560 :ひゅうが:2012/02/08(水) 13:25:07

銀河憂鬱伝説ネタ 本編――「春は出会い(と政治)の季節」その1


――皇紀4249(宇宙暦789)年5月20日 銀河系 サジタリウス腕
バーラト星系 自由惑星同盟首都 ハイネセン


「で、どうするべきだと思う? 頭を掻いて誤魔化せればいいのだが、この問題は後を引くぞ。」

「でしょうねぇ。私だって先方と同じように怒ると思いますから。」

宇宙艦隊司令部付き特命参謀ヤン・ウェンリー中佐は、ヴィジフォン(テレビ電話)の向こうにいる先輩に苦笑してそう述べた。
後方勤務本部で辣腕を振るっているアレックス・キャゼルヌ中佐は「だろうな」と肩をすくめていた。

「いくらロボス閣下がイゼルローン警戒のために前線に艦隊を集めてたとはいってもその警戒網をすりぬけて海賊1万隻あまりがやってきたのではこちらの立つ瀬がないなまったく。」

「最高評議会は大荒れだとか。」

「おや詳しいな。現政権に不満げな野党の連中が動いていた上に連立与党の一部まで関わっていることが分かったからな。近く選挙になるだろう。
もっとも、敵にすべき野党連中もあのトリューニヒト氏が動いて分裂状態だから現議長か与党のサンフォード議員あたりが当選確実というのが下馬評だ。
なんだ、政治家にでも転身する気か?」

よしてくださいよ。とヤンはあわてて否定した。

先月発生した「第1次エア回廊会戦」では、同盟側が輸送船団として届けを出していた船舶を臨検した日本宇宙軍に対し、中に潜んでいた海賊船1万隻以上が強行突破を試み根こそぎ殲滅されるという信じがたい状況になっていた。
お祭りムードだった同盟市民に冷や水を浴びせるようなこの出来事に対し、開設されたばかりの日本帝国大使館は「遺憾の意」を表明。

同盟政府主催の歓迎式典ほかを「実態が明らかになるまで」ボイコットするという手段をとった。
もちろん同盟市民は怒り心頭に発し、最高評議会もことの原因を調査した。
そして、交通委員長をつとめる連立与党の有力者と、野党の一部が繋がって「海賊のお引越」に手を貸していたことが発覚。
数日後に他殺体で発見されたうえ、フェザーン経由で帝国側と通謀していた可能性までもが指摘されるに及んでことは一大政治スキャンダルと化していたのである。

最高評議会議長は与党の有力者たちが止めるのを押し切り、かかわりのあった議員や委員を更迭し連立を解消するなどの手段をとり、「敵」となった野党の中の「良識ある者」にも協力を呼びかけた。

561 :ひゅうが:2012/02/08(水) 13:26:03

これに答えたのが若手筆頭としてそれまで極右派と考えられていたヨブ・トリューニヒト議員と彼の周囲の者たちだった。
いわく、「『帝国』は倒されるべきであるが、だからといって日本帝国の議会政治をも元首が世襲だからといって否定するのは明らかに民主体制下での政治の自由を謳う同盟憲章に反する。」
こうして大量離党者を出したうえで現議長と共闘宣言を行ったトリューニヒト派ともいうべき議員たちに対し与党内部でも反発が発生。
現議長派とそれ以外とで大分裂が発生しつつあったのであった。

議会は連日大荒れであり、いつ議長が伝家の宝刀「解散」を抜くかが注目されていた。


「まぁ、世事に疎いだけだと笑われますからね。それによせばいいのにパエッタ閣下が吹き込んでいくんですよ。
かくいう今日も、グリーンヒル閣下とパエッタ閣下の食事会に呼ばれているんです。」

「ほお?そりゃまた気に入られたもんだ。」

「アッテンボローあたりは『権力におもねったな!』とからかってきますが。」

「まぁそう言うな。上司に気に入られるのはいいことさ。同期の妬みを買ってもな。
早く出世してこっちに来いよ。シトレ校長も待ってるそうだぞ?」

そんなまた冗談を、とヤンは言ったが、どうやら本当のことらしいなとキャゼルヌの言葉でおぼろげに理解はしていた。
あの「演習」以来、上司が自分に注目しはじめていることは知っているし、何よりあちらの高官(それも先日回廊会戦で海賊を撃滅した艦隊司令長官の一人と統合軍令部次長である中将)と知遇を得たこともプラスに働いているらしい。
やれやれ面倒なことを――と、ヤン・ウェンリーは頭を掻いた。

官舎が近所であることをいいことによく「来襲」してきては家を片付けていくパエッタやら、ニコニコ笑いながら食事を作ってくれるパエッタ夫人の手前もあり、ヤンの部屋はそれほど散らかってはいない。
現在の仕事が資料作りやら、宇宙艦隊司令部内での作戦立案のための机上演習であるために書籍を広げっぱなしにする程度は大目に見てくれているが、それでもヤンとしては「困った」ことにかわりはなかった。

基本的に彼の父親は放任主義であったし、幼馴染は遠いフェザーンにいる。
つまりは彼は距離の取り方が分からなかったのだ。目上の立場の人物と。
しかし、彼を「気に入った」のが少々空気が読めないといわれるパエッタだったことがよい方向に働いたのだろう。
少なくともヤンは自然に艦隊司令官たちの知遇を得ることができていたし、宇宙艦隊司令部内部での立場もパエッタやシトレ(第8艦隊司令から転任)の引立てもあり悪くはなかった。



「謹んで遠慮したいところですが・・・無理でしょうねぇ。」

「いやに物分りがいいな。」

「いえ、嶋田さん――ああ文通もどきをしているんです――いわく、上の人に目をつけられたら給料と立場が上昇するがそれに比例して仕事が増えると。」

「けだし箴言だな。で?それを逃れるのは?」

「無理だからあきらめろと。」

電話口の向こうから、キャゼルヌの高らかな笑い声が響いた。

――なお、この日パエッタがグリーンヒル中将御一家との会食を設定したのは、エル・ファシルでグリーンヒルの家族がヤンに助けられており、とりわけ彼の14歳になる娘がぜひとも礼を言いたがっているという話を聞いたパエッタが気を利かせた結果であることはこの時の彼は知らない。

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最終更新:2012年02月08日 21:37