し黙った。勘の良い者は「ソレ」が何か思い至るが、そんな彼らでも次の瞬間にド肝を
抜かれた。
パッと夜空が光ったかと思うと、暫し遅れてドーンと破裂音が響き渡った。光は様々に色を変え、それは
漆黒のキャンバスに彩られる。この会場、いや街中からも見上げる事ができるほど大きくその華を咲かせ
た。
一つではない、幾つもの華が次々に現れては消えていく。
会場にいた人々はその美しさに棒立ちになり、ただ空を見上げているしか無かった。
そんな中、彼女は爛々とその双瞳を光らせている。
会場の目が一点に集まっているのに、他の事に動いているのは「疑って下さい」と言わんばかりの三流、
そんな莫迦はいないだろうと思われるが、これも任務だと割り切って会場を見張っていた。
見れば、空の事などそっちのけで一心不乱に料理を喰らう帝国の人間がチラホラといる。
彼女はこれまで培われた経験から「あれは『ない』な」と結論付けた。
普段の彼らの食生活に一抹の同情を禁じえなかった。
と思えば、感極まったのか朗々と唄だか詩を、その無駄に良く通る声で謡いあげている帝国貴族もいた。
彼女はこれまで培われた豊富な経験から「あれも『ない』な」と結論付けた。
やがて夜空が元の静寂を取り戻した時、会場は割れんばかりの拍手で包まれた。そこに彼女の姿は無かっ
た。
彼女は呼び出しを受け、会場から程近い公園にいた。
一緒に居たのは・・・箱だった。彼女は自分の身に降り掛かるであろう不幸を呪った。
最終更新:2012年02月04日 21:17