249 :ゼン:2012/02/04(土) 22:20:06
30~40cm四方の箱型に四本の足、上部に一本のマニピュレータ。その彼が造りつけの
ベンチに腰を下ろしていた、器用にも前足を組んでいる。
どうやってその場所に昇り、どういう構造なら足が組めるのか?彼女は疑問に思ったが顔
には表れなかった。
「それで、態々呼び出して。どういう積もり?最優先の、それも緊急回線を使って」
言葉の端々に棘がある。彼女は彼が苦手であった、どんな人物なら彼の相手にできるの
か?考えたくも無かった。
彼は乾いた笑いと手厳しいですなと続けて
「合いからわず御美しい、どうです。家の息子のお嫁さんに来ませんか?」
彼はからかうように言った。
「・・・貴方のお子さんは女の子でしょう?それに成人前・・・だったんじゃないかしら
」
彼女は以前に見せられた写真を思い出しながらそう返した。
「そうでしたか?息子のような娘か、娘のような息子だったと思いましたが。どちらにし
ても大して違わないと「お断りよ!呼び出しの理由はなんなの。」・・・これを」
彼は話を遮られたにも係わらず飄々とし、どこからとも無く紙の束の差し出した。
これも彼女には理解出来ない事だった。ケーブル一本を短時間繋げば済むの話を、手間
暇かけて紙媒体に落とす彼の『コダワリ』が。(実際『コダワリ』を主張する一派はそれ
なりにいて、復元が不可能な紙の開発・生産に莫迦にならない予算が注ぎ込まれている
のを知ったら、彼女は理解を通り越して激怒するだろう)
それにはフェザーンの主だった商人とその背後関係が記されてあるリストだった、取り
扱っている商品とその納入先、帳簿を覗けば一目瞭然、後はその点を辿り線を結べばた
いていの事は分かってくる。
リストに目を通していると、彼女はある人物に気が付いた。ご丁寧に丸印で囲ってある
。「これは?」と彼に尋ねると、
「あぁ、彼はなかなか見どころがある人物で・・・ジェイムスン型に興味深々だったん
ですよ」
彼女のこれまで培われた豊富な経験から「それは『ない』」と思ったが顔には表れなか
った。
「まぁ、彼自身は限りなく『白』に近いですが・・・周りは『まっ黒』でしたので」
「それで?・・・まさか、こんな物を渡す為に呼び出したの?」
彼女は話の核心をついた、彼の相手をしていたら時間ばかり浪費するからだ。
「貴女に二つ知らせることがあります。良い知らせと、悪い知らせ。どちらから聞きた
いですか?」
「・・・・・・」
彼は乗ってこない相手に首を傾げながら見やると、やれやれといった具合に肩をすくま
せた。無論それは常人に理解されないだろう、四角い箱がプルプルしてるだけなのだか
ら。
「以前から申請されていた人員と予算増加の許可が下りました。後は荒巻氏が引き継ぐ
事になるでしょう、私は残念ながら文字通り『お払い箱』ですな。ハッハッハッ」
彼の少しも残念に思っていない乾いた笑いを聞きながら、彼女はその言葉の裏に隠され
た意味を汲み取って愕然とした。
250 :ゼン:2012/02/04(土) 22:20:40
「まさか・・・嘘でしょう?」
「残念ながら貴女の考えている通りですよ。・・・主だった所を上げれば、かのMI6の『
00ナンバー』やフィンランドの『白い悪魔』、ロシアの『ホテルモスクワ』等など、他
にも『G』、『ファントム』にも動きが見られますね」
彼は飄々と、彼女を奈落の底に突き落とすような言葉を紡いだ。
「連中、ここで戦争でも始めるつもり?」
「本国が何を考えているか等、いまさら・・・でしょう。まぁ、各国には釘をさしてい
るようですが、それが何処まで通用するか」
彼はやれやれといった具合に肩をすくませた。四角い箱がプルプルしてるだけだが。
「ともあれ、貴女の任務は変わりません。その為に高価な義体(オモチャ)を預けている
んですから」
「(それはこっちの台詞よ!)・・・そうね」
喉まで出かかった言葉を飲み込みそう返した。
彼女は知っていた、彼と同じ『最新モデル』が無駄に廃スペックなのを。
耐衝撃性・耐圧性・耐熱性を兼ね備え、バリュートシステムが組み込まれたアタッチメ
ントを付ければ『大気圏突入にも耐えられる』と謳い文句にして売っていたのだ。
最も宇宙空間には対応できないので所詮企画倒れだろうと思っていたが、スカイダイビ
ングならぬエア・ダイビングが流行り売れに売れているらしい。それを知った時、彼女
は頭がどうにかなりそうだった。
「さて。それでは私は尻尾を巻いて退散しますか・・・」
と、器用にもベンチからピョンと飛び降り、立ち去ろうとして言った。
「あぁ、最後に一つ。忘れるところでした」
これも彼の『コダワリ』らしい、大事な事を最後に持ってくる。彼女のような人間にと
って情報を小出しに与えられるのは堪らなかった。
「・・・『あの方々』からの伝言です。『地球に気をつけろ』・・・と」
彼女は『あの方々』と聞いて驚き、『地球』と聞いて訝しんだ。その言葉の意味を探ろ
うと彼との間に無言の応酬があったが、ハッと先程受け取ったリストに目を向ける。
これからフェザーンは荒れる、各国入り混じっての諜報戦だ。機を見るに敏の商人がど
う動くか?当然、勝ち馬に乗ろうとするだろう。動かない商人の背後にいるのは帝国か、
同盟か。それとも・・・
彼女がその思考を一巡して彼に目を向けると、そこには無人のベンチが在るだけだった
。
「・・・流石、外務二課 課長ね」
彼女は妙な感心?をしてその場を離れる為に踵を返した。
後年、彼女はこの時の会話を思い出し後悔することになる。『地球に気をつけろ』とい
う言葉の裏に隠された真実に気が付いて。
了
あとがき
電脳女神の誕生を願って本作品を捧げます。
しかし、私の料理のボキャブラリーは壊滅的ですなぁorz
最後までお付き合い下さり、ありがとうございました。
最終更新:2012年02月05日 00:52