352 :ひゅうが:2012/02/05(日) 22:55:06

銀河憂鬱伝説ネタ 本編――「父」


――帝国暦480(宇宙暦789=皇紀4249)年3月 銀河系 オリオン腕
   銀河帝国 帝都オーディン


「来るはずもないと思っていたお前が来たということは――」

男は意外にしっかりした顔で金髪の少年を見つめ、言った。

「そうか、知ってしまったということか。」

「本当なのか?」

黙って頷くことでセヴァスティアン・フォン・ミューゼルはラインハルト・フォン・ローエングラムになった少年の質問を肯定した。

なぜ――と少年の瞳が彼を射抜く。
対するセヴァスティアンはギラギラした目を不敵に釣り上げ、ちょっと待っていろと言って家の奥に消えた。
バシャバシャという音が聞こえ始めたところをみると身だしなみを整えているらしい。
今年幼年学校を卒業した少年は苛立たしげに机を指で叩きつつ、はたと気付いた。

「3年か・・・。」

目を閉じれば瞼の裏にはすぐに過去の情景が浮かぶ。
再び目を開けると、記憶と寸分の違いもない居間の風景が見受けられた。
あの日のままだ。

姉上がアップルパイを焼こうと取り出していた道具もそのままであるし、家具の上には写真の中に閉じ込められた母と笑っているあの男、そして幼い姉上と生まれたばかりの自分がいる。

規則正しいコツコツという音が近づいてくる。
あの男の音だ。
記憶の通り。忌々しい。


「待たせたな。」

そこに現れたセヴァスティアンは、ぱりっとした糊のきいた官吏服に身を包み髪を分けた男だった。
先ほどまでの陰鬱の影はまるでない。

そしてテーブルの上に乗せている酒瓶を無造作に取り上げると、何も置いていない流しに中身をぶちまけた。
本当にあのころのままだった。
あの男の――


そこまで考えてラインハルトは気付いた。
あの日のまま。
机の上の袋とその中身も。
その中には「支度金」という名目で寄越された姉上を売った金貨が入っている。
目ざとくそれを見咎めたセヴァスティアンは首を傾げる。

「意外か?」

「ああ。」

素直じゃねぇな。とセヴァスティアンは陽性の苦笑を浮かべた。

「これでも家族を養うだけの蓄えはあるし首にならない程度には仕事はできる。別にそんなもの使わんでも生きてはいけるさ。」

「年金でも貰っているのかと思っていたが。」

「貰ってはいる。お前の給料に上乗せしてもらっているから手取りはゼロだがな。」

余計なことを。
と言う言葉にも力はこもっていなかった。

353 :ひゅうが:2012/02/05(日) 22:55:56

「ずいぶん落ち込んでるものだな。」

そりゃそうか。とセヴァスティアンはひとりごちる。

「俺はこれでも親だぞ?娘を売り払って酒代につぎ込むほど落ちぶれちゃいない。
権力はないがその分意地があるからな。」

「だったら!」

「じゃあお前ならどうするよ?」

蔑むような目でセヴァスティアンはラインハルトを見下ろした。

「がむしゃらに仕事をして美人の嫁さんをもらった。嬉しいことに嫁さんの父親も祝福してくれたし理由を見つけては会いに来てくれた。
だが嫁さんの出自と美貌を理由に彼女は貴族の妾にされかけた。もちろん抵抗したし嫁さんの父も力を貸してくれたさ。
だがその結果は事故に見せかけた謀殺だぞ?だから決めた。どんな手を使ってもその忘れ形見を守るってな。」

彼は、怒っていた。
ラインハルトは純粋に驚いていた。
彼が怒る姿をラインハルトは見たことがない。たいがいが自分が我儘を言い、彼が困ったように笑い、あとで姉上に怒られるのが常だったからだ。

「だが――血は争えんなぁ。今度は娘までもが餌食になりかけた。
だから泣きついた。嫁さんの父にな。あいつの、あの強欲公爵の手の届かないところに行かせた上で過去を消させた。
元上司のグリンメルスハウゼンの爺さんの手際が鈍ってなくて助かったよ。
お前と、アンネローゼは哀れな被害者だ。銀河帝国皇帝の保護下にあれば、あいつの男色趣味も手が出せない。
ああ、その点では助かったな。お前が幼年学校に入ってくれて。――お前の真意がどこにあるとしても。」

いやはや。と彼は肩をすくめた。
社会秩序維持局の「目」の前でいらんことを口走るくらいだ。義父も笑っていたがなと口に出されたところで、ラインハルトは目の前にいる人物が自分の思っていたような人物ではないことにようやく気付いた。

「まぁ、これも巡りあわせか。知ってしまうことになったなら仕方あるまい。
さて、お前はどうする?――よく考えてみろ。
一応権門の領主家になったのだ。家領を経営するもよし、このまま士官学校に行って出世を目指すもよし・・・選択肢は多い。」

これから元上司に一言あいさつに行ってくるとセヴァスティアンは言って鞄を手に持った。

「もし万が一俺の手助けがいるなら、一言言ってくれ。お前は認めんだろうが、これでも俺は人の親なんでな。」

パタン。とドアは閉められた。
その家のある通り(シュトラッセ)の住人は、パリッとしたセヴァスティアンの姿に目を丸くし、さまざまな噂が駆け抜けることになるがそれは本筋とは関係がない。

ただ、それ以後セヴァスティアン・フォン・ミューゼルが20年ほど前までの能吏としての姿を取り戻した理由として美しい若者に成長した息子が、飲んだくれ親父に喝を入れたという話が美談として語られ始めたことをここに付け加えておく。

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最終更新:2012年02月05日 23:07